第23話 アデレード先生の秘密の部屋
7月の下旬。
夏休みに入り、ついにリオンとランピーロを見に行く日になってしまった。
心の準備は出来たけど、心臓がもたない!
起きてはリオンの事を考え、夢にまで彼を見る。都合の良い未来ばかり浮かぶから、さくらは寝不足になった。
そんなさくらを女の子達は心配しつつも、楽しそうに見守ってくれている。今だって、アリアがにこにことした顔を向けてくる。
「今日は楽しんできてね」
「頑張ってくる……」
「頑張らなくていいよ。楽しむ事だけ、考えればいいよ」
今からアデレード先生のところへ、アゼツとリオンと一緒にランタンを取りに行く。夜の森は暗いので、魔法で時を止めたランピーロの光るつぼみを持って行動する。
健診後、父はアゼツの肩に手を置いて、『何かあれば、アゼツが駆けつけてくれる。それに、リオン君の人柄は見てきたつもりだ。だから彼を信じる』と、言ってくれた。
女性に対して紳士なリオンに限って何もないと思う。でも、何かあればさくらに連絡してもらい、アゼツが瞬間移動して助けると、父を説得してくれたのだ。
なので念のため、アゼツも夜間外出許可証を申請している。
「楽しめるかなぁ……。今も心臓が痛い」
「いいなぁ。私もそんな風に恋してみたい」
「そういえば、アリアは気になる人とかいないの?」
「残念ながらね。だからさくらちゃんの話を聞いて、学んでる最中」
毎日さくらを見ては、アリアはいつも同じ事を呟く。それでも彼女は好きな人がいないらしい。みんなで過ごせるだけで、今は満足だそうだ。
「みんなにも言ってるけど、好きな人が出来たら教えてね! 私に出来る事は何でもするよ!」
「ふふっ。その時は相談に乗ってもらうね」
そろそろ時間だからと、さくらを送り出そうとするアリアを止めて、学園から支給されているパソコンへ向かう。
「……来た?」
「来ない……」
「今は、待つしかないね」
さくらの最近の日課は、菊花からの返事を待つ事。夏休みに入る直前から、彼女に避けられている。それならばメッセージだけでもと送れば、『もう少しだけ時間をくれる? わたしもちゃんと話をしたいから、それまで待っていてほしい』と、返信が来たのみ。
菊花ちゃんの願い、いつかちゃんと聞かせてほしい。
まだ本当の彼女と話せていないのは、さくらに隠し事があるから。だからこそ、実際に起こった出来事を伝えるべきかとも、最近では考えるようになった。
きっとそれが、菊花の本音を聞き出せる手段になるとも、さくらは予想していた。
***
時刻は21時。
待ち合わせをした場所から、アゼツに瞬間移動してもらう。
そして最上階にある学園長室の扉を、リオンがノックした。すると、さくら達を招き入れるように扉が自然に開いた。
「どうぞ、こちらへ。ここからはわかりにくいと思いますので、私に続いて下さい」
部屋の奥に立つアデレード先生だが、その前にある扉はやはりぼんやりして見えにくい。けれど、それをくぐれば視界がはっきりとした。
しかし、リビングだと思われるここには、他の部屋に続く扉がなかった。
「あれ? アデレード先生の部屋はこれだけですか?」
「いいえ。他にもありますが、防犯のために魔法を施してあります」
さくらの質問に、指先で眼鏡を直しながらアデレード先生が微笑む。
「キールから聞いていましたが、やっぱりアデレード先生の魔法は凄いですね!」
「褒めていただけて、とても嬉しいです。それでは、魔女のランタンを取りに行きましょう。他の魔法道具も見るだけなら大丈夫ですので、楽しんで下さいね」
アゼツが興奮したように周りを眺めれば、母のような眼差しをアデレード先生が向けている。リオンは無言だが、彼も興味津々なようだ。
本当は人数分を受け取ればいいだけ。
しかし、『保管場所に一緒に取りに行きますか?』とアデレード先生が誘ってくれた事により、満場一致でお邪魔する事が決定した。
保管場所の扉は、アデレード先生が触れた壁が崩れ落ちるように開かれた。
そして室内だと誰もが想像していた場所は、うねる木々が生い茂る、森だった。
凄い……。
