第16話 自覚
いつから自分は弾丸になったのかと思うぐらい、さくらは凄いスピードで女子寮の前に連れてこられた。
クレスとキールは飛び慣れているのか、乱れたところがひとつもない。しかし、さくらの短い髪はボサボサになり、制服も着崩れしていた。
その姿を見て、アゼツが叫んだ。
『……さ、さくら!? さくらに何をしたんですか!!』
自分を心配して、女子寮の入り口で待っていてくれたようだ。しかしさくらを見るなり涙を浮かべ、クレスとキールに詰め寄った。
『本気出しただけ!』
『いい加減、姉離れするがいい』
『!!』
クレスとキールの言葉に絶句するアゼツが、すぐにさくらを見た。
『さくら、ボクが2人にはきつーく言っておきますので、すぐ、部屋に行って休んで下さい。今日はもう、無理しちゃだめですからね!』
それだけ言い残し、アゼツは双子へ触れると『自室へ!』と叫んで、瞬間移動してしまった。
先程の騒がしいやり取りが恋しいと思うぐらい、さくらとアリアの部屋は静まり返っている。
最初、こちらを見て慌てたアリアだったが、事情を説明したら、無言で手を引かれた。
そして今、隣同士のベッドに腰掛け、見つめ合っている。アリアの薄緑色の瞳は曇りなく、さくらの心の中まで覗き込んでいるようだった。
「アリア、ごめんなさ――」
「謝るのは、違うよね?」
沈黙に耐え切れなくなり、さくらから口を開く。けれど、アリアにきっぱりと言葉を遮られた。
「でも、ずっと、私の態度が……」
「もうそれは、解決したんでしょう? それなら、言う事は決まっていると思うんだけどな」
怒っているのかと思っていたが、アリアの表情はずっと変わらない。むしろ、少し眉を下げ、微笑んでいる。
謝らせてくれない。
でもそれって、謝って終わりにしたくないって事、かもしれない。
そう見当を付けるが、アリアの欲しい答えがわからない。だからもう、自分の気持ちをそのまま伝える。
未だ怖いと感じるが、ここで言葉にしなければ後悔するのはわかっている。
「私ね、誰にも嫌われたくなくて、無理してた。ほんとはね、アリアもみんなも、菊花ちゃんに取られたくなくて、良い子を演じようとしてた。どうやったら、みんなが私だけを見ていてくれるんだろうって、そんな事ばかり考えていたんだ」
これを聞いてどう思われるのか、不安がないわけではない。その証拠に、膝の上で握りしめた手は震え続けている。
それでも、話し出せばもう止まらない。ずっと、気付いてほしかった。言葉にする勇気がなかった、自分の想いに。
「でもそれは違くて……。誰と仲良くしてたって、みんなは変わらず、私を見ていてくれる。忘れられたり、離れていく事はないんだって、ようやく、気付けて。だからね、これからも、ずっと友達でいたい」
ただ、吐露し続けた。でも、言いたい事は言えた。よくわからない話になってしまったのに、真剣に聞いてくれるアリアとは、この先もずっと友人でいたい。それだけなのだ。
「私もね、さくらちゃんの立場だったら、きっと同じ事を思うよ」
柔らかく微笑んだアリアの口から、意外な言葉が飛び出す。だから、さくらはすぐに反応できなかった。
「みんなと一緒に生きたいって、そう願って掴み取った奇跡だもの。他の誰にも入り込めないし、入らせたくないって思っちゃうな、私だったら。それにね、今でも夢みたいって、思うの。だから菊花ちゃんのような存在がいただけで、怖い。幸せなこの世界が壊れちゃうんじゃないかって、不安になる」
アリアでも、そんな風に思うんだ……。
アリアには無縁の感情だとばかり決めつけていた。だからこそ、自分達はまだお互いに知らない事ばかりなのだと気付かされる。
それにやはり、嫌な気分になどならない。むしろ、ここまで話してくれる事がとても嬉しい。
「それでもさくらちゃんは菊花ちゃんの良いところばかり言うから、私ってだめだなって、思っていたの」
「全然、だめじゃない!」
アリアの笑顔が曇り、さくらは声を張り上げる。
「菊花ちゃんは、悪い子じゃない。気持ちをちゃんと言葉で伝えてくれる子なだけ。でも、やっぱり嫌なものは嫌だ。ヒロインとか攻略とか言われるの、凄く嫌だった。もうゲームは終わったのに、そんな風に見てほしくない。これは、菊花ちゃんに伝えなきゃいけない」
