第34話 フィオナの告白とリオンからの拒絶
さくらがもう少し落ち着いてからと止めてきたが、フィオナはこの決心が揺らがないうちに告白してしまおうと決め、さくらにクレスを呼び出してもらった。
「どうしたのフィオナ――」
いつもの明るいクレスの声に振り向けば、彼のすみれ色の瞳が見開かれた。
「その顔、何があったの!?」
プールから少し歩いた、ガザニアの花壇の前で、フィオナとクレスは向き合う。
小さなひまわりのような姿。外側から順に色濃くなる鮮やかな黄や赤、オレンジの花が、太陽の光を浴び、生きる喜びを伝えてくる。
花言葉はいろいろあるが、身近な愛の意味を持つこのガザニアに見守れながら、フィオナは想いを伝えたくなったのだ。
「わざわざここまで来させてごめんね。このあとも遊ぶでしょ? だからすぐ、終わらせるね」
「何言ってるの? ぼくが知りたいのは、何があったのか、だよ!」
こんなに焦ってるクレスくん、面白い。
気持ちが決まっているから、余裕ができたのかもしれない。だから笑顔で、フィオナは話せた。
「あのね、今だけ、クレスくんの感情の色を見る力を、使ってほしいな」
「力? いいけど……」
今の世界になって初めて知ったのだが、クレスの感情の起伏だけではなく、力を使っている時、天使の輪がほんのり輝く。だから最近は、この光を見る機会が減っていた。
「やっぱりその光、優しくて好き」
「ありが……」
植物を生き生きとさせる、優しい光。これにフィオナの心も照らされていた。だから自然と、この好きは伝えていた。
でもきっと、こちらを見たクレスには本当の意味がわかったのだろう。先程よりも驚いた顔で、言葉が途切れたから。
「わたしが1番クレスくんの事を知ってるって、この世界に生きる人全員に言いたい。それぐらい、好き」
だからわたしの事も、クレスくんだけが1番、知っていてほしい。
もう何も隠す事なく、さらけ出す。
こんな事で自分達の友情は壊れないと信じて。
けれど、泣きたくなった。
もう元の関係には戻れないのだと、気付いていたから。
それでも、フィオナは笑う。これは意地でもあり、感情の色が見える彼に対しての、意地悪なのだ。
「その、さ。ちょっともう、力使うのやめていい?」
「だーめ」
意外な反応を示すクレスに、目を奪われる。彼の赤くなってきた頬だけが、フィオナが見えるクレスの想いの色。だからもっと染めたくて、フィオナの心が疼いた。
「きっとこんな会話、最後でしょ? だからね、しっかり覚えておいて。わたしの、クレスくんへの、想いの全部を」
もういいや。
言葉にできないわたしの恋のかたちまで伝えられたんだ。
うん。
満足。
友情も嫉妬も独占欲も、恋も。全部を届ける事ができるなんて、とても幸せで悲しい事だ。
だからフィオナは区切りがついた。
「勝手に終わらせないでよ」
しかし拗ねたようなクレスの声が、フィオナの意識を持っていく。
「あのさ、ぼくね、そんなに好きだって思われた事なくて、正直、びっくりしてる。でも、嫌じゃない。きっとフィオナだから。知らなかったらきっと、友達でいられた」
さっきよりも赤らんだ顔をするクレスが、藍色の長い髪を片手でぐしゃりとさせながら、一生懸命に話している。その言葉に、ずきりと胸が痛む。
けれど、クレスの口は動き続けた。
「今日から恋した、なんて返事をしたら、フィオナは怒る?」
「……え」
「やっぱり怒るよね!? でもさ、あんまりにもフィオナも見える色も綺麗で、好きだって、思っちゃって」
そこまで聞こえたら、クレスに抱きついていた。
「怒らない! 大好き!」
「やっ、待ってよ! フィオナってこんなに積極的……、だったね」
たくさん泣いたはずなのに、涙が溢れてくる。でも大好きな人の腕の中だから止まらない。「泣きすぎだよー」と言うクレスの困った声もフィオナの心を緩め、さらに彼の胸に顔を埋めた。
***
さくらはずっと、フィオナとクレスがどうなったのか気になっていた。すると2人は上空から現れた。
「さくら先輩! キスは涙の味がしました!」なんて報告をするフィオナの口を、クレスが慌てて塞ごうとして失敗しているのを見て、嬉しさと可笑しさで笑い声が出た。
