3 第1話 七・一一協議 ③

 舞彩が頷くのを待ってから川口が智明に向き直り、咳払いをしてから口を開いた。

「……まず明らかにしておかなければならない事実として、此度の『キビツヒコ』先発部隊であるWSSが敗北し高橋智明一派に吸収され、自衛隊は高橋智明一派への対抗手段を失った。

 これは戦略的・作戦的な失敗から敗北と言ってよく、陸上自衛隊総監部から防衛省を通じて日本政府へ任務の失敗を報告しなければならない。

 幸いなことに両陣営に死傷者はなく、周辺住民への被害や損壊が無かったことも幸いであるが、報告という行動に及ぶ際に『何が起こったのか』を伝えなければならない。

 その一点において我々には観測用ドローンから得た映像しかない。これだけでは日本政府はおろか国民の方々にも納得というものを得られないと考える。

 何をもって『敗け』であったか、ここで『何が起こった』のか。教えてもらうことは可能だろうか?」

 川口は机上で組み合わせていた手を腿へ下ろし、恥も外聞もない率直な嘆願を行ってみせた。

 要約すれば『報告書を作るから経緯を語ってくれ』と言ってるようなものだ。

 これに対してテツオが短く失笑したので堪りかねて智明は右手を上げて制すると、川崎がテツオの肘をつついて窘めてくれた。

 智明も作戦名に苦笑したかったのを堪えたのだからテツオの態度は注意して然るべきものだろう。

「……失礼しました。笑い事ではありませんよね。

 ですが、事のあらましを話すにしてもかなり観念的な内容になりますし、決して数字や状況証拠を聞きたいのではないと思うのですが、それでもお聞きになりたいということですか?」

 まずはテツオの粗相を詫び、自衛隊側の本心を探る。智明や川崎の意図する事や想定から外れた扱いのために聞いているのであれば、語る言葉の一つ一つを選ばなければならないし間違ってはいけない種類の問答と言える。

 それを察したのか川口の眼差しは厳しさを緩めて答えた。

「無論、敵陣営に顛末や経緯を聞くなど情けのないことだ。笑われても仕方ない。しかし我々も『負けました』とだけ報告もできない。

 ましてや君たちは独立をほのめかしている組織だ。『何が起こって敗けたのか』は、我々が納得したいというだけでなく、日本政府や日本国民にも伝わらなければならないと思う。

 ああ、ただ勘違いして欲しくないのは、自衛隊の威信などに拘って、虚栄や保身で言い訳を探しているわけではないということだ。大人の世界では独断が許される範囲には限界があり、それを超越してしまっては責任というものすら自身を押し潰してくるのだ。

 そうならないために『どうしましょうか』と伺いを立てねばならないのだよ。そこは理解と配慮を願いたい」

 言った後に軽く頭を下げた川口に追随して、腕組みを解いた野元も不満げながら頭を下げた。

 二人の様子を見て『子供相手ではないな』と内情を推し量り、智明も素直に答えなければと考えた。

 だからといって智明と真の戦闘の全てを言葉にして伝えられるものではないが、自衛隊が臆面なく『敗北した』と報告できる程度のことは話さねばならないと理解する。

「分かりました。

 とはいえ、先程も申したとおり観念的で超常の出来事を話すことになりますから、常識や一般論からはみ出した内容になります。理解や飲み込めない状態もあるかと思いますんで、ご了承ください」

 一旦言葉を切り、軽く会釈をしてから智明は続ける。

「私共『ユズリハの会』は、総勢で百名弱。それに対してウエッサイは百名強と、数の上では劣っていたと思います。

 当初は、当方では威力を抑えた自動小銃を用意していて、戦争そのものの殺傷や駆逐というものを想定していました。ですが、さすがにメンバーの多くは十代で、ましてや目の前に現れたのがウエッサイということもあって非情には徹せられないと思い、素手で立ち向かってくるウエッサイに対して拳で迎え撃つことにしました。

 数の上では同等――というのは両者ともにHDハーディー化していたわけですからそうみなしたんですけど――そうであったのだから、殴り合いや肉弾戦では拮抗したものであったと思っています。

 そのあたりは本田さんの作戦もあるんでしょうけど、私と私の相棒に人数を割かれたから拮抗したように思います」

 智明の説明にテツオがそっぽを向き居心地悪そうにした。

「となると、決め手は別にあったと?」

「そう思います」

 智明は川口の問いを受けて続ける。

「ウエッサイの一部のメンバーが空を飛べるのは御存知ですか?

