第32話 これからの作戦

「ボクは、ボクはどうしてもっとちゃんと調べておかなかったのでしょうか!?」


 どうしてって、さっきドヤ顔で理由話してたじゃん。


 前にも聞いたような言葉が、他に誰もいない教室に響き渡る。事情をきちんと理解したアゼツが焦り出したのだが、さくらはその姿を見て逆に冷静になれた。

 それにかなり話し込んでしまい、もうすぐ昼食の時間だ。だからこそ早く考えをまとめようと、菊花が動いてくれている。


「仕方がないよ。今はもう、わたしの知識だけで作戦を練ろう」


 菊花はアゼツを落ち着かせようと、苦笑しながらも優しい言葉をかけていた。


「はい……。ボクに出来る事は何でもしますから」

「アゼツくんがいないと秘密の部屋に入れないから、こうして協力してくれるだけで心強いよ」

「ありがとうございます!」


 そうなんだよね。

 アゼツがいないと無理だもんね。


 菊花の言葉通り、アゼツの力が絶対に必要なのだ。けれど、アデレード先生に知られる事なく入れるのか、その不安だけは拭い去れない。

 だからおずおずと、さくらは意見を口にする。


「あのさ、ずっと気になってたんだけど、秘密の部屋もだけど、魔法道具を保管する森にも魔法が掛けられてるよね? それってさ、入った瞬間にバレない?」


 秘密の部屋の中がどうなっているのかわからないので、アゼツは1度、ランタンが置いてある泉まで行きたいと言い出した。そこからなら遺恨の水晶に宿る想いを辿って瞬間移動できるそうだ。


「アデレード先生の事はわたしに考えがあるから大丈夫。あとあの森はね、魔法道具に触れなければ大丈夫。扉を無理に開けなければ、罠も作動しないから」

「罠!?」

「確か、そういう設定でしたね。でもそれなら、秘密の部屋の罠の方が危ないですよね」

「えっ!?」


 菊花とアゼツだけがわかっている事実に、さくらの叫ぶような声が挟まる。

 まさかアデレード先生の事だけではなく、他の事が障害になるなんて想像もしていなくて、動揺を隠せない。


「だって中にあるのは危険なものだから。ガーディアンがいてもおかしくはないでしょ?」

「そのガーディアンって、何?」

「確か、ドラゴンだったような……」

「ドラゴン!?」


 菊花が淡々と説明してくるが、嫌な予感しかしない。だからさくらが震える声で尋ねれば、アゼツがあごに手を当てぼそりと呟いた。

 その信じられない言葉に、さくらの心臓が縮み上がる。


「中にあるものに触れるまで眠っているから大丈夫。それにわたし達には、元神竜のアゼツくんがいるじゃない! アゼツくんが瞬間移動し続ければ問題ないから。頼りにしてるね?」

「任せて下さい! でも遺恨の水晶って、たくさんあるんじゃないんですか? 運び出すまでが大変な気がしますけど……」


 ほんとに大丈夫?

 ドラゴンって、火を吹くんじゃ……。いや、もっと凄い事してくるはずだ。

 ってかそれ以前に、アゼツはもう人間だし、何かあったら……。

 でもその何かがある前に、瞬間移動すればいいのか。でも……。

 こんな時、リオンがいてくれたら心強いのに。だけどいくらリオンが強いからって、相手はドラゴンだし。巻き込むわけには……。


 菊花とアゼツの会話を掻い摘んで聞きながら、さくらは頭の中でぐるぐると考え続ける。

 けれど、菊花がふっと笑うのがわかり、そちらへ目を向ける。


「それも、わたしに任せて。容れ物は私が準備しておくから。それにね、遺恨の水晶の数はそこまで多くないの。アデレード先生が集められたものだけがあって、処刑された魔女のものは……」


 菊花の自信のある笑みが、悲しげに曇り出す。

 アデレード先生が言っていた『私の大切な仲間達が残した想いを眠らせる場所』という本当の意味が、さくらの胸を締め付ける。

 そこでふと、疑問が生まれた。


 でもアデレード先生は、『この先どんなに時間がかかっても、彼女達と向き合い続ける。それが生き残った私の使命だと、思っています』って、言ってたよね。

 そう決めているなら、私達が勝手に触っちゃいけないんじゃ……。

 それにそこまで覚悟しているのに、乗っ取られる事なんてあるのかな?

 アデレード先生の言い方は危険ではあるけど、悪いもののようには思わなかったけど……。


 やはりきちんとアデレード先生へ話を通すべきだと、さくらが考えを固めようとした。その時、自身の肩に菊花が触れてきた。


「今の話を聞いて、悩む気持ちはわかる。でもね、わたし達が動かなきゃ、アデレード先生の手で世界が滅んでしまう。だからその迷いは捨てて。アデレード先生を救う事だけを考えて」


 身を乗り出した菊花の長い黒髪が、さらさらと彼女の机の上にこぼれ落ちる。

 そんな菊花の力強い眼差しに、さくらの迷いは消えた。


 その可能性がある限り、いつまでも不安でいなくちゃいけないんだ。

 それならそんなエンディングなんてなかった事にして、これからもみんなで平和な日々を過ごしたい。


 肩に置かれた菊花の手に、さくらも手を重ねる。


「菊花ちゃん、心配させてごめん。大丈夫。やろう」


 さくらの言葉に、菊花が微笑みながら頷いてくれる。

 すると、アゼツがこちらへ椅子を寄せてきた。


「身の安全を最優先しますから、何かあればすぐに瞬間移動しますからね。それでは、いつ実行しますか?」


 アゼツの言葉に2人で頷く。

 そして菊花の手がさくらから離れれば、彼女がよく通る声で答えた。


「夏休みの終わり頃、嵐が来るはず。もし来なかったとしても、その辺りで学園の七不思議巡りのイベントがあるの。だからそれを利用して、アデレード先生をあの部屋から引き離す。夜だし、他の生徒にも邪魔される事がないから、ね」


 菊花の考える作戦は、もしかしたらゲーム内でリオンが血が足りず、徘徊していた時の事を示しているのかと、さくらは考えた。

 あの不気味な時間に動くしかないのかと、腹を括る。しかし隣から「七不思議って……」と、アゼツの震える声がした。


「アゼツくん、もしかして、そういうの、怖い?」

「えっ!? そ、そうですけど……、そうじゃないです!」


 無理しなくていいのに。


 菊花の心配を跳ね除けるように、アゼツが声を張り上げた。きっと、知られる事が恥ずかしいのかもしれない。だから、さくらは安心させるように、言葉を選ぶ。


「私も菊花ちゃんもいるし、大丈夫。何も見えないように、目をつぶっててもいいし」

「わたしもね、そういうの苦手なの。だからみんなを誘って、途中ですぐ秘密の部屋に行こうと思ってる。それにね、全部が終わった時、みんなに説明すればいいと思うの。どうかな?」


 さくらと菊花の顔を交互に見たアゼツが、突然立ち上がった。


「これもきっと試練です。神様は乗り越えられない試練を与えません。ですから、頑張ります!」


 偉いな、アゼツ。

 でもおばけは怖いままでもいいんだよ。


 口に出そうになった言葉を飲み込み、さくらは拍手を送る。菊花も同じように手を叩いていた。

 そんな彼女の顔は、すでに何かをやり遂げたように、満たされた表情を浮かべていた。

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