第20話 菊花についての考察
「あのさ、聞きたい事があるんだけど」
意外に大きくなってしまった自分の声が、階段裏の小さな空間に響く。
先程まで穏やかな空気だった。けれど、さくらのひと言でリオンも表情を変え、こちらの言葉を待っている。
「私ね、球技大会の日が、リオンと菊花ちゃんの恋の始まりになったかもって、思ってて……」
ここまで伝える必要はなかったのかもしれない。でも、今までのさくらの行動はそれに基づいたものになっており、ここから説明しなければ理解しがたいだろう。だから、こう切り出した。
すると、リオンが苦笑した。
「そういう事だったのですね。でも、私と彼女との接点を作ろうとしていたのは知っています」
「えっ!? 知ってたの?」
「あまりにもあからさまでしたので」
「そうなんだ……」
全然上手くいかなかった恋のお手伝いだが、それでもきっとリオンは気付いたはずだ。菊花が彼を好きな事を。それについては2人の問題なのだろうが、協力してきたさくらにとっては複雑だ。
どう菊花へ伝えれば彼女の傷が浅いもので済むのか、予想できない。
そんなさくらの考えが読まれたように、リオンが話しかけてくる。
「ですが、彼女は私の事を好きではないですよ」
「え? それは違うよ。菊花ちゃんは本当に……」
リオンの事が、ずっと好きだったんだよ?
この言葉をさくらから伝えしまうのは違う気がして、言い淀む。
しかし、リオンは顔を横に振る。
「ゲーム内で、様々なヒロインを見てきました。最初から期待したように、目を輝かせる人。相手を探るような人。ただ、イベントをこなそうとする人。けれど彼女の目は、決意に満ちている。ただ冷静に現状を把握し、目的を果たそうとしている。その中から好意は、感じ取れませんでした」
それは、リオンを攻略しようとしてるからじゃ……?
それなのに好意を感じないって、そんな事、あるのかな?
菊花もリオンも、嘘は言っていないように思える。
だからこそ、菊花には他にも願いがあるのかもしれないと、そんな考えが浮かぶ。
そうなると、菊花の正体を知る必要が出てくる。彼女は諦める事をしないはずだ。それならば、より彼女を理解するしかない。
菊花も夏休みは寮に残ると言っていたので、彼女と話す機会を作ろうと、さくらは考えをまとめた。
「リオンの言いたい事は、わかった。菊花ちゃんにも、何か考えがあるのかもしれない。だからそれについては、私が聞いてみる」
「さくらは人が良すぎるので心配ですが、さくらにだからこそ話せる事もあると思います。だから、お任せします。ですが、無理はしないと約束して下さい。彼女は以前のノワールと、どことなく似ている気がしますから……」
未だ繋いでいてくれる手を、リオンが守るように両手で包み込む。その行動に、さくらは背中を押してもらえた。
ゲーム内で、ノワールは自身の願いを優先していた。
魂が宿った事でゲームのキャラとしての彼が消えてしまう事を拒み、さくらをゲーム内へ留まらせようと行動していた。そうすれば、ゲームもノワールの消滅も防げると信じて。
今はそのような事はなく、みんなとの生活に満足していると、ノワールは教えてくれた。しかし、昔の彼と似ているのであれば、なおさらリオンの身が危険に思えた。
「あの、さ。リオンは、人間みたいになりたいって、思う?」
何の脈略もなく、さくらの口から言葉が滑り落ちる。
すると、リオンが目を見開いた。
「どうして、そう思うのですか?」
「その……。菊花ちゃんが教えてくれたんだけど、今飲んでいる造血剤が、効かなくなる時が来るって。リオンは純血だから、みたい……」
「そう、なのですか……」
自分の声が暗いものだったため、リオンまでもを巻き込んでしまった。それを励ますように、さくらは明るい声を心がける。
「リオンはさ、アリアの事が好きになった時から、人間の血は飲まないって決めたんでしょ?」
「それは設定ですが、確かに今でもそう思います。でもそれは、さくらに出逢ったから、ですよ」
そっ、それは反則!!
