第28話 ナタリー達の盗み聞き

 ちょっとこれ、どーしたらいいの!?


 ナタリーは先程声を出してしまった時から、ジェシカに口を塞がれている。ダコタなんて、こちらを見ようともしない。

 原因は自分のお菓子の食べこぼしに、虫が群がってきたからなのだが。


 ノワールに指示された通り、願いの木に近い花壇の近くへ、ナタリー・ジェシカ・ダコタは身を潜めていた。

 ひまわりが咲き乱れる花壇は、絶好の隠れ場所。そして、ノワールが手に入れてきた薬は、姿を消せる代物。体を透明にするのでなく、気配を消して周りの風景に溶け込める膜のようなものを作り出してくれるらしい。夜でも辺りはよく見えるし、同じ薬を飲んだ人の姿もわかる。

 それでも念のため、しゃがんで隠れていたのだ。


 あ! リオンくん来たー!


 今は状況を見守るしかないので、ナタリーは気持ちを切り替えた。

 さくらから今日の詳しい話を聞き出していたので、今の彼女の表情が成功を意味するのを察し、どきどきしてきた。


 さくら、嬉しそうな顔しちゃって!

 あれ?

 リオンくん、照れてるのかな?


 元気のなかったさくらの顔が、リオンの姿を見ただけでキラキラと輝く。けれど、リオンはどことなく、ぎこちない表情に見えた。


 何話してるのか聞こえないんだけどー!

 でももう、ここからは関係ないよね?


 さくらとリオンは話しながら、歩き出した。その背中を眺めながら、ナタリーは役目が終わった事にほっとする。

 すると、塞がれていた口が自由になった。


「気付かれなかったわね。それにしてもナタリー、さっきのは危なかったじゃない! だから言ったでしょう? お菓子を食べながら待つのはやめなさいって」

「でもさぁ、いつ来るかわかんないから暇でしょ!? 夏休みだけの限定スイーツが毎週出るし、食べなきゃ損でしょ!」

「何も今、食べる事……、ひっ!!」


 ジェシカがシルバーグレーの髪を耳にかけながら、説教してくる。

 だからナタリーも意地になって、自分の考えを貫き通す。その時、自分のパステルピンクのツインテールにお菓子のカスがついていたのを発見し、慌てて払う。

 すると、ダコタがぼそりと呟くように声をかけてきたが、ナタリーの足元を見て焦茶色のお下げを激しく揺らした。


「何? あー! 凄い! 見て見て! これ、七色ゴキ――」

「「その先は言わないで!!」」


 珍しい色だからこそ人気があるのに。

 そう思った瞬間、ジェシカとダコタに後ろへ強引に引っ張られ、ナタリーは舌を噛みそうになった。


「あっぶな! ちょっと、いきなり引っ張んないでよ!」

「あのね、私達が何をしに来たか、覚えてる?」

「覚えて……、あっ!!」

「ノワールくんが教えてくれた事以上にたくさんの事を知っちゃったよね? 急いで連絡しなきゃ」


 ジェシカの問いに、ナタリーはしまった! と思うしかなかった。終わったらすぐに連絡がほしいと、頼まれていたのを思い出したから。

 そしてダコタの言葉にジェシカと共に頷き、姿を戻すためにもう1度薬を飲む。


 可哀想だけど、今日失恋する予定の菊花とさくらの会話を聞いてほしいって、ノワールくんから頼まれたけど、成功してよかった。

 こうするしか、用心深い菊花から本音が聞けないって、ノワールくんは考えていたけど……。

 でもまさか、菊花が自暴自棄になったら、何かをしでかすかもって言ってたノワールくんの言葉通りになるなんて。


 本当なら止めたかった。

 けれど、『僕はね、やり過ぎてしまう事がある。それはゲーム内で、君達が僕以上に感じたと思うんだ。だからね、やり過ぎだと思うなら、君達の判断で止めてほしい。僕にはそれがわからないから』と、頭を下げられた。


 初めて、頼られた気がした。

 それぐらい、ノワールくんは今の世界が、さくらが大切なのは伝わったから。

 だからあたし達もこうして出来る事をやってる。

 だって、あたし達もさくらが大好きで、みんなも大好きで、一緒に生きていけるこの世界が大好きだから。

 その中でも、やっぱり1番大好きなノワールくんの頼みだから、動いたんだ。

 これが設定された気持ちだとしても、それが原動力になるならいいって、あたし達の意見は一致してるから。


 ダコタが通信を始めれば、ホログラムが浮かび上がる。そこには、こちらを安心させるような笑みを浮かべる、ノワールが映る。


『嫌な役目を押し付けて、本当にごめんよ』


 第一声がこの言葉で、ノワールはやはりずっとナタリー達の事を気にかけてくれていたのが伝わる。


「あたし達は自分でやるって決めたんだから、気にしないで! それにね、なんか、大変な事聞いちゃって……」


 ナタリーは笑顔で対応するが、慎重に周りを見回した。もしこの話を誰かに聞かれたら、すぐに噂が広まってしまう。


『大変な事って、アデレード先生に関する事以外、かな?』

「そうなの。菊花さんが1人で走ってきた時、彼女、よほどショックだったのか、取り乱すように大きめな声で話していたから、聞き間違いじゃない。あのね――」


 ノワールからの質問に、ダコタが今起こった事を丁寧に伝えていく。


 ノワールは単独で菊花に探りを入れていた。その時、エンディングの種類を聞き出したそうだ。

 すると、『乙女ゲーでもバッドエンドは存在するの。もちろん、恋のかたちを知りたくてもね』と、言われた事が引っかかったらしい。


 だからさらに質問を重ねたら『バッドエンドは、アデレード先生が闇に落ちて、世界を滅ぼそうとするの。それを、あなた達の願いの力を願いの木に捧げて、アデレード先生を倒す。ヒロインが好感度を上げる努力をしなかった結果の、罰みたいなものよ』と、答えが返ってきたそうだ。

