第21話 現実の恋愛

 揉めてはいたが、アゼツがさくらとリオンに触れ、瞬間移動する。

 するともう、ラビリント学園に隣接する、さくらが手術を行った病院の入口に到着していた。

 外出なので、黒マントは外している。こうして見ると、3人ともブレザーを着る普通の高校に通う学生だ。


「……リオン君が、どうしてここに?」


 アゼツのように姿を現す事ができる人達用の指定場所には、すでに両親がいた。こちらに気付き笑顔を浮かべたが、リオンを見て父が戸惑っている。

 両親と担当看護師の美咲は、リオン達が何度も病院に通うさくらの友人としての記憶がある。だから面識はあるのだが、今日みたいな日に何故? と疑問に思ったのだろう。


「お久しぶりです。突然の事で驚かれたと思いますが、さくらさんの健診中にご相談があります。少しお時間をいただけますか?」

「あら。改まって何かしらね?」


 リオンが挨拶をすれば、言葉を発さない父が何度も瞬きしていた。その横で、事情を知る母が微笑んでいる。

 事前にさくらはリオンも来ると連絡していたのだが、『それは当日まで内緒にした方がいいかも。お父さん、きっと逃げ出しちゃうと思うから』と母はくすくす笑っていた。


「さくらは、リオンと2人でランピーロを見たいんですよね?」

「うん。できれば。でもお父さんが反対したら、薬草の森からランピーロを鉢植えに移して学園内で見るって、提案してみる」


 両親と話すリオンの後ろで、アゼツがこっそり話しかけてきた。だからさくらも、小声で対応する。


「……わかりました。クレスとキールからも、いつかそういう日が来るって言われました。だからボクも協力します。でも、さくらのために、ですからね。決してリオンのためじゃないですからね!」


 クレスとキール?

 何、言われたんだろう?


 そう言われてみれば、全力で空を飛ばれた日、アゼツは双子を説教したはずだ。しかし、次の日のアゼツはどんよりした空気をまとっていて『やっぱりボクがそばにいなかったから』と、ぼやいていたのを思い出す。

 今のアゼツは吹っ切れた顔をしているので心配ないかと、さくらは笑って頷いた。


 ***


「最後にいつもの記録だけ取らせてね。アデレード先生が診てくれてるのにこっちでも健診って、疲れるでしょ?」

「でも、美咲さんに会えるから嬉しいです」


 付き添いの両親・アゼツ・リオンは、病院内のカフェテラスで待ってくれている。

 なので、今はさくらと担当看護師の美咲のみが、検査室にいた。

 左右共に固定具型の測定器に腕を置き、血液の状態や脈、体温や身体の反応などを測り始める。足には巻き付けるタイプのものを装着している。


 そんなさくらの前には、ミディアムボブを紫のグラデーションに染めた、担当看護師の美咲が立つ。同色の瞳を細めて笑う彼女は、ホログラムの中で忙しなく動く文字列を追い続けるのをやめ、こちらを見た。


「もー! 可愛いなぁ、さくらちゃんは!」


 今回は相当お気に入りなんだな。

 ずっと、ヒロインと同じ髪色と目の色だもんね。


 美咲もさくらと同じく乙女ゲームが大好きなため、そこから意気投合して、入院中からとても仲良くしてもらっている。

 彼女はヒロインと一体化してプレイするのが好きなため、現実でもその要素を取り入れている。

 今の時代は、様々な色を手軽にダウンロードして好きな場所へ定着させる事ができるため、美咲の髪や瞳の色も珍しくはない。


「美咲さん、最近はずっと同じ乙女ゲーしかしてないの?」

「わかる?」

「わかりやすすぎます。だって、春からその髪と目の色、変わってませんもん」

「それに気付いてくれるの、さくらちゃんしかいないんだよー!」


 切実な顔をして、美咲が嘆く。よほど周りに乙女ゲームの話し相手がいないのだろう。

 だからか、彼女の口は止まらない。


「画面越しに語り合うのもいいんだけどさ、現実ですぐに『その髪色って、あのヒロインの?』とか、『わかるわかる。今まで出会った乙女ゲーの中で、比べ物にならないぐらい好き!』とか、『貢ぐから廃番にならないで!』とか、言い合いたいの! なのに、なのにー!!」


 興奮しすぎたのか、美咲が震え出した。ここは個室だが、そろそろ止めに入らねばとさくらは口を挟もうとした。しかし、それより早く彼女がさらに声を張り上げた。


「『あんたが何言ってるのかさっぱりわからないんだけど? そのヒロインは学生だけど、現実のあんたは看護師。ついでに言えば、あんたはもうすぐ30歳。もう擬似恋愛ゲームなんてしている暇はない。以上だ』とか友達に言われたの! 酷いと思わない!?」


 美咲さん、頑張って……。

 でもそれって、現実の世界に恋人がいれば、解決するのかな?


