第44話 菊花の答え
「待って!! 私が特別ルートをクリアした時、『それでは最後の選択です。このゲームを消しますか? 消しませんか?』って出たの、覚えてるよね!?」
強風に煽られながらも、願いの木の葉音に負けないように、さくらがみんなへ問いかける。
すると、ノワールと菊花以外のみんなが、こちらへ困惑した顔を向けてきた。
「覚えています。だからこうして、世界が融合したじゃないですか」
「そうなんだけど! あのさ、世界が融合したのは、みんなの想いの力でしょ!? みんなの想いを、神様の力を通して掴み取ったのが、この奇跡の世界。でもね、質問にはこの世界を消しますか? じゃなくて、『ゲームを消しますか?』って書いてあったでしょ!?」
もしかしなくても、これしかない!
アゼツが不思議そうに眺めてくるが、さくらは必死に考えを伝える。
「菊花ちゃんのお母さんの想いも、菊花ちゃんの想いも、ゲームに蓄積されていたんだよ。だからね、ゲームを消したくないって願いも、この世界でなら叶えられるんだ」
「さっきから、何を言っているの?」
さくらの言葉に、涙を拭う菊花が顔を上げた。
「恋のかたちを知りたくては、前の世界なら廃番になって、消えてしまう。でも、この世界なら、消えないんだ」
「何が言いたいの?」
さくらにしかわからない事を口にしたからか、菊花が苛立つように眉を寄せる。でもその瞳には、光が戻っている。
「菊花ちゃんはさ、前の世界のお母さんが、本当のお母さんだと思っているよね?」
「当たり前でしょ? 恋のかたちを知りたくてを覚えていない母なんて、別人じゃない」
さくらの言葉に、菊花は黒の瞳に怒りを宿して言い切る。
だから、その気持ちは受け止めた。
「そうだよね。作った本人が覚えていないなら、別人に見えるよね。でもね、菊花ちゃんのお母さんは、本当に覚えていなかった?」
「『何だか素敵なタイトルね』って言っただけで、覚えていなかった……。わたしが覚えているのに、ね」
「それならどうして、菊花ちゃんのお母さんは、この学園に菊花ちゃんを残していったの?」
「それはわたしが、無理を言ったから。わたしが誰かと結ばれるエンディングでも迎えたら、母の想いが、報われると思ったから……」
『誰にも、最後まで楽しんでもらえなかった』って、菊花ちゃんのお母さんは言っていたんだよね。
きっと誰よりも近くで見ていた菊花ちゃんは、そんなお母さんを助けたかっただけなんだ。
だからこそ、菊花の心に届くように、さくらは問いかけ続ける。
「この学園に転入するって話の時、何か変化はあったんじゃない?」
「変化って程じゃないけれど、『興味があるから、どんな体験をしたのか詳細に教えてほしい』って、言われているの。でもこれは、いつもの事。母は10代のヒロインをメインにゲームを作るから、リアルさがほしいだけ」
風が願いの木を乱暴に揺らす音以外、何も聞こえない。それぐらい、菊花の言葉にみんなが耳を傾けているのがわかる。
「それならさ、菊花ちゃんのお母さんがメリフォルトへ長期滞在しているのも、その理由なんじゃない?」
「その理由って……」
さくらの言いたい事が伝わったのか、菊花がはっとした顔を向けてきた。
「『新しい乙女ゲームの案が浮かんだの。菊花にもたくさん協力してもらうから、覚悟しておくように』って、言っていた。いつもの事だから、気にしていなかった。でもこの言葉は、わたしが母に恋のかたちを知りたくての事を聞いた、あと……」
自分でも信じられない言葉を口にしているようだが、菊花の瞳は輝き始める。
そんな彼女の変化が嬉しくて、さくらは微笑む。
「記憶がなくなったって、菊花ちゃんのお母さんは菊花ちゃんのお母さんだよ。だからね、覚えていなくても、菊花ちゃんのお母さんの中で、新しい恋のかたちを知りたくてが、生まれているかもしれない」
「……でも、それはやっぱり、別の物に……」
さくらの言葉に、菊花が力なく、顔を横へ振る。
すると風が止み、ノワールの声が聞こえた。
「そうだろうね。完全に元のゲームには戻らない。だからね、菊花はどちらを選ぶの? この世界を終わりにするか、この世界で生きるのか」
「生きる……?」
「君はまだ、前の世界で生きている。だからね、この世界では、君は君として生きられていないんじゃないのかな?」
ノワールの笑みは優しく、声もとても穏やかだ。そして、遺恨の水晶も願いの木から遠ざけた。
けれど、菊花は答えが出ないのか、黙り込んだ。
「僕はね、さくらのように優しくはできない。君なら僕の性格をよくわかっているだろう? 今も、答えが出せない君が、この先、また同じ過ちを繰り返す事があるかもしれないと、考えてしまう。だからね、先にその不安の芽を摘む事にするよ」
まさか……。
ノワールが、遺恨の水晶を願いの木へ近付け始める。周りも、動き出そうとする。だからさくらも、止めようとした。
「やめてっ!!」
けれど、誰よりも早く声を出したのは、菊花だった。
「何度も言いますが、あの遺恨の水晶は大丈夫です」
そこに、アゼツの呟きが続く。
同時に遺恨の水晶がカツンと音を立て、願いの木へ触れた。
その瞬間、さくらの視界が白く染まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます