第43話 真相
「これは、私達全員の問題です。ですので、不快に思われたでしょうが、魔法で姿を隠し、この場に同席させていただきました」
夜を連れて来たようなアデレード先生が、最後に姿を現した。
「どういう、事ですか?」
呆気に取られたさくらは、ようやく声を絞り出した。
「理由は簡単。菊花が記憶があると知ってから、僕はずっと彼女を見張っていたから」
さくらに答えたのは、ノワール。そんな彼は、遺恨の水晶を指先で摘み、曇天の夜空へ透かすように眺めている。
「もしかして前に『頼りになる協力者がいるからね』って、言ってたのは……」
「それがアデレード先生だった、ってわけさ」
さくらの質問に答えたノワールが、優雅に微笑みながら遺恨の水晶を手の中に収めた。
「もうさ、いきなり訳わかんない事言い出すから、ぼく達も大混乱!」
「悪いが、自分達は力を使って感情を確認済みだ」
大声を出すクレスが天使の輪を輝かせ、キールは何故かノワールを睨んでいる。
「私達もね、さくらちゃん達がいなくなってから、ノワールさんとナタリー達から説明されて、急いでここへ来たの」
「まさか、菊花先輩が本当にこの世界を終わらそうと思っていたなんて……」
困惑気味のアリアの隣で、フィオナが暗い顔をしている。
「あたし達もね、菊花の事、探ってた。ごめん」
「どうしても、菊花の行動が気になったのよ」
「だけどね、こんな事をしても、誰も救われないよ?」
ナタリー・ジェシカ・ダコタも、順に菊花へ話しかけている。けれど、当の本人は反応すら示さない。まだ、驚きが残っているのだろう。
「リオン達は……?」
「私達も先程、アデレード先生から事情を聞いたばかりです。菊花さんがここへ姿を現したら、いつでも動けるように待機していました」
「願いの木が世界を壊すとか、まだ信じらんねぇけどな」
「だからと言って、試したくはないわよ」
さくらの問いに、リオンが前を向いたまま答える。そこに、ラウルとイザベルが続く。
「……なるほど。だからアデレード先生の遺恨の水晶があったのですね」
すると、ようやく普通の金の瞳に戻ったアゼツが、不思議な事を口にした。
「アデレード先生の?」
「やはり、アゼツくんは気付いていたのですね」
さくらが首を傾げれば、アデレード先生が柔らかい表情を浮かべた。
「菊花さんについては、ノワールくんから伝え聞いています。願いの木の前で話していた事も含めて、です」
それまで固まっていた菊花の体が、びくりと揺れる。
「ですからあらかじめ、秘密の部屋に辿り着かれてもいいように、危険なものは別の場所へ移しました。その際、ドラゴンの唸り声をうっかり聞かれてしまったのですが」
使い魔が関係していると噂される七不思議の出どころが、まさかのアデレード先生だった。
その事に驚くも、さくらはこれも作戦だったのかと、同時に気付く。
「そしてノワールくんの助言のもと、苦手だと予想したものを罠として配置し直し、秘密の部屋の中で諦めていただけるよう、誘導しました」
ここにいる誰もが納得するように、アデレード先生がよく通る声で話し続ける。
しかし、まだ過ぎ去る事のなかった嵐が動き出したように、風が強くなる。
「それでも、万が一、遺恨の水晶を運び出されてはと思い、私が身に付けている水晶だけを持ち運べるよう、魔法を掛けておきました。行動を共にしているのがアゼツくんだと知り、偽物は見抜かれるだろうと予想した結果です」
アデレード先生は先程からずっと、菊花だけを見つめている。
けれど、菊花は俯いたまま、微動だにしない。
「だから、はっきり感じられたんですね。やはり、生きている者の想いは死者よりも強いのが、今回の事でよくわかりました」
独り言のようにアゼツが呟けば、アデレード先生が再度口を開いた。
「このようなやり方は、卑怯だと思われたでしょう。けれど、中途半端な事をしても、菊花さんの気持ちに区切りなどつかないと思い、このような行動を取りました」
淀みなくアデレード先生が言い切れば、菊花の手に力が入ったのが見えた。
「……やっぱり。やっぱり、ね。どうせこの世界は最後まで、さくらちゃんの味方なんだ」
静かに、けれど苦しそうに、菊花がようやく声を出す。
その顔はまだ俯いたままだが、涙が滴り落ちたのが見える。
菊花ちゃん……。
何と声をかけていいのか、わからない。
今、さくらが菊花の手を取れば、彼女は今以上にこの世界ごと拒絶するだろう。
ならば、誰が菊花に寄り添えるのか? その考えに、さくらは立ちすくむ。
すると、ノワールだけがゆっくりと歩き出した。
「そうだよねぇ。中途半端はよくないよ」
え?
