8 第2話 謝罪と言い訳 ①
「智明君」
「ああ、お疲れさまでした」
会議の終了とともにそれぞれが背伸びや深呼吸をし、議題に上がった連絡先の交換などが終わったタイミングで黒田が声をかけた。
専用に
「うん。なんか、すまんかったな。こんなややこしい会議に紛れ込むつもりはなかったんやが」
「そんなことはないよ。知らない人ばかりより知ってる人がいてくれる方が緊張しなくて済むから。
それより、野元さんがHDを調べてるっていうのは本当なの?」
屈託なく笑った智明だが、すぐにその笑顔は潜められて、少し離れたところで舞彩と話している自衛官の方に視線が向いた。
黒田も一瞬だけそちらを見たが、声を潜めて返す。
「本田君からなにか言われて一応は手を回したんだろう。けど、あまり核心まで迫るような手応えはなかったようや」
「それは助かるな。もしアレコレが明るみに出るなら、独立が何らかの実を結んでからじゃないとこっちには逆風だから」
自信がなさそうに笑った顔はまだ十五歳の顔だと思う。
「そこまで先を見てるならええんやけどな。俺も一応調べとるから、タイミングには気を付けるわ」
「そうなの? なんで?」
即応されて話を振ったはずの黒田の方が困ってしまった。
雑談で説明しきれるほど簡単な話ではないからだ。
「んなもん、日本の平和と庶民の平和のためや。あと、意外と深いとこまで練り込んで計画されとるみたいやからな」
「……そうなんだ」
やや間を開けて応じた智明の相槌に黒田はおや?となる。
このわずかな間で智明が何かを考えた、そう直感した。
――なんや? 何かを知っててとぼけてるんか? なんか計画しとるとか? すでに核心まで踏み込んでて利用しようとしてるとか、便乗するつもりとかか?――
ジッと智明の目を睨みながら黒田の頭の中には幾つもの可能性が駆け巡ったが、智明の心の内や頭の中は読みきれなかった。
「ま、興味があったら調べてみたらええわ。使ってるのに出処を知らんとか恥ずかしいしな」
「ありがとう。そうするよ」
カマをかけるつもりはなかったが、屈託なく笑った智明からは素直に答えている印象があって、黒田の勘繰り過ぎを感じてしまう。
だから――というわけではないが、舞彩の方へ歩みかけた足を戻して智明に肩を寄せる。
「そりゃそうと優里ちゃん、大丈夫なんか? 妊娠したってお前、まだお前ら中学やろ?」
「一時期よりは落ち着いて安心してるとこだよ。それ、あんま言わないでよ。はずみってやつだから……」
「そやがてお前、男の責任ちゅーもんはやな――」
「分かってるってば。自衛隊とか、HDとか、俺の能力より赤ちゃんの暴走の方が危険なんだもん。ちゃんとするつもりだよ」
ヒソヒソとしたやり取りの中でぶっちゃけられた言葉に黒田は軽く驚いた。
「そうなんか?」
「まだ理性も人格もないただの受精卵だもん。『人』として生まれた瞬間に爆発しかけてたんだよ」
「ほな優里ちゃんが言うとった『ミライが暴走して世界が破滅した』って、マジなんか?」
肩を当てる程度の距離からグイと智明に詰め寄る。
「たぶん、ガチ。
俺も暴走しかけたことあるけど、死ぬ気で全力出したら空間をごっそり切り取るとか、時空に穴を開けるとか、ブラックホールも作れそうなエネルギーと能力があるよ。
そのおかげでリリーは『やり直しができた』みたいだけどね」
一層声を潜めた智明に、黒田はあたりを見回してから念押ししておく。
「……それ、隠し通せよ? そんなヤバイ奴が三人も居るなんて知れたらえらいこっちゃさかいの」
「もちろんだよ。同類が出てくるまではまだ異常とか超常とか、超能力者ってことにしときたいからね」
智明の発した『同類』という言葉に寒気を覚えながら、「ほれがええ」と智明の肩を叩いてようやく黒田は舞彩の方へ足を向けた。
だが歩いて数歩の所にいた舞彩はまだ川口司令官と話し込んでいるので、視界に入った野元副官の方へ歩み寄る。
「……何かな?」
「いや何ってほどの用はないんやけどな。やっぱりアレも非公表がええんかなと思ってな」
「当たり前だ。自衛官が権限を超えた調査で、立場を偽って個人を訪ねたなど、公になぞされてはたまらない」