勢いで話し続けたが、菊花が今後態度を改めるかなんて、わからない。むしろ悪化するかもしれない。何より、思う事は自由なのだ。それでも、もう1度、今度は本音で話す必要がある。
「さくらちゃんはやっぱりさくらちゃんだね。でもね、どうしていつも大切な事を1人で決めて、そのまま1人で何かしようとするのかな?」
さくらの言葉に、バターブロンドの髪をふわりと揺らして、アリアが首を傾げた。その表情は、どこか怒っているようにも見える。
だから体が強張り、ベッドがぎしりと音を立てた。
「そんなつもりは……」
「だってね、菊花ちゃんの恋のお手伝いをするとか、いきなり言い出したり。私達の記憶がない事にしたり。これは、ノワールさんがさくらちゃんが決めた事だからって言うから、納得したつもりでいたんだ。それと……、今さらゲームの時の事を出すのはいけないかもしれないけど、病気の事を話してくれなかったのは、凄くショックだった。知らなかった女の子達は、みんな同じ気持ちだったんだよ? 頼ってもらえなかったって」
そう、だったんだ。
でも、そうだよね。
私が逆の立場なら、何で話してくれなかったんだろうって、思うもん……。
うまく言葉が出なくなったさくらへ、アリアが泣き出しそうな表情で訴えてくる。言わなくてもいいものだと思っていた。けれど、伝えなかった事で傷付ける事もあるのだと、改めて思い知らされる。
何より自分はみんなの事を知りたがった。みんなだって自分を知りたいと思うのは、当然の事なのだ。
「これはね、さくらちゃんの良いところでもあって、悪いところでもあるよ?」
「うん……。それは、ごめんなさい」
アリアが言い終えるまで、目は逸らさなかった。彼女の心を聞き逃したくなったから。それを待って、素直に謝る。さくらとこんなにも向き合ってくれるアリアに対しての、今までの態度についてだけ。
だから続けて、これからの事を伝える。
「だいぶ遅くなっちゃったけど、今からでも、相談していい?」
「もちろん! その言葉をずっと待っていたの!」
あ……。嬉しい。
こんなにも眩しく思えるアリアの笑顔は久々で、つられて頬が緩む。
闘病生活中、諦める事でしか自分の気持ちと向き合ってこなかった。だからこうして誰かに頼る事があまり理解できていなかった。けれど、これからは変わっていきたい。
みんなには笑っていてほしいからと、さくらの中に新たな目標が生まれた。
だから、見ないふりをしていたものへ、目を向ける。
自分も一緒に、笑い合いたいから。
「私ね、他にも、菊花ちゃんにもやもやしたもの……。ううん、違う」
私が今1番、嫌な事は……。
さくらを待ってくれているアリアは、笑みを消して真っ直ぐに見つめてくる。だから、間違った言葉は伝えたくない。
そう決めて、言い直す。
「私ね、菊花ちゃんにもやもやしていたんじゃなくて、菊花ちゃんの言葉に対して、嫌だって言えない自分が、嫌なんだ。本当はみんなの恋のお手伝い、したくない。ゲームの時はできたのに、今はどうしてもしたくない。これって、変、かな?」
最後は恐る恐る問いかければ、アリアがふわりと笑う。
「それはさくらちゃんの中で答えがはっきり出ていたから、嫌だって気持ちになったんだと思うの。さくらちゃん、本当にみんな? 誰かの恋のお手伝い、じゃなくて?」
「え……?」
誰か……?
そう言われれば、みんなの恋のお手伝いは進んでいない。現在協力しているのは、1人だけ。
リオンだ。
かちりとピースがはまったように、今までの不透明だった想いが繋がっていく。
私……。
その瞬間、ゲーム内の医務室で、両親がさくらの名前に込めた想いを口した、リオンの優しい眼差しを思い出す。
あの時から、リオンが、好き、だったんだ。
その考えがゆっくりと心に溶ければ、顔に熱が集まる。そんなさくらを、アリアはさらに目を細めて見つめていた。
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