誰もが、遺恨の水晶に口付けでもしそうなノワールへ目を向けた。
「菊花はまだ、怒りが収まらないだろう? 僕にはその気持ちが、少しだけわかる。僕は僕の願いのためだけに、さくらをゲームの世界に閉じ込めようとした事があったから」
ゲーム内で起きた、みんなが知らなかった事実をここで口にするノワールは、願いの木の前で足を止める。彼は振り向くと、魅惑的な笑みを浮かべた。
「だからね、僕が味方になってあげる。言っただろう? 君の力になりたいって」
まさかの事態に、さくらは息を呑む。けれどノワールの琥珀色の瞳と視線がぶつかり、彼の言葉を思い出す。
『本当なら、僕が幸せにしてあげたかった。でもね、さくらの幸せが僕の幸せだ。君がこの先もずっと笑っていられるよう、僕は何でもする。それだけは、覚えておいて』
何でもって、この事……?
それならば、さくらも考える事をやめてはいけない。ノワールはさくらの願いを理解している。
だからこの瞬間に、みんなが幸せになれる未来の鍵があるはずなのだ。
「ノワールくん、やめなさい」
「やめません。それにもう、アデレード先生はこの水晶への魔法を解きましたから、無理にでも僕から奪い返せばいいだけでは?」
アデレード先生が本当に驚いたように目を見開き、ノワールを止める。けれど、彼は遺恨の水晶をぎりぎりまで願いの木に近付け、微笑んだ。
「まぁ、あなたには生徒を傷付ける事が出来ない。だから、この方法を選んだのですけれどね」
アデレード先生ならすぐに取り戻せそうだが、もし魔法を使って無理にでも動かしたら、本当に願いの木に触れてしまう。
それを危惧し、アデレード先生は動けないのだろう。
そんな予想をしながらも、さくらは考え続ける。
菊花ちゃんが納得しない限り、ノワールは止められない。これがノワールの本気のぶつかり方だから。
それなら、菊花ちゃんが本当に望んでいる事を、菊花ちゃんが言葉にするしかない。
「さくら、私が動きます。もしもの時はアゼツと共に遠くへ」
「待って! 今、考えてるから!」
リオンの囁きが聞こえてくるが、彼を犠牲にする気はさらさらない。だからさくらは、大きな声で答える。
「ノワール、やめろ」
「おや? キール、君はとっくに気付いていたはずだよ? そんな君に、今さら何が出来るのだろうね?」
キールが近付けば、ノワールがもう願いの木へ触れているように見えるぐらい、遺恨の水晶を動かした。
さっきの菊花ちゃんの言葉に、何かヒントがあるはずなんだ。
でも、その何かは浮かんでくれない。そして菊花も、ただノワールを眺めていた。
私に、菊花ちゃんの本当の気持ちが、わかるの?
終わりを望むような菊花の顔をさくらへはっきりと見せつけるように、突風が吹き抜ける。だから、弱音が浮かんでしまった。
しかしそれに合わせ、願いの木が騒ぐ。
その時、大切な言葉が浮かんだ。
『何が起きても、あなたの心を貫く覚悟を。それができた時、奇跡は起こる』
そうだよ。
みんなで奇跡を掴み取ったんだ。
だからこの世界でだって、みんなで掴み取れる奇跡がある!!
諦めてしまっては、その奇跡にすら気付けない。
だからさくらは奥歯を噛み締め、自身を奮い立たせる。
それに周りのみんなも、諦めた顔をしていない。
私がクリアした事で、菊花ちゃんのお母さんのゲームが消えてしまった。
でも融合した事で、現実の世界に恋のかたちを知りたくては、残った。
だから、エンディングの時に用意されていた選択肢の、『消さない』って事が反映された結果が、今の世界なんだ、よね?
ふと、違和感を覚える。
あれ?
この時の選択肢に対する質問って……。
そうか!
さくらが答えに辿り着けば、ノワールがため息をついた。
「時間切れ」
残念そうな声とは裏腹に、ノワールは酷く冷たい笑みを浮かべた。
けれど、さくらはそんな彼を止めるべく、口を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます