第33話 応援

 8月も中旬を迎え、暑さが増した。

 けれど世界が融合した事により、草木が多く存在する世界へと変わり、気温の上昇対策も魔法を組み合わせたものを起用している。

 だからさくらが知っていた夏よりは涼しいのだろうが、病室は一定の温度に保たれていたので、その変化にはあまり気付けていない。



「クレスくんが宿題終わらせているなんて、凄いね」

「でしょー? 菊花にはやっぱりわかるよね、違いが。これにはね、理由があるんだよ!」

「言わなくてもわかるだろう? ただ、遊びたいだけだ」

「キール! ぼくより先に言わないでよ!」


 菊花と作戦を考えた日、彼女は改めて謝罪してきた。

『あんなやり方は間違っていた。だから今さらだけれど、ちゃんとみんなとも仲良くなりたい』と、涙を堪えながら伝えてくれた。


 菊花の気持ちに応えるべく、さくらとアゼツは協力すると即座に頷き、みんなと交流する機会を徐々に増やしていった。

 ちょうど今は夏休みで、仲を深める絶好の機会。

 それだけではなく、やはりみんなの性格を知っているからか、菊花は想像以上に馴染むのが早かった。


 だから今もこうして、プールで楽しく遊んでいる。

 ここまで仲良くなれば、七不思議を一緒に巡るイベントに菊花がいても違和感はない。彼女はそこまで考えていたようだ。


 菊花ちゃん、普通に話せる友達が増えて嬉しそうだな。


 裾が右斜めに長くなる、シンプルな黒のワンピースタイプの水着を着る菊花は、特に話しやすそうなクレスとキールと共に、楽しそうに笑っている。

 男の子達は色が違うものの、みんな長めのサーフパンツを履いている。


 女の子だと、ジェシカやイザベルと気が合うように見える。

 それぞれゲームの中で選んでいた水着を女の子達は選んでいたが、残念な事にアデレード先生は今回この場にいない。最近は忙しいようで、会う事すらほんの僅かな時間のみ。

 寂しくもあるが、これが本来の学園長としての過ごし方でもあるのだろうと、さくらは心の中で応援し続けている。


 それでもアデレード先生は都合をつけて、

 みんなと一緒に七不思議巡りに参加すると、連絡をくれた。どうも厄介な噂が流れているようなので、真相を確かめたいらしい。

 あまり乗り気でなかったリオンとラウルが、この理由で同行する決心をしてくれた。


 あとはもう、アデレード先生を救うための作戦に集中するのみ。そう思いたかった。

 けれど、リオンとラウルだけは態度がおかしいままだ。


 リオンの場合、ゲーム内でもこの時期は辛そうだったので、日陰で休んでいても誰も何も言わない。でもそれが、さくらには不思議だった。まるでみんなを避けているようにも思えたから。

 それに、会話がめっきり減った。だからあの想いが通じ合った日から、リオンとの距離を感じ続けている。

 それを解決するため、さくらはあとで話をしようと決めていた。


 ラウルはあからさまに菊花を警戒しているのがわかる。どうにも悪い印象が消えないようだ。こればかりは時間が解決してくれるのを祈るしかない。


 そんな態度の彼らを眺めれば、浮かない顔をしたフィオナが目に入った。


「どうしたの? 具合、悪い?」

「……さくら先輩、ちょっとだけ、付き合って下さい」


 プールの縁に座り、足先だけでパシャパシャと水と触れ合うフィオナの元へ、さくらは歩きながら声をかける。すると彼女はこちらを見上げ、懇願するように声を絞り出した。


 さくらはゲーム内のプールで遊ぶ時、ホルターネックのビキニを女の子達に選んでもらった。

 けれど手術の跡を隠すため、今回はアリアとフィオナとお揃いの、ふわりとした裾のワンピースタイプの水着を選んだ。

 アリアが水色で、フィオナがピンク色。どちらにも大きな花があしらわれている。さくらのものは白地に、桜の花が描かれている。


「じゃあさ、トイレ行くからとか言って、ちょっと抜けちゃお。ここじゃ話しにくい事でしょ?」

「はい……」


 自然の中を自由に飛ぶ蝶のような妖精のフィオナの、こんな姿を見た事がない。よほど思い詰めているのか、声も沈んでいる。

 そんなフィオナの視線の先には、クレス達がいた。



 通常の教育施設にあるようなプールよりも大きなものが、この学園には用意されている。プールサイドも広く、バーベキューまでできてしまう。

 だからこそ更衣室も広く、奥の方なら人目につかない。寮に残る他の生徒の姿もプールでは見かけたが、ここなら誰の目も気にせず話せる。


「もしさ、ここでも話しにくかったら、あとでフィオナの部屋に行くから――」

「……いいえ。もう、ここでっ!!」


 お互い、身体を冷やさないようにタオルに包まっていた。

 けれどさくらの言葉をきっかけに、フィオナが淡い水色のポニーテールを揺らしながら顔を上げた。彼女の髪と同色の瞳は潤みながらも、強い感情が揺らめくように宿っているのがわかる。


「さくら先輩の恋をこっそり応援していたら、恋ってどういうものなのか、気にするようになったんです。そんな時、クレスくんとキールくんが、さくら先輩の気持ちを気付かせてくるからって言ってくれて。この日は、さくら先輩の補習の日でした。さくら先輩だからこうしてみんなが動くんだなって、思ったんです。もちろん、わたしもそんな2人にさくら先輩の事を任せました。2人の力の事を話せば、いくら鈍感なさくら先輩でも気付くと思って」


 フィオナにまで鈍感って思われてたんだ……。


 言葉が刺さるも、今まで溜め込んできた感情と共に言葉を吐き出しているようなフィオナの肩を、さくらは優しく撫で続ける。


「でも、それはさくら先輩だから許せたんです! わたし、菊花先輩に、クレスくんを取られたくない。わたしが1番、クレスくんの事を知ってるって、ずっとそう、思ってて……」


 まさかフィオナは……。


 クレスとフィオナは親友のようだと、さくらはいつも微笑ましく2人を見ていた。


 クレスの前では嘘をつかなくていいから。

 そんな自分でも、クレスはフィオナを受け入れてくれるから。

 何よりクレスも、フィオナは最高の友達だと、自慢していた。


 けれど、フィオナの方だけが、気持ちに変化があったのだろう。


「さくら先輩の恋の話を聞いて、自分の恋を意識したんです。でも、でも――」


 フィオナの淡い水色の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。その綺麗な雫は、クレスへの想いがかたちとなったように、さくらの目には映っていた。


「もう……、遅いん、ですかね?」


 フィオナが言う遅いとは、きっとゲーム内で友達として好きだと伝え合った時の事だと、さくらは思い至る。

 この話は本人達が楽しそうに話してくれたもの。けれどそれが、今はフィオナを苦しめるものに変わってしまった。

 だからさくらはフィオナの両肩を掴んで、目を合わせた。


「遅くなんてない。でも、フィオナはどうしたい?」

「わたし……」


 気付けたんだから、あとはフィオナがどう動きたいかだけ。

 それを、今度は私が全力で応援する!


 恋について、少しは成長したと思いたい。

 でもそれとは別に、さくらはただ、フィオナの力になりたかった。


「わたし、こんなにどろどろした感情があったなんて、知らなくて。だから知られるのが怖くて。でも、クレスくんなら、受け止めてくれるかもって。だけどそれはきっと、友達として、だろうなって。だから、だから……」


 涙が止まらないフィオナを、抱き締める。彼女の美しい羽も、今は萎れたように小さい。その姿が少し前の自分と重なり、さくらは胸の痛みを言葉へと変えた。


「私もね、菊花ちゃんに嫉妬してた。自分とは違って、菊花ちゃんはリオンの隣に立っても、見劣りしないなって」


 びくりと、フィオナが震えた。きっと似たような事を考えていたのだろう。そんな彼女を受け入れるように、さくらはさらに強く抱き締める。


「でもさ、それは自分の気持ちを隠したくて、都合のいい言い訳をしているから、辛いんじゃないかな? 私が、そうだったから」


 フィオナが、息を呑むのがわかった。だからさくらは、そっと顔を覗き込む。


「怖いと思うけど、フィオナの気持ちは決まっているんじゃない?」


 さくらの問いに、涙に濡れていたフィオナの瞳が、真っ直ぐにこちらを見た。


「わたしに我慢なんて、無理でした。だから、伝えてきます」


 ぎこちないはずのフィオナの笑顔に、さくらは野に咲く花のような力強さを感じた。

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