 美咲の友人は仲が良いからこそ、こうしてはっきり言葉にしてくれるのだろう。けれど、美咲ののめり込み方はさくらから見ても重度なので、乙女ゲーム卒業は当分無理だろうとも思う。

 だからさくらは乾いた笑いしか出なかったのだが、心の中で励ます。しかし、解決策も同時に浮かんだ。


「美咲さん、好きな人っていますか?」

「いるいる! みんないいんだけどね、やっぱりノアかな! 彼の声と表情――」

「……あの、乙女ゲーのキャラじゃなくて、現実の世界に、って事です」

「いない」


 目をキラキラさせて教えてくれた美咲の言葉を遮れば、彼女は無表情なり、言い切った。


「どうしてですか?」

「どうして……。うーん……。まず、現実の恋愛は面倒かな。付き合うのも別れるのも、疲れるし」

「疲れる?」

「1から関係を築くのも疲れるし、付き合ったとしてもちょっとした意見の違いで喧嘩になるし、別れ話をする時なんて、修羅場を覚悟するし」

「恋愛って、そんなに大変なんですね……」


 知らなかった。

 確かに乙女ゲーも、攻略するのに相手との距離を少しずつ縮めていく。

 そこは現実も一緒。それに、そのあとも続く。何より、選択肢なんてものもない。

 全部、自分達で決めていく。

 ずっと楽しいだけの恋愛なんて、ないのかもしれない。


 乙女ゲームをしている時は、ヒロインが攻略キャラと困難を乗り越える姿に憧れた。でも、いざ自分が恋をすれば、それがどんなに大変な事だか思い知らされた。

 それでも、恋した事がよかったと、今の段階でさくらがそう思うのは間違いな気もしてきた。

 しかし、美咲がにやにやしながら顔を覗き込んできて、考えが中断される。


「なぁんて、マイナスな事ばかり言ったけど、それでも恋愛は心と体を育てる栄養みたいなものだからね。さくらちゃん、これからどんどん綺麗になっていくよ?」

「私が?」

「そう! 恋をすると綺麗になる。これは本当。だからね、こんなに真剣に恋愛の事を聞いてくるさくらちゃんは、今、恋をしているね?」

「えっ!?」


 ずっとにやけた顔をしていた美咲に指摘され、さくらの心臓が跳ね上がる。同時に測定器がピコン! と大きな音を立てた。


「やっぱりー! 心拍凄い事になってる! でもこれだと診察に呼ばれちゃうから、ここからの記録は取り直すね。いったん止めるから、楽にしてて」


「心拍まで可愛いなぁ」なんて言いながら、美咲はホログラムをタップし測定器を止める。すると彼女は近くにあった丸椅子をカラカラとこちらまで引っ張り、さくらの前で腰を下ろした。


「さくらちゃんがね、自分の人生を謳歌している事が、私はとっても嬉しい。退院してからもこうしてさくらちゃんと関わる事ができて、私は凄く、幸せ。だからね、これからも何かあれば、いや、何もなくても、さくらちゃんの話をたくさん聞かせてほしいな」


 美咲の顔は、眩しそうに目を細める優しい笑顔へと変わっている。

 入院中も、美咲は明るく前向きに接してくれた。そんな彼女と過ごした日々を思い出し、目の前がぼやける。


「ありがとう、ございます。これからもずっと、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 一瞬の間を置いて、同時に笑顔になる。


「それにさ、さくらちゃんは乙女ゲーの同志だからね」

「何ですか、それ」

「あっ!! でも、もしかして恋をしてるなら、乙女ゲー卒業しちゃう?」

「卒業は……。でも、最近乙女ゲーする暇がなくて」

「うそっ!? そうやってみんな卒業していくんだよー!」


 またも美咲が悲しげな声を上げれば、さくらを真っ直ぐに見つめてきた。


「で、さくらちゃんの好きな人は、今日連れて来たヴァンパイア君、かな?」

「なっ、何でわかるんですか!?」

「当たったー! だって家族の中に彼だけがいるんだもん。もうそんなに特別な関係なんだねぇ。でもヴァンパイアかぁ。さくらちゃん、これからが大変だね」

「大変?」


 美咲にすぐバレてしまったさくらの恋だが、やはり大人の女性だから今までの経験が成せる技なのかもしれないと、自分を無理やり納得させる。

 しかし、彼女の言葉が引っかかる。けれど、美咲は頬を染め、むふふと笑った。


「ヴァンパイアの吸血衝動を抑えるのは大変だなぁって。あのほんのり光ってる赤い目は純血でしょ? だから特にね。さくらちゃん、無理しちゃだめだからね? あんまり飲ませすぎたら貧血起こしちゃうから。運ばれてくる患者さんもいるんだよー」


 美咲は言葉で心配しつつも、どこかうっとりした顔をしてる。けれど、さくらはこの問題を解決する方法が知りたい。

 だから、看護師の美咲なら答えをくれるかもしれないと、名案が浮かんだ。

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