第22話 吸血衝動を抑える方法
測定器の音が消えた検査室の中で、未だにあれこれ妄想していそうな美咲に、さくらは声をかけた。
「美咲さん、ヴァンパイアについて詳しいの?」
「乙女ゲーとかでも人気の種族だから覚えちゃったのもあるけど、最低限の知識はあるかな?」
「理由が美咲さんらしい。それなら教えてほしいんですけど、吸血衝動を抑える方法ってありますか?」
「いくつかあるけど……。もしかして、血を吸われるのが怖い?」
楽しそうに話していた美咲だったが、どうやら心配させてしまったようだ。
だから、事情を告げた。
「実は、リオンは人間の血を飲まないと決めていて。それで今は造血剤で抑えているんです。でも、成人を迎えたらそれも難しくなるみたいで。だからその時、私に出来る事はないかなって、探していて……。目を潰す以外の方法を知りたいんです」
「目!? そんな物騒な方法、誰から聞いたの!?」
さくらが知った時以上の衝撃を受けたように、美咲が叫ぶように問いかけてくる。
「友達から、教えてもらいました。けど、リオンは別の方法を知っているみたいなんです。でも、後戻りできなくなるからって、教えてくれなくて。だから美咲さんに聞いたんですけど……」
さくらが理由を説明すれば、最初こそ目を見開いていた美咲だったが、だんだん頬を染め始めた。そしてがしっ! っと、肩を掴まれた。
「目を潰す方法は、取りあえず忘れて。成功率が低いっていうのもあるけど、さくらちゃん達には必要ないから。それにしても、凄いね。きっとね、ヴァンパイア君、今も凄く我慢してるはずだよ。でも、さくらちゃんの事を優先してる。愛されてるね、さくらちゃん」
「あっ、愛って、そんな……」
「おやおや? 私が言ってる事、大げさだって思ってるでしょ? それなら教えてあげましょう! でも、知らないフリ、しておいてね。内緒にしていたヴァンパイア君が可哀想だから」
菊花ちゃんのアドバイスは、きっとゲームだけの設定。この世界にも反映されてるものもあるけど、それだけじゃないんだって事も、よくわかった。
よかった……。
美咲の『必要ない』との言葉に、少しだけ気が緩む。けれど美咲の続く言葉に反応するさくらへ、彼女は座り直して胸をとんと叩く。
そして、僅かに声のトーンを落として話し出した。
「まず、ヴァンパイアの吸血衝動は抑え込めたからといって、無くなるわけじゃない。だってこれは本能だから。私達が生きるために食事をするのと変わらない。造血剤はサプリみたいなものだと思ってくれればいいかな?」
本能……。
美咲の言葉が、胸にしっかりと残る。今の彼の行動は、ヴァンパイアとして生きる事を否定する行為にもなるのだと、さくらは気付いた。
それは本当に、リオンにとって幸せなのだろうか? と、疑問が浮かぶ。
だからといって、人間にはなれない。
それでもリオンが願うのであれば、叶える方法があるかもしれないと期待しながら頷いた。
「それと、ヴァンパイアは純血と混血が存在するでしょ? 詳しい説明は省くけど、造血剤の効果は混血の方が出る。純血は効くけれど、力の強さが増す成人後は効きにくくなる、らしい」
「らしい?」
「これはね、あんまり記録がないみたいなの。人から直接血を吸うのを嫌がるヴァンパイアはいるんだよ? でもね、今は輸血パックからも飲めるし、我慢するヴァンパイアは少ないんじゃないかな? だから治験の記録でしか、私も知らない」
「そうなんですね……」
直接は、やっぱり嫌がる人もいるんだ。
リオンと似た考えを抱くヴァンパイアもいる事に、どこか安堵する。
けれど、さくらが知りたいのはここからだ。
「でね、吸血衝動を抑えるものだけど、やっぱり直接血を吸ってもらうのが1番だね。次は輸血パック。家畜動物のもあるけど、あんまり身体に馴染まないみたい。それ以外の方法で吸血行為を少なくしているヴァンパイアもいる。造血剤が良い例だね。他は、直接の接種になる」
直接って事は、私にも出来る事があるんだ!
いったいどんな事なのだろうと、緊張から喉が鳴る。
「それはね、体液を摂取する方法なんだ。血液成分のある涙とか、汗とか。他にもあるけど、私から伝えられるのはここまでかな。普通に摂取しても効果アリだけど、実行する時の条件を揃えた方が効果は出やすいよ。でもこれは、さくらちゃんにはまだ早いかなぁ……。まぁ、そのうちわかると思うから、今は忘れちゃっていいから。それでね、今の条件とは別に、これらはある事をしてからだと効果が増すんだって」
ある事?
汗は嫌だが涙なら何とかなる。他も聞きたい事が山程あるが、それよりも気になる事がある。
だから、また動き出した美咲の口に意識を向けた。
「ヴァンパイアはね、情熱的な愛し方をする種族でもあるんだよ? だからね、生涯を誓い合った相手から摂取すると、より効果が出るんだって」
「しょっ、生涯……!?」
「だからヴァンパイア君は成人まで待とうとしてくれてるんだろうねぇ。さくらちゃんの心と身体の事を考えて」
リオンは、そこまで考えてくれてるの?
まだ付き合ってもいないが、そんな先の事まで考えていてくれた事に嬉しさが込み上げてくる。『いずれ教える』とリオンが言った意味も、ここでようやく理解できた。
けれど目の前の美咲がにやけ始めたので、首を傾げた。
「まだ何か、あるんですか?」
「次に会うのが楽しみだなぁって」
「どういう事ですか?」
意味のわからない返事に、さくらは眉をひそめる。
「そんなにすぐ生涯を誓うなんて事、難しいよね? だからね、順番があるんだって。まずは守る相手としての証を贈る。この時、ヴァンパイアの血が少しだけ混ざって、そのヴァンパイアの庇護を受ける者として、他のヴァンパイアにもわかるようになるんだって。こうする事が警告にもなるんだろうね。この恋人期間が終われば、正式に伴侶としての証が贈られるみたいだよ」
「証って、どういうものですか?」
「んふふ。教えなーい」
「何でですか?」
ヴァンパイアの儀式のようなものを知り、さくらはさらに詳しく知ろうとした。
けれど美咲は丸椅子をくるりと回転させ、立ち上がった。
「それは、ヴァンパイア君に教えてもらってね。きっとね、私が説明しなくても彼の方から教えてくれるはずだから」
「さっ! 記録終わらせちゃおっか!」と、美咲が看護師の顔に戻る。
中途半端だけど、ここまで教えてもらえて、感謝しかない。あとは自分でも調べてみよう。
でもその前に、涙なら大丈夫って、リオンに伝えておこう。
不可能ではない方法を知り、さくらは感謝を美咲に伝える。すると、彼女はにやりと笑った。
「あとね、さくらちゃん、自分で調べないでね?」
「え? どうしてですか?」
「ヴァンパイア君はどうしても隠したいようだし、さくらちゃんは退院したばかりだからね。それでも知りたくなったら、私に聞きに来てほしいな」
よくわからないが、美咲の方がリオンの事をよくわかっているようなので、頷いておいた。
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