第30話 神様見習い

 整理整頓が行き届いた菊花の部屋で、彼女の母の素晴らしさを知り、さくらは感動に身を任せていた。

 けれど、こちらを見上げたまま固まる菊花の異変に気付き、慌てて顔を近付けた。


「菊花ちゃん? どうしたの? もしかして私、変な事言っちゃった?」

「ちがっ……!」


 ようやく元に戻った菊花の顔が、真っ赤に染まる。そのまま、彼女は言葉を続けた。


「その……、わたしの母を褒めてくれて、ありがとう……」

「褒めたっていうか、本当に素敵だなぁって思ったから。だからね、気持ちを伝えたくなっちゃっただけだよ」

「……そういうの、わたしには真似できない。だから、凄いね、さくらちゃん」


 こんなに照れてる菊花ちゃん、可愛い。

 でもそうだよね。

 自分が褒められるよりも、自分の大切な人が褒められたら嬉しいよね。

 私もそう思うもん。

 

 まるでそういう化粧を施したように赤い顔のまま目を逸らした菊花に、さくらは同性ながらときめきを感じる。彼女の冷たさを含む見た目とは違う可愛らしい仕草が、さくらは好きなのだ。

 だから、言葉がもれた。


「あのね、菊花ちゃんと、菊花ちゃんのお母さんを巻き込んだ私を、許さなくていいから」


 謝ったところで、何も変わらない。そんな事をするのは、自分達が掴み取った今を後悔する言葉になる。だから、菊花にもみんなにも顔向けできるのは、さくらがこの考えを貫くしかないのだ。

 そうでなければ、すぐにでもこの奇跡は不幸なものへと姿を変えてしまうから。


 謝罪をせずにこのような事を伝えるのは、傲慢に思われるかもしれない。だから菊花の返事を待っていたのだが、彼女はさくらの手を優しく外し、目を合わせてきた。


「まだ、許す許さないまで、考えられない。だからね、この話はおしまいにしよう?」


 普段よりも穏やかな口調なのだが、どこか切羽詰まった声色に思え、さくらはまたも菊花を急かしたのだと気付く。


「ごめん。答えが欲しくて言ったわけじゃないんだ。覚えておいてくれれば、それでいいから。それじゃ、続き、話すね」

「……うん。お願い」


 沈黙が、とても長く感じる。その中でさくらは椅子へと戻り、菊花と向き合い直す。


「最初に魂が宿っていたのは、攻略キャラとヒロインの補佐をするナビ。想い人の女の子達は、クリア後に宿ったんだ。本当に最後の最後で、ゲームの世界で生きるみんなとずっと一緒に生きていきたいって、私が願いを言葉できた。そしたらね、つぼみの結晶が花開いて、願いの木が応えてくれたんだ。みんなも同じ気持ちだったって、今の世界でまた出会った時に教えてくれた。だからね、奇跡、なんだろうね」


 さくらの説明に、菊花の顔が険しくなっていく。だから言葉を足した。


「これだけだと、意味がわかんないよね? あのね、魂が宿った事で、他の人の記憶からゲームの存在が消される事が決まっていたの」

「そんな……」

「魂が宿ったゲームなんて、知られるわけにはいかないからね」


 さくらの言葉に菊花は視線を落とし、黙り込んでしまった。


「どうしてこんな事が私にわかるのか、不思議に思わない?」

「理由が、あるの?」


 さくらの言葉にはっと顔を上げた菊花へ、頷く。


「ここからが本当に信じられない話になると思うんだけど、ナビのアゼツは神様見習いで、奇跡が起きる瞬間に立ち会いに来た存在だったんだ。神様でも予測できなかった奇跡が起きた時、さらなる奇跡が起きる。それに立ち会うのが神様になるための試練なんだって。だからね、生きる気力がなかった私達に、生きる希望が見つけられるよう、頑張ってくれた人でもあるんだよ」

「神……」


 よほど驚いたのだろう。菊花の目は大きく開かれ、口も僅かに開いたまま。

 それでもさくらは、説明を続けた。


「アゼツから、このままだとゲームと一緒にみんなが消えて、私や他の人の記憶からも消えるって教えられた。それだけは回避しなきゃって、それだけを考えて、ゲームの中で毎日を過ごしてたんだ」


 魂が宿ったのに消えるなんて、そんな悲しい終わり方は絶対に嫌だった。


 強い想いは今でもさくらの心に残っているが、それ以前の過ごし方も思い出す。


「実はね、私も、攻略キャラのみんなも、生きたいと思う気持ちが、なかった。私は、手術の成功率が低くて、治った後も一生付き合わないといけないものだったから、希望なんてなかった。みんなは、自分の想い人には魂が宿っていないのを知って、一緒に消える事を選んでいた。ノワールの場合はちょっと違ったんだけどね。でも、今では良い思い出になってる」


 あの時は本当に、未来に希望なんてなかった。けれど、今は違う。

 自分の事だけなら諦めていたかもしれない。

 でも、みんながいてくれた。

 だからこうして、生きる事を選べたんだ。


 懐かしい思い出と共に当時の想いが溢れてくる。さくらの口元が自然と笑みを作っていた事に気付けば、心なしか菊花の顔が青ざめて見えた。


「ナビの名前は、自由に決められる。だから、気にしていなかったけれど、神様見習いなのに、どうして人間に?」

「……私が生死を彷徨った時に、アゼツと男の子達と、事実を知った女の子達が、命を懸けて願ってくれたの。私に戻ってきてほしいって。たぶんそれが原因で、人間からやり直しになったんだと、私は思ってる。それにみんなで生きたいって私の願いの中にアゼツもいたから、巻き込んだのもあるんだけどね」


 アゼツは私と友達になった時から、『さくらとならどこへでも行くと決めていた』と、教えてくれた。だから私にとって凄く身近な存在として生まれ変わったんだと思う。

 私の心がもっと強ければ、アゼツは神様になれていたかもしれない。

 でも、こうして一緒にいられる事がたまらなく嬉しくて、ありがとうを何度も伝えた。


 ゲーム内のアゼツとの生活は、ぎこちなさから始まった。けれど時間が経つにつれ、一緒にいる事が当たり前になっていた。

 それを思うと、その時から家族のようだったなと、心が温かくなる。

 しかし、菊花が身を乗り出すように話し出し、さくらは目の前の事に再度集中した。


「神様じゃなくても、神様見習いだったんだよね?」

「そうだよ。神様になる試練とかあるなんてびっくりだよね!」

「あ、あの、それってアゼツくんは、神様とほぼ同じ事ができるって事?」

「いやそれは……、どうだろう?」

「えっ!? さくらちゃん、知らないの?」

「あはは。その辺り、深く聞いた事ないや」


 アゼツはアゼツなので、他にどんな力が使えるのかなど、さくらに興味はなかった。でも菊花は違うようで、さらに質問が飛んできた。


「今、さくらちゃんがアゼツくんについて知ってる事は何があるの?」

「えっと、人の居場所がわかって、瞬間移動ができて、魂の存在がわかる、ぐらいかな?」

「恋のかたちを知りたくてについては、何かある?」

「えっ? そうだなぁ……。ナビの時の記憶もあるみたいだから、それぞれのルートの事とか、知ってるかもしれない」


 神様なんて聞いたら、驚くよね。だからこんなに聞いてくるんだろうな。

 私ならきっと『証拠を見せて』とか言っちゃうかも。


 さくらがそんな事を考えれば、菊花は困惑するように視線を彷徨わせていた。

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