6 第1話 七・一一協議 ⑥

「……正直なところ、HD化された人間を国民と認める限り、国として認められないうちから取り締まりを受けてしまうのは私共には不利益しかない。この場で何らかの追求を受けるというのは、ちょっとしんどいですね」

 黒田の人となりと発言を信じて、歯切れが悪いと思いながらも応じる。

『ユズリハの会』のメンバーのほとんどがHD化している以上、HDの存在やその効果が世間に知られることは仕方ないことだと思うが、やはり犯罪や違法だという見方が生まれては色々なものが揺らいでしまう。

 智明のこの意見には自衛隊も同意のようで、川口が神妙な表情で追随した。

「怪しかろうというのは違いない。しかし出処や何者が暗躍しているかが分からぬうちに、大きな手を打つことは得策ではなかろう。

 今作戦を決行した責は負うつもりだが、違法なナノマシンどうこうの話は、私が何かをできる立場にない」

「どちらもそういう見解でええんやな?」

 智明と川口が反応してすぐに黒田が問い直したが、その問いにどんな意図があるのか智明には分からず、答えにくい。

「どういう意味です?」

「ちゃうちゃう。意味なんかない。こっちは事件の核心に切り込みたいだけで、独立運動に茶々入れるとか、自衛隊にムチャさせよう言うんでもないねん。

 そりゃあ、自衛隊を防衛軍にしよういう現行政府の意向も気になっとんねやけど、ほれはここで話すことちゃうし、ほれこそ誰も意見は言われへんやろ。

 そやなしに、HDばら撒いとる親玉に迫る一手が欲しいんや。国が手を出す前か、国が手出しさせないでいる今の内に切り込むしかない事やろ」

「そう言われてもな……」

「情報なんてありませんよ」

 黒田が必死の抗弁と説得を見せたが、川口はにべもなくいなし、智明も申し訳無さそうな顔を作ってやんわりと断った。

 恐らく黒田の言葉に裏はないだろう。ただそうであっても智明らがHDを入手した経路は明かせないし、実はそこまでフランク守山について繋がりがあるわけではない。

 HDだけでなく、食料や装備や自動小銃まで都合してくれてはいても、彼から代償を求められたり要求があったわけでもなければ智明らから支払いを持ちかけてもいない。それほどに不自然で不思議な関係にあって、黒田に説明しにくいというのもある。

 川口らも同様に事情があるらしい。

「そもそも我々は、本田君らの証言の範囲でしかHDに関与していない。仮りに本田君らがHDの件を『魔法』だと偽っていても信じたほど、自衛隊はHDに関して無知だ。

 ただ、この問題を今作戦の報告で語ることは躊躇っているし、どこの誰が何の目的で製造や蔓延させたかを見極めねばとは考える。がしかし、自衛隊にはそうした捜査機関や権限もない。

