7 第1話 七・一一協議 ⑦
宣言をして一同を見回した智明は、動揺のためかそれぞれと目を合わせることなく早々に腰を上げようとした。
「いやキング、一点だけ!」
慌てて智明を押し止める川崎。
「え、どうしたの?」
「おん。ウエッサイは今日合流したばかりやし、ここに留まる準備がでけとらん。『ユズリハの会』の皆も一週間ここで緊張しっぱなしや。
食料や服やなんやも含めて精神的にキツイ。
ここらで一回、バラけて家帰らしたりたいねやけど、どないやろか?」
「そうか、それが最優先だよね」
神妙な顔で訴えてくる川崎の言葉に智明の思考は一気に現実へと立ち戻り、二百名以上に増えた仲間のメンタルケアへ意識を回す。
確かに、川崎から求められて思い至ったことではあるが、今日までの生活の中で食事の事や衣服の事・生活必需品についても不足がちで、メンバーらには我慢や緊張を強いていると思ったタイミングは多くあった。
ましてやこの一週間は自衛隊の包囲の中で、力仕事や訓練ばかりやってきて、メンバーらに不満や鬱憤も溜まっているに違いない。
ただ果たしてこんな要望が通るだろうかという不安はあるが、一縷の可能性を信じて川口に聞いてみる。
「そのあたりはどうでしょうか?」
案の定、あっけらかんとした調子で尋ねた智明に野元の顔は真っ赤になったが、川口に任せるつもりなのか何も言わない。
対して川口は顎に手をやり、数瞬の黙考をしてから答える。
「……君達は犯罪者で、今はテロリストや国賊同然の見られ方をしている。それを踏まえれば自衛隊が包囲を解くことは適わないし、監視も厳しく行わなければならない」
智明を試すようにジッと見つめる川口は少し間を取って続ける。
「だが、君達が非武装・非暴力の独立運動を主張するのなら、人道的見地から一時的な帰宅は不可能ではない」
やはり、というニュアンスで問い返す。
「……条件付きってやつですか?」
「そんなキッカリしたものではないな。私が、私の責任の中で時間を作ることができるという程度のものだ」
「見逃してくれる、と?」とは川崎。
「そこまで肩入れしているつもりはない。あくまで君達が過激な組織ではないと信じているだけだ。
だから、もし万が一、ここから離れた場所で騒動や活動を起こせば、即座に自衛隊の態度は殲滅へと切り替わると思ってもらいたい。
その時にはもう私の指揮ではないだろうから、武力鎮圧の命令が出て、銃口は君達に向き徹底抗戦が当たり前になる」
厳しい顔で重々しく告げる川口からは冗談にできない雰囲気が漂い、野元の厳しい目付きが川口の言葉を肯定して見えて広間に緊張感が高まった。
「無論、その時には私の身柄も拘束され、君らと同様の罪に問われるだろうから、そんなことにならないように願いたいな」
自嘲するように付け足した川口の口元は笑っていたが、やはり広間の緊張は緩まない。
と、テツオがわざとらしく体を寄せて声を潜める。
「信号無視やスピード違反もダメかな?」
黒田と舞彩が呆れに似た笑い声を漏らす。
「それは警察の交通課の取り分だな。暴力沙汰やプロパガンダの強い演説などのことだよ」
「なら安心だ。これでも表向きはボランティアや慈善活動には力を入れてんだぜ。
淡路連合は暴走族の縄張り争いみたいに思われてるけど、元は争わないための協定から始まってるからな」
川口の重々しさの取れた口調に安心したのか、テツオは腕組みに足まで組んで悠然と自分たちの矜持を口にした。
「それがホンマなら助かりますわ。男連中はなんとでもなっけんど、女の子や社会人は大変やよっての」
「この場合、名簿か何かを作ったほうがいいのかな? ほら、デモやストで集まる時って参加者の申請をしなきゃでしょう?」
川崎の安堵をよそに智明は黒田に向いて問うていた。
川口に問いかけた『条件』とはそういう種類のものだ。
「まだええんちゃうかな。日本政府とか国会招致ってなってきたらそんな準備も必要やろうけどな」
「私が時間を作るんだと言ったろう? あくまで自衛隊の道路封鎖を限界まで継続させて、その数日間はバイクを素通しする対処をするだけだよ」
智明と黒田のやり取りが的はずれに感じたのか、川口が具体的に不拘束の要点を話してくれた。
「あ、じゃあいいのがあるよ。このシルバーの腕輪は、『ユズリハの会』のメンバーの証みたいなものなんだ。これを通行証みたいにしてくれるとやりやすいんじゃない?」
川崎の左腕を持ち上げて示した智明の手元に全員の視線が集まる。
「ん。画像を撮らせてもらっても?」
「いいっすよ」
「では連絡先交換の折にでも」
「ウィッス」
あっさりと話がまとまったので全員が椅子に座り直し、広間に雑音が立った。
川口と野元、黒田と舞彩が少し会話を挟んで静かになるのを待ち、智明は先程よりも落ち着いて全員を見回す。
「――他に議題や質疑はありませんか? なければこの会議を終了せていただきます」
言い終えた智明に向かって手を挙げる者はなく、黒田・舞彩・野元がそれぞれ首を横に振った。
最後に川口が智明を見据えながら大きく頷き、会議は終幕となった。
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