第40話 事前確認

 やっぱり、嵐は来るんだ。


 七不思議巡り当日は、朝から大荒れの天気になってしまった。ゲーム内では、次の日の朝には落ち着いていたのをさくらは知っている。でも、現実の世界ではいつ終わるのかわからない。

 だから、部屋の窓が大きな音を立てる中、アリアが不安げに外を見ている気持ちが、さくらにもよくわかった。


「さくらちゃん、今日は中止にした方がいいんじゃない?」

「中止にしたいけど、アデレード先生達は行くみたいだし……」


 私もほんとはそうしたいんだけど……。


 アリアの薄緑色の瞳が揺れている。こんな日は、みんなと談話室で語り合うのがいいだろう。それに気付き、さくらはベッドから立ち上がった。


「そうだ! 今日の夜はさ、みんなでお泊まり会しようよ! こういう日はさ、談話室を開放してくれるでしょ? みんなでいたら怖くないし。私と菊花ちゃんはちょこっと七不思議のところに行って、すぐに戻ってくるから!」

「そこまでしなくても……」

「言い出したのは私だし、菊花ちゃんも怖がってるけど、やっぱり知ってるイベントだから直接体験したいって言ってたし。満足したら戻るから」


 アリアの気持ちは嬉しいのだが、これだけは譲れない。

 それに、本当に菊花は怖がりなようで、七不思議の話はあまりしたがらない。

 だからこそ、初めからみんなと別行動になれる日の方が好都合だと、さくらは自分を奮い立たせる。


「何かあってもアゼツがいるし、大丈夫!」

「何かなんて起きる前に戻ってきてね」


 さくらの言葉にさらにアリアの顔が曇る。そんな彼女を励ましつつ、みんなへの通信を開始した。


 ***


 時刻は21時。台風の目にでも入ったように、天候が落ち着いた。

 そして、アデレード先生と行動を共にするイザベルと別れてから、30分が経過している。


 中止を伝えたみんなは、男子寮・女子寮の談話室でグループ通話をしていた。お菓子を持ち寄り、ホログラム越しに語り合う。嵐が去ったわけではないので、念のため、全員が制服姿だ。

 触れ合う事はできないが、同じ部屋でお泊まり会をしている雰囲気に、さくらも心が躍る。

 するとノワールが怖い話を始めたので、さくらと菊花はそのタイミングで談話室を後にした。



「準備はいいですか?」


 女子寮の入り口で待っていてくれたアゼツと合流し、まずはさくらと菊花の教室へ瞬間移動した。


「うん。いつでもいいよ。嵐も落ち着いてるし、今しかないよね」

「ついに、だね。わたしも、大丈夫」


 さくらと菊花は自然と手を繋ぎ、頷き合う。

 するとアゼツが「そういえば……」と、呟いた。


「遺恨の水晶の容れ物って、どこにあるんですか?」


 確かにアゼツの言う通り、菊花は何も持っていないように見える。けれど、彼女は優しく微笑んだ。


「ちゃんとあるから、大丈夫」


 ぎゅっと、さくらの手を菊花が握ってくる。


「わたしね、思い出したの。ヒロインなら、触れても大丈夫なのを。だからね、さくらちゃんに持っていてほしいの」

「えっ……、私!? でも今はヒロインじゃ――」

「やっぱり、怖いよね……。わたしも持つ事はできるけれど、長くは持てないと思う。乗っ取られるかもしれないから。だからね、異変を感じたらすぐにわたしに渡してくれる? 順番に持てば大丈夫だから」


 菊花が申し訳なさそうに、それでもしっかりと説明してくれる。

 今からさくら達が対峙するのはそういう危険なものだったと、改めて思い知らされる。けれど恐怖を押さえつけ、承諾しようとした。

 しかし、アゼツが先に口を開いた。


「それなら、ボクが持ちます」

「それはだめ! アゼツくんには移動に集中してもらいたいの。元神様見習いだったとしてもその体を乗っ取られたら、わたし達より強くて、止められなくなるかもしれないから……」


 そっか。

 人間だけど、アゼツの場合はそういう危険があるんだ。


 菊花の表情と声から、焦りが伝わる。だからさくらは覚悟を決めた。


「それならやっぱり、私が持つよ」

「それはだ――」

「直前に話したわたしが悪いの! だからね、さくらちゃんが手に取ったら、すぐに願いの木に行こう」


 さくらが言い切れば、アゼツが怒ったように声を荒げた。けれどそれを菊花が遮り、一瞬の沈黙が訪れた。


「全てを終わらせよう。わたし達の手で」


 アゼツはどこか納得していなさそうな顔をしている。だからさくらは菊花の言葉に、しっかりと頷いた。


「菊花ちゃんの言う通り、私達が出来る事をしよう。終わらせちゃえば、もう心配ないんだから」

「…………ドラゴンもいますし、アデレード先生に気付かれない内に、早く終わらせましょう。菊花さん、ボクが知らない事が起きたら、教えて下さいね」


 アゼツは視線を落としてさくらの言葉を聞いていたが、大きく息を吸い込んだ。そして顔を上げれば、アゼツは感情を抑え込んだように、眉間にしわを寄せながら返事をくれた。


 きっと、心配だからこそ怒ってる。

 それでもやるって決めてくれて、ありがとう。


 アゼツの固く握られていた手にさくらが触れれば、すぐに掴まれた。


「さくらの手は絶対に離しません」

「うん。頼りにしてるね」


 言葉を交わせば、菊花の手が離れた。


「それじゃ、さくらちゃんのもう片方の手が自由に使えるように、わたしは離れておくね。代わりに、アゼツくんの手を握っていい?」

「はい。菊花さんも絶対に離れないで下さいね。それでは、行きましょう」


 菊花の手も握り、アゼツが前を向く。


「魔女のランタンが保管されている泉へ!」


 月の光すらなかった、暗く静かな教室にアゼツの声が響く。

 次の瞬間、澄んだ空気がさくら達を包んでいた。

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