第31話 アゼツからの答え

 菊花へ大体の真実を告げ終えれば、彼女はアゼツに聞きたい事があると言い出した。

 奇跡を起こした特別ルートが神様の用意していたルートだと伝えたら、もしかしたら他のルートも改変されているかもしれないと、気になったようだ。

 そちらが今の世界に影響を及ぼしていたら菊花の知識も使えなくなると、彼女はそれを恐れているようだった。


 アゼツへ連絡を入れ、さくらと菊花の教室で待ち合わせをする。

 すぐに移動すれば、先に到着していたアゼツがひらひらと手を振って迎えてくれた。


「さくらから事情は聞いています。なので、ボクに答えられる事は何でも答えます」


 そう言って、アゼツはさくらの席の方へ歩き出した。


 融合した世界の事を知られてしまったとアゼツへ伝えた時、『それなら包み隠さず菊花さんへ伝えて下さい。そうでなければ、きっと納得しませんから。それにもし、菊花さんが他の誰かにボク達の話をしたとしても信じる人はいないと思います。だから神様の事も話しちゃって下さい』と、言ってくれたのだ。


「あのね、アゼツくんは、神様見習いだったって聞いたけれど、神様みたいな事ができるの? たとえば、世界を融合したり、それを戻したり、とか」


 席に座ってからでもいいのに、菊花が先を行くアゼツへ質問する。その内容に、やはり彼女は元の世界が諦め切れないのだろうと、さくらは胸を痛めた。

 けれどアゼツが勢いよく振り返り、考えが中断される。


「そんな事はできません! まずですね、神様はもっともーっと、凄い事ができます! 今のボクは、誰かの居場所わかるとか、移動とか、魂を感じる事ぐらいしかできません。それにですね、世界の融合は想いの力によって実現しました。なので、それ相応の想いの力がなければ元に戻す事は不可能だと思います。これはたとえなのですが、この世界に対しての負の想いが急激に強くなれば、神様が再考して戻す可能性はあります」

「そんな事、できちゃうんだ」


 神様の力はやはり計り知れないのだと、さくらは圧倒される。


「そうですよ。だって神様ですから! さくら達が気付いていないだけで、この世界も少しずつ変化しているはずです。星の願いも聞いていますし。それにほら、融合が最たる例じゃないですか」

「変化する度に、神様が私達の記憶を書き換えるんだよね? だからさ、そんな事言われてもなんて言ったらいいのか……」


 まるで常識ですと言わんばかりの態度だが、アゼツにとってはそうなので、さくらは返答に困る。

 すると菊花が口を開いた。


「神様って、本当に凄い。今もちゃんと、世界を見ているのね」

「見ていない時などないですよ。見守る事が神様のお仕事ですからね!」


 菊花は話を全て受け止めるように、引き締まった表情を浮かべている。

 それをアゼツも感じたようで、笑顔でまた歩き出した。


「でも、アゼツくんも凄いよね。だってその神様になる、見習いだったんでしょ? 今はその力しか使えないって言ってるけれど、前は何が出来たの?」


 さくら達の席へ着く頃、菊花の優しい声色が響いた。


「前ですか? 前はですね、念話が出来たので、離れていても不便じゃなかったです。あとは神様の声が聴けたり、本来の姿に戻れば、神様と直接話せました」


 菊花ちゃん、やっぱり神様の事が気になるんだ。


 菊花は自分の席に座りながらも、アゼツから視線を外す事はなかった。それをさくらは観察しつつ、椅子を菊花の方へ向け、腰を下ろす。アゼツは喋りながらラウルの席を借りていた。


「本来の姿?」

「今はもうなれませんが、ボクは元神竜なんです。だから人間でもありませんでした」

「そうそう。ナビだって白うさぎの姿だったし」

「そんな! あれでも姿を竜に近付けたんですよ! 翼の生えた白うさぎなんて、この世界にはいないですよね!?」

「そうだけどさ、どう見たってうさぎだったよ?」

「……翼?」


 菊花の質問に、アゼツが胸を張って答える。だからさくらも賛同するように真実を告げれば、アゼツがまんまるになった金の目をこちらへ向け、騒ぎ始めた。

 すると、菊花が不思議そうな声を出した。


「そうそう、翼! 凄い可愛かったんだよ! って、菊花ちゃんは知ってるか」

「わたしが知ってるナビは、白うさぎだけ。翼なんてない」

「すみません! ボクが勝手に変えちゃいました」

「そうなの!?」

「ゲームの中をさくらが快適に過ごしやすいように、神様と一緒に少しだけ作り替えたんです。その時、ナビの姿も変えました」


 そこまでしてたんだ!