空はオーロラみたいな色してるし、辺りは薄い緑の光が包み込んでるし。でも、空気が美味しい。
あの花も蝶々も、見た事ない。
夢の国みたい……。
さくらが感動で立ち尽くしていれば、リオンの声が耳に届いた。
「ここは、別の場所に繋がっているのですか?」
「いいえ。魔法道具が安心して過ごせるよう、私が作りました」
「「安心?」」
ゆっくりと道案内を続けるアデレード先生の言葉に、さくらとアゼツの声が重なる。
「道具と言えど、元は自然のものから出来ています。なので、それらが生まれた場所を再現する事で、長持ちするのです」
そんな事ってあるんだ。
でもアデレード先生が安心って言った。
道具になったとしても、記憶とか、想いとか、残されているのかもしれない。
詳しい事なんてわからないが、アデレード先生が作り出したこの空間は、彼女の心の優しさを反映しているように思えた。
「この話を踏まえて、魔女のランタンはどこにあると思いますか?」
「泉の近く、ですか?」
「正解です」
僅かに顔だけを後ろへ向け、アデレード先生が質問してくる。それにさくらが答えれば、楽しそうな笑みを浮かべてくれる。
ランピーロは泉の近くに生息する植物なので、ここにも用意してあるのだろう。
「少々地面が柔らかくなってきます。足元に気を付けて下さいね」
アデレード先生の言葉に、それぞれが返事をする。先程よりも慎重に歩くが、周りの景色が変わるので、それも面白くて見逃さないように意識する。
しばらく、アゼツの質問やリオンの感嘆の声と共に歩き続ければ、遠くにあった光が大きくなってきた。
「どれでも大丈夫ですので、選んで下さい。返却は後日で構いません」
高めのヒールを履いているはずのアデレード先生は、ぐらつく事なく進んでいく。そして歩みを止めて、さくら達を促した。
群青色の泉を、魔女の帽子を被せたようなランタンが囲む。中には、くしゅくしゅとした白い布が丸められているようにしか見えない、柔らかい光を放つランピーロのつぼみがある。
「何だか、懐かしいです」
「そうですね。でも、本番はこれからですよね?」
さくらがぽつりと呟けば、アデレード先生が隣に立ち、囁いてきた。
本番!!
すっかり忘れていたが、今からリオンと2人きりになるのだ。それを思い出し、変な汗が出てくる。
すると、アゼツの不思議そうな声が聞こえてきた。
「あれ? 向こうに、何かありますか?」
「よくわかりましたね。元神様見習いのアゼツくんだからでしょうか?」
じっと、泉の向こう側を見つめるアゼツの金の瞳が、輝いて見える。けれどさくらが同じ方向を確認しても、闇しか映らない。リオンも凝視しているが、眉間のしわが深くなるのみだった。
アデレード先生は驚いたようにアゼツを見ていたが、その表情に影が落ちる。
「アゼツくんは、魂を感じる事ができるのですよね?」
「そうですけど、人間になった事で、前よりは力が弱まった気がします」
「そうですか。それでも、この奥からそれを感じるのではないですか?」
「魂そのものというよりは、近いものを感じます。いったい、何があるんですか?」
どこか遠くを眺めるようなアデレード先生が、アゼツに質問を続ける。
2人だけにしかわからないやり取りなので、さくらもリオンも、行方を見守るように黙っている。
「この奥は、秘密の部屋になります。表に出してはいけない危険なもの。そして、私の大切な仲間達が残した想いを眠らせる場所、でもあるのです」
大切な仲間って、もしかして、魔女の?
さくらがそう察すれば、アデレード先生が踵を返した。
「まぁ、これもゲームでの設定、なのでしょうが。それでも、その歴史は現実の世界にも残されています。私の記憶にも、鮮明に。ですから、この先どんなに時間がかかっても、彼女達と向き合い続ける。それが生き残った私の使命だと、思っています」
前だけを見つめるアデレード先生の背中は、決して大きくない。それでも、彼女は全てのものを背負って立ち続けている。
それが伝わる程の、力強さを感じる声だった。
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