「そっちか。俺は違うことを聞いたつもりやったんやが」
黒田の典型的な誘導尋問に答えた野元は、顔を赤くして「貴様っ」と口走ったが、続く言葉を飲み込んで黒田を睨みつけてきた。
これで野元副官がノムラマサオを訪問したことは間違いないと知れた。
「……任務の内容も、ドローンの映像も、この協議での発言も、何もかも公にされては困る」
声の大きさこそ抑えて念押しされたが、野元の顔から怒りの色は消えそうにない。御しやすいが根に持つタイプかもしれない。
なのでなるべく軽くいなしておく。
「もちろん、約束は約束やからな。智明君の独立宣言だけをメモに書いたよ」
「発表はこちらのチェックの後というのも忘れんようにな!」
「もちろんや。ほなまた」
黒田と野元のやり取りを気にした川口司令が舞彩との会話を終わらせたので、黒田も野元との会話をあっさりと終わらせる。
今の彼らからは会議の中で出た以上の情報は出てこないという判断だ。
舞彩を招くようにして並びかけ、広間の出口へと向かって歩き始めてから川口を振り返る。
「あ、川口さん。タバコ一本吸わしてもろて構わんけ?」
「ん? まあ構わんよ。だがなるべく早く車に戻ってくれよ。君達は捜査や調査かもしれないが、我々も任務中だからな」
呆れながらもやんわりと応じてくれた川口も野元を伴って出口へと向かいながら許してくれた。
「もちろんや」
川口司令の嫌味半分の許可を笑いながらいなし、黒田は答えて広間から迎賓館玄関を出て、植え込みの傍の即席の灰皿へ取り付く。
「何か気になってるの?」
ワイシャツの胸ポケットからタバコを取り出して火を着ける黒田に、向かい合うように立つ舞彩が声をかけてきた。
戦地へと向かう前に自衛官らとの聞き取りの約束があるため、その作戦会議だと察しているのだろう。
「自衛隊の指揮所に戻る前にな、多少は詰めとかなあかんやろ。さっきの会議の感じやとなおさらな」
「そうね。会議とは違うと言っても、何をどこまで話してくれるのかはこちらの準備次第だもんね」
「そういうこっちゃ」
打てば響くという感じで舞彩は黒田の意図を察してくれ、それで?という視線を投げかけてくる。
「もう智明の独立に関してはアレ以上の発言は引き出せんやろう。防衛軍引き上げや政府の意向なんかも『非公表』一辺倒やろう。
ほしたら俺らが切り込んでいけるんはHDしかない」
「そうかなぁ。副官の人は『ノムラマサオとは会ってない』って言ったのよ? 無理じゃない?」
紫煙を吐く黒田の前で舞彩は腕組みをして夜の帳に紛れた自衛官らを振り向いた。
タバコの灰を落として黒田が答える。
「そうでもない。さっきカマかけたらポロッとこぼしよった。もしかしたら会議とかやと言いたくないだけで、心のうちではめちゃめちゃ気になっとるんかもしれん」
もう一口ニコチンを肺に入れて続ける。
「なんせ正義感は有り余っとるはずやからな」
ニヤリと笑ってみせた黒田に、舞彩は呆れたように笑い返して応じる。
「ダーリンと一緒ね」
「ん、そうか?」
「警察も自衛隊も似たようなものでしょ」
「おいおい。そりゃどっちにも失礼な偏見やぞ」
どちらも公務員だからと一緒くたにされては堪らないと思い、さすがに顔をしかめて窘めた。
警察官には警察官の、自衛官には自衛官の矜持や不文律がある。
それぞれの行動は法律や規則に縛られているが、その存在は全くの別物だしそもそも活動の目的自体が異なるものだ。
「正義感の話よ」
「まあ、そりゃあな、うん」
黒田のしかめ面を諌めるためかニッコリ微笑んだ舞彩に当てられてしまい、黒田は照れて口ごもる。
こういう時の女の笑顔は拳や怒鳴り声よりも男を黙らせる力があるのかもしれない。
やり場のなくなったもどかしさをタバコにぶつけるように灰皿に当てこすって後始末をし、気分を入れ替えて舞彩の背中へ手をやる。
「とりあえずその線で行ってみよう」
「ん。りょーかい」
明るい声で答えた舞彩を伴って自衛隊指揮車が停まっている囲いの方へ向かって歩き始めた。
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