ぎゅっと、包み込む手に力を入れ、リオンが微笑んでくる。その事実が嬉しいと思う暇もなく、衝撃を受けた心臓が痛い。
気持ちが通じ合っていた事を知ったあと、さらにこんな苦行が待っているなんて知らなかった。
それもあり、リオンの笑顔が眩しすぎて直視できなくなった。
「じゃ、じゃあさ、やっぱり、人間の血は飲みたくないよね? それなら他の方法、探してみよう? 何か知ってる?」
え……?
目線を下へ向け、たどたどしく言葉を吐き出す。けれどリオンの反応が知りたくておずおずと顔を上げれば、今度はリオンが頬を染め、目を逸らした。
「他にも、ある事はあるのですが……」
「あるの!? じゃあそれを試すのは――」
「たぶん、私が限界を迎えるのは成人以降ですので、その時までは大丈夫ですから!」
まだ時間があるんだ。
でも、試しておく方がいいんじゃないのかな?
言葉とは裏腹にかなり焦っているリオンの様子は気になるが、もしもの時を考え、説得を試みる。
「それでも、1度は試しておこうよ。急に薬が効かなくなったら困るでしょ?」
自分の左手を包み込むリオンの手に、さくらの右手も添える。すると、彼の肩が勢い良く跳ね上がった。
「い、いえ。その、試してしまったら、後戻りできませんから……」
「後戻り?」
「いずれ教えますから、もう行きましょう」
顔を背けたまま、リオンが歩き出す。さくらの手は繋がったままなので、彼に続くしかない。それに、遠くから誰かの笑い声もする。だからこれ以上、追求するのをやめた。
「あ! そういえば、私の両親に挨拶って、本当にするの?」
この雰囲気を変えるべく、さくらは見上げるように問いかける。するとリオンが足を止め、ちらりとこちらを振り返った。
「しますよ。お願いできますか?」
「あのさ、今週末って、予定ある?」
「何もありませんが、さくらは健診でしたよね?」
「そう! でね、お母さんとお父さんとはいつも病院で合流するから、よかったら、来る?」
「それはぜひ、お供させて下さい」
いつか本当に直接訪ねそうなリオンだからこそ、このタイミングで紹介できる事が名案だと思い、さくらは誘った。
するとまだ赤みの残る顔をしたリオンが、しっかりと頷いた。
***
「本当に来たんですか……」
「何か問題でも?」
「問題しかないですっ!」
どうしよう……。
健診当日。
女子寮の前で言い争うアゼツとリオンに、さくらは途方に暮れていた。
アゼツと揉めてしまった夜、彼の気持ちを考えない発言を謝り、仲直りした。けれどリオンの事を伝えれば、アゼツが騒ぎ始めた。
『さくら! 考え直して下さい! 健診は、家族だけがいいと思うんですよ。だから……、え、まさか、もうリオンは家族の一員のつもりなのでしょうか? そんな……、そんなの、許しませんっ! とにかく、今からボクが説得しますから任せて下さい!』
『えっ!? 今からってまさか瞬間移動する気!?』
『そうですよ! それじゃ行ってきます!』
『待ってアゼツ! リオンの――。き、切れちゃった……』
ブレスレット型の時計から浮かび上がるホログラムが、プツンと音を立て暗くなる。
リオンの近距離に姿を現してはいけないと伝え切れなかった事を悔やめば、アリアも心配して連絡を待ってくれた。
少しして、半べそ状態のアゼツがホログラム内いっぱいに顔を映してきたのが、忘れられない。
「あのさ、2人が喧嘩してたら、お母さんもお父さんも心配するから、置いていくよ?」
「ボクとリオンが喧嘩!? とんでもない! い、行きましょうか!」
「私は最初から喧嘩などしていませんよ」
「ぐぅっ……!」
そろそろ待ち合わせの時間なので、さくらはしかたなくそう伝えた。効果は想像以上だったが、リオンの言葉にアゼツがもの凄い顔で歯軋りしていた。
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