4 第1話 七・一一協議 ④
智明が話し終えると、川口と野元だけではなく黒田や舞彩も何かを審議するように唸った。
「……なんや前に聞いとった話よりもアニメになってきとるのぅ」
川口や野元が黙ったせいか、間を繋ぐように黒田が呟き、「そうなのか?」と野元が問うた。
確かに、以前智明が黒田と会った時にも能力の話をした事はあったが、今回のような攻撃的な内容ではなかったはずだ。
「黒田さんにお話するのは二度目でしたよね。
「なるほど、だからか」
野元の確認に答えた智明に対し何かが繋がったのか、川口が智明と黒田・舞彩を順に視界に収めて納得の声をこぼした。智明の知らない所で川口と黒田らとのやり取りがあったらしい。
「君はここまでの真相を知っていたのだな? でなければこの場に居合わせられるはずがない」
「俺らは最初に言うたやないですか。この件に関して色々と知ってるって。日本や世界の先行きがこの会談で語られると見越しとるとも言いましたよ」
「それはオカルトな能力や空想科学も含めてのものか?」
「勿論や。あんたには『ノムラマサオ』と言えば分かるやろ?」
川口の追求に黒田が答え野元の問いにまた黒田が答えると、野元は「むう」と唸って黙った。
その様を見て黒田と舞彩の視線が厳しくなったようだが、智明はズレた話題を戻しにかかる。今ここで智明がしたいのは自衛隊の取った苦肉の策ではなく、『ユズリハの会』が目指している独立や主張の話なのだ。
「――ともかく、私には科学や物理兵器ではびくともしない余力がある。少なくとも現行の自衛隊の火力では負けない自負があると言っていいです。
そうした『大きな力』を悪用しない前提で、飛び抜けたものだけが暮らす世界を築くつもりなんです」
「それは、危険だな」
智明の主張に顔を上げた川口と野元は、智明に厳しい表情を向けてきた。
「『優生思想』や『選民思想』というものがあってな、独立や独裁でよく口にされる主張なのだが。そうした思想は観念的な優劣と差別を生み、そのまま摩擦と諍いの元になる。
一時期から日本にも上級国民だの国家公務員だのに対して、不必要な反発や嫌悪をする風潮が生まれているだろう?
君の主張はまさにそれで、『力のある者』と『そうでない者』を分け隔てる思想だよ。
以前の会談で聞いた話から随分と低俗になったと言わねばならん」
智明は『しまった』と思う。
川口から幾分好意的な反応を得ていたために、『淡路島の発展』や『能力者の保護』といった部分を端折ったことが裏目に出てしまった。
川口が言うような独裁や偏向は智明の望む形ではない。このまま川口や野元のヘイトを処理しないまま話を進めては、独立の主張は誤った伝わり方をしてしまう。
「もちろん、能力者だけを優遇する政治などはあり得ないです。むしろ人としての優劣なく扱って、能力が発現している人々とまだそうなっていない人々が等しく扱われてこその『形』が望ましいのは間違いありません。
それは、超能力者があちこちに居るという前提は考えにくいにしても、HD化は誰でもがなれるものだと想像していただければイメージしやすいと思います。
先程も少しだけ話題に上がりましたが、HDはまだ認可を受けていないナノマシン技術ですが、こうして川崎や本田のように人と変わらぬ生活をしています。
この技術が認可を受け、一般的に広まる頃に法律や常識はどこまで追いついているでしょうか?
インターネット上での揉め事に対処する法律が出来上がるのに何年かかりましたか? ハラスメントを完全に裁ける法律は成立しましたか? AI暴走に対する不安はいつなくなるんでしょうか? 暗号通信や私的記録の法整備はH・Bが根付いてからだったはずです。
ですが、法には抜け穴があり、想定していない犯罪も起こりえます。
すでに『私』が力を得、HDは人間以上の能力を示してしまった。
このタイミングでモデルケースを持っておくべきで、その形は閉鎖的な実験施設やデータ予測で後追いするのではなく、国家や特区として通常の人々との共生と協調を営む中で形作らねばならないはずです。それが『独立』という名であれば、私の理想がそういうものだと思ってもらっても構わないんです」
少し慌てて早口になった智明は『取り繕っている』と取られても仕方がないと思いつつ、考えうる説得の言葉を主張として並べていく。
伝えなければならないのは、『自分のような特異なものが悪意を持つこと』と『そうなった時の法律と対抗手段』だ。
「言いたいことは分かる。だがその主軸が君であり、君が為さなければならない必要を感じない。何かを律したいのであれば現行の法律で事足りるはずだし、『猿山のボス猿になって叶えたい』というのでは主張と目的と手段の全てが食い違ってくる。
それでは本当に『理想』でしかないよ」
大した間を開けずに川口に断じられ智明は言葉に詰まった。
大人の判断力と経験則からの即答には、智明のような中学生風情には計れない読みの深さがあるようで、すぐには言い返せないのがもどかしい。
『そうではない。それだけではない』という反発の言葉が渦巻いてしまう。
「理想を語っちゃいけないのかな? 何かを変えたり新しくするのは、一人の気付きと確信からじゃないのかな? それは言っちゃいけないのかな?」
飛んできた声は智明の右側、本田鉄郎からだった。
会議テーブルに右肘を乗せ足を組んで座った姿勢だが、智明より明確に強い意志や自信に溢れた表情で自衛隊高官二人に向き合っている。
「そうではない」
即座に否定した川口に、だがテツオの言葉は止まらない。
「そうは思わない。いや思えない。俺が知ってる政治家はいつだって保身に走って、支援者の声に耳を傾けても結果を残してくれたことがない。
耳は傾けているかもしれない。けど、そこから先は代議制民主主義ってやつの大きな波に飲まれて、小さな声はいつだって後回しで、小さな気付きに素早い反応をしたことがないじゃないか。
今日だってそうだろ?
川口さんの判断で俺たちが先発しなきゃ、自衛隊はトモアキに無様な負け方をしたに違いない。それどころか、怪我人や死人が出て世間からツッコミ入ったんじゃないのか?」
足組を解き体を起こして言い募るテツオに、答えたのは野元。
「馬鹿なことを言うな」
「それは想像力がないね!」
感情を殺して吐き捨てた野元に対し、テツオは感情を高ぶらせて断じた。
「自衛隊の敗北が報じられないと思ってるのかい? それとも怪我人や人死にを隠せると思ってるのかい?
先週のことをもう忘れたのかよ。自衛隊の迫撃砲発射はいともあっさりと記者がニュースにして世間を賑わせたじゃないか。
現にこうしてこの席にも報道の目がある! それでもアンタらは何かを隠して、隠したものはバレないなんて思ってるのか? それこそ馬鹿なことだろうよ」
「本田さん」
野元を指差して語気を強めていくテツオを諌めるために声をかけ、智明は川崎の肩を押す。
『キレたら止められない』というテツオの噂を耳にしたことがあるので、早めに制止しておかなければ会議どころではなくなってしまう。
智明の指示に添って川崎が「いい加減にせえ」とテツオの左腕を捕まえると、「触んな」と抗ってテツオが川崎の手を振り払った。
この隙きに話を進めてしまう。
「最後のバレる・バレないもそうですが、『小さな意見が大きなものの中で即応されない』というのも事実だと私も思います。
これは代議制民主主義にケチを付けるわけではないし、その他の政治体制に変えたいっていうのでもありません。
ただ、もう少し保身や金儲けではない政治家が、国家の未来や現在を見て情熱的であることを願ってるんです。
たぶん本田さんが言いたいのもそういうことだと思いますし、民主主義の限界や欠点を感じていての発言でしょう」
「君と本田君が、そこに一石投じると言うのかね?」
「……盤面をひっくり返す感じですね」
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