第47話 菊花の選択とアリアの告白
菊花にとっても、他のみんなにとっても、長かったようで短い夏休みが終わり、新学期が始まった。
心許せる相手ができた事により、学園生活が充実し、あっという間に時間が過ぎていく。
願いの木が変化したのは、この世界に生きる人々の想いをさらに叶えるために進化したのだと、アデレード先生が発表した。
それにより、メリフォルトへ、願いの木の報告を定期的にする事となったそうだ。アデレード先生は、『私以外の者にまだこの学園を任せる気はありませんので、真実は胸に秘めておいて下さいね』と、悪戯っ子のように微笑みながら、菊花達へお願いしてきた。
菊花も繕う事なく、みんなと過ごせるようになった。
そして今日は夕方から、学園主催のハロウィンパーティーをみんなで楽しんだ。
女子は揃いの魔女の衣装。男子はゲーム内で着ていたものを。アゼツはうさぎ耳をつけられ、黒のタキシードを着せられていた。
さくらに進められるまま、特製スイーツを食べ過ぎたのか、胃もたれしている。
いや、それだけではない。
菊花は今、さくらとアリアの部屋に連れ込まれているのだから。
「あのね、本当はさくらちゃんに最初に相談しようと思っていたんだけど、さくらちゃんはアゼツくんのお姉さんでしょ? そう思ったら恥ずかしくなっちゃって……! だからね、菊花ちゃんにも一緒にいてもらってるんだけど、もう少し相談してもいい?」
「ああいうタイプには、直接言えばいいの。アゼツくんは意識させる事から始めないと、恋すら芽生えないよ、きっと」
「そうだね。菊花ちゃんの意見に賛成! それならさ、今からアゼツに女子寮の前に来てもらおうよ!」
「えぇっ!? さ、さくらちゃん、心の準備をさせて!」
さっきからずっと、アゼツのどこが素敵という惚気を永遠と聞かされていた菊花は、この話に終止符を打つ。さくらはにこにこしながら聞いていたが、身内を褒められて嬉しいのもあったのだろう。
「じゃあ、頑張ってね。結果は明日にでも教えてね」
あとはさくらに任せて大丈夫だろう。そう判断し、菊花はさくらとアリアへ手を振り部屋を後にした。
みんなを傷付ける事しかできなかった自分が、恋愛相談。こんな現実が待っていたなんて、菊花は想像できなかった。そんな日々が、今ではとても大切なものになっている。
自然と微笑んでいた事に気付くが、菊花はそのまま歩き続け、自室へと辿り着く。
「疲れたけれど、楽しかった」
部屋の明かりをつけ、椅子に座りながら呟く。
すると、両親から連絡が入っていた事に気付いた。
『菊花、お父さん達の長期滞在がそろそろ終わるが、どうするのか決めたか?』
『この前、お母さんが新しい乙女ゲームの事で菊花と直接話がしたいって言っちゃったけれど、それでも菊花の意見を優先したいから、正直に教えてね。菊花はお母さん達のところに戻る? それとも、その学園を卒業してから戻ってくる?』
元々、両親がメリフォルトに滞在するのは12月まで。菊花は攻略キャラと結ばれる予定だったので、その後の変化も知りたくて、卒業までいる予定だった。
今が、とても楽しい。
でも、わたしの願いは……。
自分の気持ちに嘘はつけない。
だから菊花は、決断した。
***
「あれ? アリアだけですか?」
「ごめんね、少しだけ、話したくて」
呼び出してくれたのはさくらだが、用があるのはアリアだ。
さくらちゃんが心臓が痛いって言ってたの、今ならよくわかる。
うさぎ耳のないタキシードを着たアゼツと、魔女のワンピースを身につけたアリアは、他の人から見たらどんな関係と思われるのか。そんな考えがふとよぎる。
「話って、何でしょうか?」
アリアとアゼツの背丈が同じで、目線が合い続ける。だから思わず、目を伏せた。
けれど、先程の菊花の助言を思い出し、アリアは無理やり顔を上げた。
「最初はね、アゼツくんってさくらちゃんのためになら何だってできる、凄い男の子だなって、思っていたの。さくらちゃんの命を救うために、自分の命を懸けるなんて、なかなかできない事だから」
「それはアリアもじゃないですか。アリアだって、さくらのために同じ事をしてくれました。今さらですが、あの時はありがとうございました」
「こちらこそ!」
そうじゃなくて!