 その中の一名がずば抜けて飛行が上手く、数名の仲間とともに私に挑んできました。

 この者との対決が、実質大将戦であったろうと私は捉えていて、殺し合う寸前まで戦って私の方に余力があった、と考えています」

 状況を説明しきったつもりになった智明は言葉を切ったが、向かいに座る川口は得心がいっていない面持ちで、顎に手を当てて考えを巡らせている素振りを見せた。

「……何か?」

「いや。……その一戦だけの判断で勝敗を決したというのはいささか不可解でな。よくそれで納得を得たものだなと思うのだよ。現実の戦争が中心人物の生死で決まるものではないし、勝ち名乗りを上げたものが戦勝者であるなどと、それでは戦国時代よりも程度が低く、ましてや敵を取り込む利点がないだろう?」

「それは先程の前提に戻らないといけません」

「淡路連合というやつか?」

 川口の疑問を即座に切り返した智明に対し、問い返したのは野元。

 その野元を「そうです」と一言で肯定すると、再び川口は顎を擦って眉間に皺を寄せる。

 どんなに柔軟な発想を持った大人でも簡単には飲み込めないだろうなと思いつつ、智明は川口の次の言葉を待った。

 智明だけの意図ではなく、テツオや川崎との繋がりも想像しなければ、開戦から終幕までの流れは想像することはできないことだ。

「……なるほどな。やはり我々が危惧した通り、淡路島に大きな組織を作るために本田君の打算があったのだな。

 ウエッサイが勝てば本田君が高橋君の立場に成り上がっただろうし、負けても本田君の築いてきた立場は下がることもない。

 高橋君も本田君を取り込むことで組織が大きくなり、また彼の影響力を利用もできる。

 そうした打算が重なり、利害の一致が戦国時代のような首取り合戦のような結末に落ち着かせた。ということだな」

「それだけではありませんが、まあそういうことです」

 川口の読みは智明の考えよりも深くて回りくどかったが、落とし所は現実のそれであるから素直に認めた。

 もっと単純に頭数が集めやすく組織しやすいというのが本心だし、何よりHD化した異能力者を固めておきたいという大きな意図がある。

「ではもう少し君の能力について話してほしい。HDについては本田君から少し聞いているが、この前の会談でも君の能力はハッキリとは明かされていない」

「ああ、そういう意味ですか」

 ようやく川口の知りたい部分を理解した智明は、『勝敗の決め方』ではなく『HD化した集団を抑え込んだ超常とはなにか』を明かさねばならないのだと気付く。

「漫画のような表現かもしれませんが、私と先程のウエッサイのエースは空中で戦っていたので、基本的に空中戦だと考えて下さい」

 会議テーブルの上に両手を出して浮かせてみせると、川口から「ん。観測ドローンで見ていたよ」と了解の言葉が入る。

「そうなんですね。で、最初は一定の距離を保って高いに空気砲を撃ち合っていたんですが、真から――ああ、ウエッサイのエースです――塩化フロンガスを浴びせられ、続けざまに液体窒素をぶちまけられました。

 これはどちらも私の作った障壁の効果を緩めるもので、真のパンチが私の体に届きかけました。

 真をはじめHD化した人間には大したことのないパンチだったかもしれませんが、超能力を使えても私は生身なので、さすがに死を意識しました。

 だから……というわけではないのですが、真に対して力の差を見せつけねばならないと思い、ダム湖に火種を放って水素爆発を起こして吹き飛ばしました」

「ドローンはその時に――」

「――だろうな」

 合間に野元と川口の囁きが挟まった。

「ここからが私にも少し飛躍した話だなと思うのですが、先程の食堂に寝かされていた女の子――私の相棒でありクイーンなんて呼ばせてますが――彼女が妊娠し、そのお腹の中で赤子が暴れていると教えられました。

 その対処を考えながらボロボロの真と戦っていて、真が火傷した皮膚を金属でカバーしているの見て私も障壁を身に纏う術を講じて、相打ちに持ち込めました。

 結果として私にはまだ余力があり、ナノマシンによる治療が追いつかず瀕死の真が『負け』という判断をし、本田さんにも納得してもらった形です」

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