5 第1話 七・一一協議 ⑤

「言うねえ。おもしろい」

 間を取って川口に言い返した智明の言葉に、川口ではなくテツオが楽しそうに笑いながら言った。

 智明は機嫌を直したテツオにホッとする傍ら、話の流れからテツオの趣向が自分と似通っているのだなと思う。

 川崎からの呼称が定着して智明も『キング』などと呼ばれているが、テツオに至っては自ら仲間らに『キング』と呼ばせていたくらいだから、もしかすると智明とテツオは手段は違っても考え方が近いのかもしれない。

 唯一違うのは、智明が自身を好戦的ではないと思っているところくらいか。

「なんというか、そこまで飛躍してしまうと何も言えなくなってしまうな。私と野元は自衛官という立場上、そうした政治的な事柄に口を出すべきではないからな」

「そういうもんだぁかの」

「そういうものだ」

 突然身を引いた川口に問うた川崎の言葉には野元が返事をした。

 目を閉じ腕を組むその様は、激しやすい野元らしくない引き方に見える。

「はは。大人の事情ってやつだね」

「話をややこしくしないでくれ。自衛官には触れてはならんことは多くある。ことに、一般的な大人でも手に余る問題に軽々しく結論を出すわけにはいかんのだよ。このような場では特にな」

 椅子に座り直しながら茶化したテツオを、川口も腕組みをしながら窘めた。

 テツオは「そういうもんかね」とつまらなそうに口を曲げたが、それには黒田と舞彩が踏み込む。

「こんな所でクーデターなぞ画策されたら、独立と変わらん事変やぞ」

「民主主義の課題よりも軍事国家の方が悲惨なのよ」

 そこまであからさまな解説が入ってようやく智明も川崎もテツオも「ああ」と思い至る。

「それこそとんでもない飛躍だ」と川口は否定したが、顔に浮かんだ渋面は『自分達は否定したぞ』と強く念押ししていた。

「――ともあれ、超能力やHDといった突出した能力者と一般住民との共生を、そうした構造とか体制とかのモデルケースとして淡路島の独立という名目で打ち立てて、国家なり特区なりにして欲しいというのが私の要求です。

 もちろん、要求が通らないからと武力に頼るつもりはありませんし、報復や脅迫を行うつもりもありません。

 まあこれはあくまで我々の存在や要求が放置されない前提の話なので、日本政府が捨て置くような処置を選んだ場合は、違うアプローチやアピールを考えるだけですけどね」

 一応総括らしきまとめをした智明だが、言ってしまってから『これは脅迫では?』と少し反省した。

 政治や権力へのアプローチやアピールは手段が限られるな、と後から気付いたからだ。

 案の定、野元はカッと目を開けて智明を睨みつけてきた。

「そう易々と思い通りになると思うなよ」

「どうだろうね? 警察も自衛隊も手が出せないんだから、囲んで捕まえるというわけにもいかないんじゃない? なら、政府はこっちと話し合いの場所を用意するしかないと思うけどね」