まだプールで遊ぶ予定だが、ここでフィオナとクレスは別行動となり、女の子達は恋の話で盛り上がる。2人はお似合いだなと、誰もが思っていたようだ。しかし涙とは? と、何があったのか気にもなったようだ。
けれどそんな和気あいあいとした空気を、ラウルが壊した。
「俺はお前を認めない。今度は何を企んでいるんだ?」
「やっぱりラウルくんは懐くまでに時間がかかるんだね」
「あ? 何だその言い方」
「ラウル! そこまで言うのなら、ちゃんと理由を話さないと」
「そうですよ! 菊花さんは何も企んでいないですよ! 純粋に、七不思議を巡るならどれが1番怖くないのか聞いただけじゃないですか!」
いつの間にかラウルと菊花が話をしていたようだが、お互いに一歩も引かない態度だ。そこに同じく、会話していたであろうイザベルとアゼツが割り込む。
すると、ラウルがわざわざ仁王立ちした。
「俺の勘だ。これ以外の理由なんてない」
「素晴らしい理由だよね」と、ノワールが大げさに驚いた様子を見せ、手を鳴らす。すると呆気に取られていた菊花が、鼻で笑った。イザベルは、いつの間にかラウルの鳩尾に拳を埋め込み、その横で、アゼツが驚きすぎて硬直している。
「ぐあっ……!! なんだよ! 少しは、手加減しろ!」
「手加減してラウルの頭が良くなるのなら、いくらでも」
ラウルらしい理由だけど、最初の出来事が引っかかってるだけだろうな。
むせるように話すラウルは痛そうだなと、イザベルに言い負かされている姿を眺める。
そして改めて、さくらは菊花がわざと転んだ時の印象がラウルの中に強く残っているのだろうと、確信した。
そんな騒がしい中で、やはりリオンだけが微動だにせず、けれど、遠くからこちらをずっと見ている事だけはわかった。
だから、さくらの方から動いた。
みんなと遊び終わってからって思ったけど、これはおかしすぎる。今日話そうって決めてたし、今から私達も別行動しよう。
リオンの悩みを知りたくて、さくらは小走りで駆ける。それに、最近ちゃんと話をする事が出来ずにいたので、リオンの声が聞きたくて気がはやる。
なのに、彼は立ち上がり背を向けようとした。
「リオン! どこ行くの!?」
思わず叫ぶが、明らかに悲しみを堪えた顔をしたリオンが足を止めた。
「その……。体調が優れないので……」
「本当に、それだけ?」
絶対にそれだけではない。そうは思っていても、リオンの口から理由を聞きたくて、尋ねる。
「それだけ、ですよ」
寂しげなリオンの笑みに、さくらはカチンときた。
「そっか。その体調ってさ、血を飲めば治るんだよね?」
「え? あぁ、そうですね……」
「でも、リオンは血を飲みたくないんだよね?」
「そうですが……。さくらはどうして、怒っているのですか?」
もう微笑まないリオンが、労わるような視線を向けてくる。
けれど、さくらは不貞腐れ続けた。
「リオンに嘘つかれてるから!」
「嘘など……」
ここまで言っても話してくれないリオンの態度に傷付き、美咲との約束を破った。
「何悩んでるのかわかんないけど、私、解決方法知ってるから。私にも、出来る事があったから。あのさ、体液が必要なんだよね? その効果を高めるのに、証が必要なんだよね?」
「どこで、それを?」
「自分で調べた」
リオンの黒髪が風に吹かれ、大きく見開かれた緋色の瞳がよく見えた。さすがに美咲から聞いたとは伝えられず、別の言葉に言い換える。
すると、苦痛を耐えるように、彼の目が細くなった。
「さくらはその言葉の本当の意味を、わかっていない。もう、何もいらないのです。私には、さくらとの想い出があれば、それだけでいい」
「なに、それ」
そんなの、まるで別れの言葉、みたい。
あまりにもリオンの考えがわからず、実現してほしくないものが頭をよぎる。
それなのに、リオンの口からはさらに聞きたくない言葉が発せられた。
「だから今は、この目にさくらの姿を焼き付けさせて下さい。そして2度と、今の提案を口にしないで下さい」
「意味、わかんないよ……」
リオンは僅かに微笑み、何も言わず影に溶け込んでしまった。
残されたさくらの伸ばした手は何も掴む事なく、空を切った。
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