第三章

第25話 真実への怒り

 いつからいたのか。ランピーロの光が舞う光景に心奪われていたとしても、彼らの影すら気付かないものなのだろうかと、さくらは疑問を抱く。


 何でここに、菊花ちゃんとノワールが……?


 今の状況に動揺するさくらを庇うように、リオンが立ち上がり、背に隠してくれる。


「いつからそこに?」

「最初からと言ったら、君はどうするのかな?」


 リオンに対して、ノワールはいつもの声色で話し出す。しかし、ゴトッ! と音がすれば、菊花が瓶を投げ捨てたのがわかった。


「薬で姿を隠していただけ」


 がさりと音が続き、開花したばかりのランピーロが菊花に踏みつけられているのがわかる。


「ねぇ、わたしに嘘をつくのは、どんな気持ちだった?」


 菊花がどんどん近付いてくる。だからリオンの手が、さくらの存在を確かめるように触れてくる。

 彼女の怒りから、守ろうとするように。

 しかしさくらはその手をそっと外し、立ち上がった。


「さくら、何を……?」

「大丈夫。話をするだけだから」


 菊花ちゃんが怒るのも、無理はない。

 私が逆の立場だったら、同じだったと思うから。


 もっと早く真実を告げればよかった。そう思ったところで、今が変わる事はない。

 だから菊花の怒りを受け止め、彼女の知りたかった事を全て伝えようと、さくらはリオンの前へ出た。


「今さら、何を話すの?」

「真実を」

「それは今聞いた。だからもう、聞く必要はない」

「それでも、私の口からちゃんと――」


 目の前で歩みを止めた菊花へ、さくらは距離を詰めようとした。

 けれど彼女の方から一歩踏み出され、黒マントを留める願いの木のブローチを掴まれた。


「お前が願った下らない願いのせいで、わたしの現実が消えた」


 下らない……?


 頭を殴られたような衝撃を受けた。

 さくらが心から願ったものをここまで否定されるなんて、予想できなかった。


「所詮この世界は、わたしの母が創り上げたゲームの世界。いくら現実と融合しようが、お前がしているのはお人形遊びの延長」

「違う! みんな生きて――」


 やはり菊花は製作者の子供だった事を知るも、その後に続いた暴言が許せなくて、さくらの口からは否定の言葉しか出ない。

 しかし思い切り体を押され、話を中断させられる。

 それを、リオンに受け止められた。


「何が奇跡だ。お前だけに都合のいい奇跡にわたしと母を巻き込んでおいて、自分達だけが幸せになれると思うな!!」

「待って!!」


 普段の菊花からは想像できない形相と言葉に、気圧されそうになる。しかし彼女が走り出し、さくらは追いかけようとした。


「さくら。いくら君が心優しいからと言って、愚かな行動は慎むべきだよ?」


 いつの間にか近くに来ていたノワールだが、その顔には冷たい笑みが浮かんでいる。それがゲーム内でさくらを追い詰めてきた時の彼の顔と重なり、足が止まる。


「でも、行かなきゃ」

「どうして?」

「ちゃんと、話さなきゃ」

「話したところで、世界は変わるの?」

「それは……」


 変わらない。

 それでも、話さなきゃ。

 菊花ちゃんに何を言われても、彼女の想いを受け止めるしかない。

 今はそれしか、私に出来る事がないから。


 さくらが起こした奇跡は、菊花を奈落の底へと突き落とした。その事実に泣き出したくなる。

 それでも、後悔はしていない。本当に望んだ世界だから。

 だから、菊花の声を聞きたい。望まない世界に連れて来てしまった責任は全てさくらにあるのだから。


「この世界は変わらない。変わってもほしくない。だって、私が望んだ世界だから。だから、出来る事なんて限られてる。私が菊花ちゃんの怒りを、全部受け止めるから」

「……そう。そういう理由なら、行けばいい」


 道を譲るように動いたノワールだが、さくらを引き止めるように話し続ける。


「本当はね、さくらとリオンがここに来るのを知っていて、彼女の恋を終わらせてあげようと、僕が勝手にお節介を焼いたんだ」


 ぐっと、胸を掴むような仕草をして、ノワールが1度言葉を切った。


「薬もね、この夏、学園の七不思議を探りたいと言った彼女のために、アデレード先生からもらったものなんだ。飲むだけで存在を消したり現したりと、とても便利でね。夜なのに昼間のように辺りが見えるとも言われて、僕が早く使ってみたくなってしまったのも、今回の理由の1つだったけれど。だからと言ってこんな事になってしまって、申し訳ない」


 ノワールは菊花ちゃんの本心に気付いていたのかもしれない。私の時もそうだったから。

 だから、ノワールなりの優しさ、だったんだろうな。


 頭を下げるノワールの表情はわからないが、さくらは彼を責める気にはならなかった。


「ノワールが謝る事なんてないよ。それに、これで菊花ちゃんと本音で話せる。それじゃ、行くね」

「そんな風に言ってくれるさくらが、僕は好きだよ」


 甘い微笑みを浮かべ、ノワールが近づいてこようとした。けれど、ずっと無言だったリオンが間に滑り込んだ。


「くくっ。君のその視線だけで、殺されてしまいそうだ」


 口元を手で隠すノワールが、笑いながら後ずさる。けれど彼はリオンを見ずに、さくらへ顔を向けた。


「彼女の行き先はきっと願いの木だ。行ってごらん?」

「教えてくれてありがとう!」

「おっと、リオンには彼女からの伝言があるんだ」


 菊花ちゃんからの伝言って、もしかして……。


 ノワールに感謝を述べながら走り出そうとすれば、リオンの腕が掴まれていた。

 強引にノワールが引き止める理由は、菊花の想いを伝えるもののように思える。

 だからさくらは、自分だけで動くのを決めた。


「さくら。夜道は暗いから、ランタンを忘れずに」

「そうだった! リオン、あとで連絡するから!」


 ノワールの助言通りに、さくらはランタンを手に取る。そして、リオンに声をかけながら走り出す。


「これが狙いですか?」

「そうかも、しれないね。でもね、君はここから動けないだろう。だって『証』についての伝言だから」


 木々の騒めきがノワールとリオンの会話をかき消したが、さくらは菊花に追いつく事だけを考えた。

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