「本田、やめとけ」

「分かっている!」

「野元、お前もだ」

 野元を煽ったテツオは川崎に止められ、テツオに言い返した野元は川口から叱られた。

 智明は些細な失言が一瞬で緊張を生んでしまったことを反省しつつ、テツオを同席させた責任を取らねばならないと思い知る。

「会議の席です。二人とも落ち着いて下さい」

 言いさして会議テーブルに両手をつく。

「本田さんが口にした事は私の意見と同じ物なので取り消しはしません。しかし煽るような発言だったことはお詫びします。失礼しました」

「いや、それはこちらも同じだ。部下の非礼をお詫びする」

 智明を追うように川口が軽く頭を下げると野元も顎を引く程度の謝罪をしたが、テツオはそっぽを向いて仕方なく頭を下げた。

 川口はテツオが直るのを待って口を開く。

「……我々が今ここで政治に関する事に意見をしない限り、そちらの主張を聞いたというだけになってしまうが、それで構わないか?」

「それは、そういう風にしか収めようがないでしょうね。可能なら『日本政府と話し合える場が欲しい』と要求したいところですが……。

 それこそ川口さんや野元さんが勝手に約束できることじゃないですもんね」

「そういうことになるな」

「では、伝えられる限りこちらの要望を伝えていただければと思います」

「……憂慮しよう」

「ありがとうございます」

 一悶着あったが、それでも想定していた着地点へと落ち着けたので、智明は深く頭を下げて一旦の区切りを付ける。

 これはある意味、一週間前の会談で川口が示していた着地点でもあるし、武力や正当なアポイントでも辿り着けた通過点でもあろうとは思う。

 しかし自衛隊や川口のワンクッションを挟む意味はあることだろうと智明は考える。

 いつかの警察機動隊のように戦力差を見せつけて追い返してしまっては、恐らく陸・海・空の自衛隊統合部隊が日を開けずに攻め入ってきたろう。

 それらの攻撃力や爆撃などに対抗する自信はあっても、それはきっともっと強い兵器の投入が続いていくだけで、智明の想定する流れは生まれないと想像できる。

 ならば、現場を見て実際に『ユズリハの会』と顔を合わせた川口らに実情を語ってもらうほうが伝わるものはあると思うのだ。

「ところで――」

 顔を上げた智明は安堵した表情の川口へ切り出す。

「――HDの件はどのようにされるつもりですか?」

「どのように? とは?」

 一気に表情を固くした川口が問い返してきた。

「そのままです。私共の主張や要望を日本政府に伝える際、私の能力だけでなくHDの事も話さなければならないはずです。どのように伝えられるかは聞いておかないと、こちらとそちらでズレがあったら困りますから」

「それはもちろん……」

 こともなげに答えようとした川口だったが、言いかけた言葉を途中で切り口を開けたまま凍りついた。

 そうなのだ。

 厚生労働省の認可はおろか人体実験そのもののHDの存在を、見たままの有り様で伝えることはできないはずだ。

 しかし川口の言葉を引き継いだのは別の男だった。

「言えるわけがないやろうな。でなけりゃ極秘裏に大阪くんだりまで出向いて、雑誌編集者のふりなんかせえへんやろ」

 黒田は末席からしっかりと野元の方を向いて言い放ったが、野元は一瞬だけ黒田の方へ視線を向けただけで大きな反応は示さなかった。

「そんなことがあったんだ?」

「ああ。俺らもハーディーっちゅー怪しいナノマシンの事は調べとってな。智明君の超能力とは別で湧いて出たもんやから気になったんや。『どぶろくH・B』だけでも社会的な問題やのに、認可されてないHDみたいなもんはほっておけんからな」

「この場でこんな事をつまびらかにするのもどうかとは思うけど、私達は高橋君の起こした騒動は沢山の問題や危険を孕んでいると考えているの。

 そうでなければここまで強引な取材や調査をして、こういった席にまで入り込むなんて無茶はできないわ」

 事情を聞いたのは智明だが、黒田と舞彩の返事に智明はおろか川崎やテツオだけでなく、川口も野元も黙ってしまった。

 智明と川崎は『HD』に関しては確信犯的な負い目がある。恐らくテツオもそうだろう。

 だが川口や野元が黙る理由は智明にはいまいち想像がつかない。

 テツオらWSSを先発隊として投入する際にHDがどういったものかを認識していたのだろうと想像はしても、だからといって黒田が明かしたような調査をしていたことも不自然とは思わないし、黙り込む必要もないだろうと思う。

 自衛隊として公にできない事情があるということなのか?

「そういう疑われ方をされると、何も話せなくなるな」

「……私にだってプライベートというものがある。人と会うことが何かの罪になるのかね?」

「誰に会ったかによるやろ」

 川口が完全なる回答拒否をした横で野元は『私的自由』を協調した。が、黒田の間を開けない指摘に野元はまた黙った。

 その様を見てか、黒田が慌てて付け足す。

「いや、勘違いさせたんやったら謝る。アンタがノムラマサオに会ったことを責めてるんやないし、今この段階で世間にHDの事を知らしめて、その是非を問おうっちゅーんやないんや。

 こんなデッカイネタは俺みたいな刑事一人がどーこーできるもんやない。

 大事なんは、誰がこんなことを仕組んどるんかっちゅーことやと思っとる。

 そういう意味では実験台みたいにされとる君らにも、含むとこはない。作ってばら撒いておかしなこと企んどる奴を突き止めたいんや」

 黒田の説明にホッとする部分はあったが、完全に智明を安心させるものではない。

 黒田の隣りに座る舞彩も似た考えであるのか頭を頷かせてはいるが、HDの真相究明とその報道には当然実態を報じる内容がくっついてくるはずで、そうなれば川崎やテツオを含む『ユズリハの会』のメンバーの事も記事に載ることになる。

 その時の印象や捉えられ方は気にしなければならない。

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