 どうりで、ゲーム内のアゼツが得意げな顔で学園案内をしていたわけだと、さくらはようやく気付けた。言われなかったらきっと、知る事はなかった事実だ。


「母のゲームを勝手に……」


 しかし、さくらより驚いていそうな顔をした菊花が目を伏せ、何かを呟いた。それはとても低い声で、聞き取れない。

 だから尋ねようとすれば、顔を上げた菊花と目が合った。


「それならやっぱり、それぞれのルートにも手を加えているの?」


 一瞬で、菊花の目線はアゼツへと戻った。けれどさくらは、先程の彼女の瞳に底知れぬものを感じた。


 菊花ちゃん、もしかして、怒ってる?


 話は次へ進み、確認する機会を逃す。けれど、それはさくらの勘違いだったと思える程、菊花の表情は穏やかに見えた。


「特別ルートは神様が用意した、ボクでも知らないルートでした。けれど、他のルートはいじっていないはずです」

「はず?」

「だってさくらは用意されていたルートをクリアしていないので、確かめようがないですよね?」


 アゼツが不思議そうな顔で質問に答えれば、菊花が反応する。そんな彼女を、アゼツがまじまじと見ている。

 すると、アゼツは続けて言葉を紡いだ。


「今さら、何故確認してくるのですか? もう恋のかたちを知りたくては、消えました。他に知りたい事はありませんか?」


 アゼツは興味から聞いたに違いない。けれど、アゼツの事を知らない人からすれば、突き放した言い方にも捉える事ができる。

 だからさくらが慌てて理由を説明しようとすれば、表情が失われてしまったような菊花が目に入った。


「あのね! 理由があって聞いてるんだから、冷たい言い方しないの!」

「冷たい? ボクは思った事を――」

「いいの」


 思わず、アゼツを叱る。けれど彼はきょとんとした顔で、また話し出す。それをさくらが止めようとすれば、菊花の声が制した。


「理由はあとでちゃんと話すけれど、今は確認を優先させてね? アゼツくんは、恋のかたちを知りたくての、ルートやエンディング、全て覚えているの?」


 菊花の声に力が宿ったように、耳に届く。だから彼女がようやく本題に入ろうとしているのがわかり、さくらは黙って見守る。


「攻略キャラが関わるものは、なんとなく、です」

「曖昧なの?」

「はい。選択肢の前後がボクや攻略キャラにはわからないようになっていたので。エンディングに関しても、同じくです」

「そう……。他の、友情エンドとか、バッドエンドとか、そういうものは覚えていない?」

「その辺りはざっくりとですが、覚えています」


 菊花の硬い表情が、徐々に柔らかくなっていった。しかしアゼツの返答で、元へと戻る。


「ざっくりって、どういう事?」

「さくらと攻略キャラが結ばれる事以外、ボクには関係ないと思っていたので、1度しか目を通してないんですよ」

「はぁ!?」

「な、何でさくらが怒るんですか!?」

「関係ないって、なんで!?」


 アゼツが手を加えていなくても、神様が何かしていたかもしれないのに!


 菊花の問いにアゼツが答えれば、彼女の動きが止まった。きっとアゼツに失望したに違いない。

 これからアデレード先生を救う作戦を立てたいのに、情報が足りないかもしれない。その不安が怒りに変わったさくらへ、アゼツは無邪気に笑った。


「それはですね、ボクはさくらが幸せになる未来しか考えていなかったからです! バッドエンドなんて、アデレード先生を倒すエンディングですよ!? どうしてそうなるのか詳しくは覚えていないですけど、そんなの、神様になる予定のボクがいるのに選ぶわけないと信じていたからです!」

「……それはね、信じていたからじゃなくて、思い込みって言うのー!」

「いたっ!! さくら、髪の毛は引っ張るものじゃないです!」


 輝く笑顔のアゼツだが、さくらには小憎らしい顔に見え、思わず彼の両サイドだけ長く白い髪を掴んだ。これが白うさぎの時の耳なら、結んでお仕置きしたかもしれない。

 こんなやり取りが面白かったのか、菊花がくすくすと笑い出した。


「本当に仲良しだね。本物の姉と弟みたい。だからこそ、2人だけにお願いがあるの」


 菊花は、花が綻ぶような笑顔を浮かべていた。夏の強い日差しに照らされる彼女が綺麗すぎて、さくらは思わず見惚れる。

 そんな菊花の声が、真剣味を帯びた。


「さくらちゃんには先に話してあるの。だけどね、他の人には知られたくない。不安にさせたくないから。あのね、アデレード先生を倒さなければならないきっかけが、アデレード先生の側にある。だからそのバッドエンドを実現させないために、アゼツくんにも協力してほしいの」


 菊花の訴えるような眼差しに、さくらも決意を新たにする。そして隣に座るアゼツの様子を窺えば、まだ話を理解していないような顔をしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る