何だか世間話みたいになってしまったが、アリアは気を取り直して気持ちを伝える。
「だからね、そんな、さくらちゃんのために頑張るアゼツくんが素敵だなって、思い始めて。そんなアゼツくんを、もっと知りたくなりました」
恋って切なかったり、苦しかったりするのかなって、思っていた。
でも、アゼツくんを見ると、抱き締めたくなる。
恋のかたちなんてみんな違うからわからない事だらけ。
それでも、私にはこれが恋だって思えた。
アゼツの反応を気にかけるも、彼の金の瞳が綺麗すぎて、見惚れる。
すると、アゼツがにこりと笑った。
「お友達になりましょう、って事ですかね?」
「へ? そ、そうだけど、そうじゃない、かな」
「そうですよね。ボク達はもう友達ですし。いや、違いますね。友達以上ですよね!」
純粋すぎるアゼツにめまいがしそうになる。やはりさくらと家族になっただけあって、鈍い。
けれど、アゼツの場合は人間として生活を始めたのが春から。だから、アリアは思い切って想いを伝える。
「あのね、私が言いたいのは、さくらちゃんの事が大好きなアゼツくんを、好きになっちゃいましたって、事なの」
もっと良い告白の言葉はなかったのだろうかと、アリアは後悔した。
しかし、アゼツが固まり、アリアはさらに戸惑う。
「迷惑だった?」
「アリアが、ボクを好きに?」
「そう、です」
「待って下さい。恋の始まりって、どうすればわかるのですか?」
「えっと、胸がどきどきしたり、その人の事をずっと考えちゃったり、抱き締めたくなっちゃったり、とか?」
アゼツが真剣に悩んでいるのは、恋を知らないから。それなのに、アリアを拒絶する事なく、向き合おうとしてくれているのがわかる。その姿に、やはり胸がきゅんと高鳴る。
「ボク、まだ恋がわからなくて……」
「それならね、一緒に知っていくのは、どうかな?」
「一緒に?」
「その時、恋する相手が私じゃなくてもいい。だからね、私と一緒に学んでいこう?」
しょんぼりするアゼツへ、アリアは明るく誘う。負担になりたくはない。でも、彼と過ごす特別な時間がほしい。そんな想いが心を占めれば、初めてアリアの胸が苦しくなった。
けれど、目の前のアゼツが怒った顔をしたので、今度は痛みが加わった。
「それはアリアに対して不誠実です。ボクは、誰かと恋するためにアリアと学ぶのではなく、アリアを好きになるために学びたいです」
アゼツらしい言葉に安心し、胸の苦しさや痛みが消える。
「好きっていう気持ちはね、そんなに簡単に決められないよ? だからね、私を好きになるため、じゃなくて、いつの間にか好きになってくれたら、嬉しいな」
「そこまで曖昧でいいのですか?」
「いいのです」
首を傾げるアゼツの仕草が可愛らしく、アリアは思わず彼の口調を真似る。
「では、よろしくお願い……、ん? アリアはその間、ボクの事をずっと好きなのですよね?」
「そうだね」
「それはとても、苦しくはないですか?」
恋を知りたいであろうアゼツが、アリアの事を心配している。それだけなのに、嬉しすぎて微笑んでしまう。
「それでも、アゼツくんと一緒にいたい」
いつか振り向いてくれたら。今はそれだけでいいと、アリアは想いを込めて伝えた。
「……胸が、どきどき?」
「ん? 何かあったかな?」
「いえ! 慎重に経過観察しようと思います! では、部屋に戻るまでまだ時間がありますから、散歩でもしますか?」
アゼツがよくわからない事を口にしていたが、それはいつもの事なので、微笑ましい。それに加え、特別な服を着て特別な時間を作り出そうとしてくれるアゼツを、アリアはさらに好きになった。
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