 しかしその情報を提供された代わりに、ノワールは菊花に様々な協力を強いられる事となった。


 アデレード先生が闇に落ちるきっかけや原因のものを探したいって、ノワールくんに言われたのに。

 まさか『あの子だけの願いを叶え続ける願いの木なんて、消してやる。わたしには、それができる』なんて聞いたら、どうにかするしかないじゃん。

 そんな方法選んだって、誰も幸せにならないんだから!


 ダコタがひと通り説明し終えれば、ノワールが考え込むように目を伏せた。


『願いの木か……。僕もずっと、それは考えていたんだ。あの桜が枯れたらどうなるのか。そもそも、その願いの木は神様の力が宿っているだろう? だから消えてしまった時、どんな事が起こるのか、想像がつかない。けれど……』


 眉を寄せ、思案しているノワールの邪魔をしないように、ナタリーは黙り続けた。

 しかし、ジェシカは口を開いた。


「あのね、私には菊花が、どこか壊れてしまったように見えたの。ノワールくんの話では、菊花はトゥルーエンドを目指していたのよね? だから教えてほしいの。そっちで何があったの?」


 ジェシカの言葉に、ノワールが顔を上げた。


『そう、だろうね。さくらとリオンが結ばれるまでを見届けさせて、撤退するつもりでいたんだ。僕の嘘もそこでバレるだろうし、彼女の怒りを僕へ向けやすくなると思っていた。けれど、世界が融合した事まで知ってしまった彼女は、本当の孤独に閉じ込められてしまったはずだ』


 孤独?

 こんなにノワールくんに気にかけてもらってるのに?


 一瞬、もやっとした。

 けれど、もし自分がこの世界から別の似た世界に記憶があったまま連れて行かれたら、絶望を感じるのかもしれない。


 それでも、ナタリーが好きになったみんながいるのなら、そんな事にはならないとも思えた。

 記憶の違いはあれど、中身は一緒。それに、誰に対してもちゃんと向き合ってくれる人達ばかりだ。

 製作者の娘ならみんなの性格すら知っていそうなはずなのに、勝手に孤独になろうとしているようにも思える。


 こんな風にしか考えられないから、菊花の気持ちがわからないのかと、ナタリーは落ち込む。

 すると、足音が聞こえてきた。


「迎えに来るのが遅くなってごめんね。続きは明日にでも話そうか」


 通信を切る音がする方へ目を向ければ、弱々しく微笑むノワールが歩いてきていた。

 彼は律儀にも、『か弱い女の子達に何かあったら、僕自身が許せない。だからね、何かあればすぐに連絡してほしい。作戦を中止して、僕もそちらへ向かうから。それと、自分達の身を守る事を優先するんだよ? それじゃ、またあとで。用件が済めば、すぐに迎えに行くからね』と、そう約束してくれたのだ。


「話しながら来てくれたんだね」

「考えながらだったから、こんなに遅くなってしまったよ。僕の頭がもう少しちゃんと働いてくれたらよかったのだけれどね」


 ダコタが声をかけながら立ち上がる。それにナタリーとジェシカも続けば、ノワールはこめかみをトントンと指で叩いた。


「ノワールくんの頭はいつも働きっぱなしだから、もう何も考えなくていいんじゃない?」

「ナタリー、言い方。でも、本当に、そうよね」


 だって、ノワールくんだって失恋したばかりなのに。


 きっと、みんな同じ事を考えている。だから、ノワールは気付くはずだろう。それでも、その言葉は飲み込んだ。

 そうしなければ、彼は自分の事よりもそれを気遣うナタリー達を心配するだろうから。


 代わりに、ナタリーはごそごそとお菓子専用バッグを漁り、とっておきの一品を手に取る。

 通称『天国のケーキ』。

 この学園にあるのは、さくらが住む世界に存在していたバームクーヘンのような形のものに、ナタリー達出身の国にある七色カカオを混ぜ込んだ、淡い色合いの夢色ケーキ。


 少々乙女向けではあるが、可愛らしくラッピングされたお菓子を、ナタリーは笑顔で差し出す。


「はい、これ! 今週の限定スイーツ! すんごく美味しいよ! だってね、珍しい七色ゴキ――」

「「だからその先は言わないで!!」」


 いつも通りが1番、あたし達らしい。


 自分達のやり取りに、ノワールが楽しそうに微笑んでくれる。これだけで、ナタリーの心は幸せで満たされる。


 こんな恋のかたちがあってもいい。

 いつか姿を変えてしまうのかもしれないけれど、それまではこの時をみんなで楽しみたい。

 そう考えるナタリーも笑いながら歩き出せば、願いの木が優しい葉音を立て、見送ってくれたように思えた。

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