 私が口に出来るのはそこまでだ」

 川口が話し終えると黒田はつまらなそうに椅子の背もたれにもたれ、腕組みをして口を尖らせる。

「なんや、共同歩調とはいかんのか」

 ポツリと吐き捨てられた黒田の呟きに困ったように舞彩が笑い、黒田の肩に手を添える。

「でもさ、モリサンがノムラマサオって名前でDJやってるとこまでは突き止めたんだろ? それが一番最新の情報だと思うぜ?」

「ほうなんか? なんでそんなことが分かるんや?」

 励ますように言い放ったテツオに黒田が一歩踏み込んだ。

「28号線沿いのバイクショップに来たのはアンタらだろ? そこの社員が俺らの知り合いで、『そういう予想を話した』って言ってたのを思い出しただけさ」

 相変わらずテツオは飄々とした態度で答え、ヒョイッと肩をすくめる。それ以上は知りませんと言わんばかりだ。

 黒田もそう感じたのか、「そういうことか」と肩を落とす。

 代わって舞彩が顔を上げて一同を見回してから口を開く。

「私達は、自衛隊法の改正を含めた自衛隊と政府の動き、HDや『どぶろくH・B』の蔓延、加えて高橋智明一派の独立に関して取材を続けていくつもりです。

 もしも私達の取材が相互に利益を認められる状態であるなら、ご協力を得たいと思いますが、いかがですか?」

 舞彩の真剣な表情から飛び出した提案に、智明は思わず苦笑してしまった。

 この提案は智明ら『ユズリハの会』にはアピールの機会でもありメディアを活用する好機ではある。が、同時に雑誌記者の目と耳が懐を伺おうとするのはリスクでもある。

 ましてや智明の判断はHDの出処を秘匿すべきと捉えているし、テツオや川崎も発言しないところを見ると同じ考えだと思える。

 となると、舞彩や黒田とはますます共同歩調とはいかなくなる。

「どこまで真相が暴かれていくのかは興味があるし、こちらの主張を取り上げてもらえるのは有り難い気持ちしかないけど、協力や共闘となるとできない話かな。

 そういう意味では関係を持てることは歓迎できるけど、『密に』とはいかないよね」

「高橋君と同意見だ。そもそも自衛隊は公に発信すべき事柄は広報でやっている。ましてやこうした事件や騒動に対して各個に言及することは憚られる立場にあるとも言える。

 HD蔓延の糾弾を目的とした追求には解決に向けた進捗という意味で興味もあるが、情報や証言に関して語る権限はない。申し訳ないが、その申し出は受けられない」

 幾分歩み寄っている智明に対し、川口はきっぱりと共同歩調を断った。

 智明には想像することしかできないが、やはり自衛官という立場を優先させるとこうした取材や協力には応じられないのだろう。

 やや色の違う二つの返事を得た舞彩は、しかし落ち込んだり諦めた様子もなく応じた。

「分かりました。お二方のご意思は一貫したものがありますから、こちらの対応としましてもそれらを踏まえさせていただきます。

 今後の記事の発表や内容の確認などもありますから、後ほど連絡先の共有などをお願いしたいと思います。そのくらいは構いませんよね?」

「……H・Bに直接は困る。自宅の固定電話で良ければ」

「一佐、それはまずいでしょう。せめて駐屯地の公式回線でよろしいのでは?」

「いや、私は定年まで間がない。今作戦の責任もある。伊丹にずっと席があるとは限らん」

 智明が舞彩の申し出にどう答えるか迷っているうちに川口と野元の内々の会話が耳に入った。

 なんの気にもなく吐かれた『責任』という言葉が智明には少し重く聞こえる。

「責任って、辞めさせられるとかそういうこと?」

「そこまで能動的ではないが、それだけの覚悟や事後処理も腹に据えて発言や行動をしているつもりだよ。

 敵味方を問わず数百人の命に関わることだから、極限状態で最良の判断をしなければならないしな。ましてや感情や勢いで政治判断をしてしまうわけにはいかんだろう?

 君もそういう立場に立っているはずだ」

 野元に向けていた顔を智明に向け直して話す川口の表情は、先程の発言の重苦しさや緊張感とは違って、どこか教師のように導く深みが感ぜられた。

「考えてはいます。でも『辞めればいい・裁かれれば済む』とも思ってはないです」

 自身の言動や指揮・命令を顧みて可能な限り真摯に答えた智明だが、返事を聞いた川口は微笑みを返してきた。

「まだそういう段階だと思う。そのうち分かる」

 教師のような教導の色は少し薄れ、川口は幼い子供を見る老人の顔になって短く告げ、もう少しだけ厳しい顔になって野元に「野元もな」と付け足した。

 川口が何を言いたいかは感覚的にしか分からなかったが、川口に名指しされた野元がハッとした顔になって椅子に座しながらも腰から折れるような礼をした所を見るに、川口の発言は智明が思うよりも重いものであったのかも知れないと思う。

 そんな横道に逸れた感想をなぞっていたせいか、開いてしまった空き間に舞彩の声が滑り込んだ。

「それでは後ほど伺わせていただきます。そちらはいかがですか?」

「……おい、キング」

「んえ!? ああ、はい。そうですね……。

 スマホに電話されても出れないかもしれないし、ここにはまだ電話も引いてませんから、直接来ていただくのが確実かなと思います。ほら、黒田さんが前に来た時のようにしてもらえれば。あれが確実ですよ」

 すっかり自分の考えにふけっていた智明は川崎に呼ばれて慌てて舞彩への返事をしたが、取ってつけた返事は相当に陳腐なものだった。

 黒田からツッコミが入る。

「おいおい。そんな簡単に近寄れる保証がないやろ。それでのうてもここは皇居やぞ」

 言われてからようやくその意味に思い当たる。

「そっか。自衛隊の包囲や監視が解かれるとは限らないんだっけ……。じゃあ、一旦はスマホの番号を教えておきますよ」

 我ながら垣根が低いなと苦笑しつつ、他に手段が思いつかなかったので安請け合いをしておく。

 黒田と舞彩ならば信用に足るというのもある、と自分自身に言い訳はしておく。

「もしよければ、川口さんとも共有しておきたいですが、構いませんか?」

「構わないが……。個人としての用件で連絡を取るのか、公用であるかで対応は変わると思うが?」

「それは……連絡が必要になった状況で変わるとしか……」

「すまない。やはりやめておこう。互いの立場がはっきりしてからの方がいいだろう」

「……分かりました」

 短絡的で安易な誘いだったと後悔しながら、智明は『大人の対応』に直面して少し気分を落ち込ませた。

 自分の好意や意思表示だけでは誰でも彼でもを引き込めず、相手の立場も考慮して時と場所を選ばねばならないのだと痛感する。

 それでもこの場を閉めなければと思い直す。

「他に議題はおありですか? なければこの会議を終わらせていただきたいと思います」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る