第14話 みんなの気持ちとリオンとラウルの友情
夕日に染まりきった空が、さらに赤く色付いたように思えた。その景色の中で、さくらは自分が恋をしていた事に衝撃を受けていた。
「嘘、じゃないんだろうけど、いつから!? 恋って、恋したんだ! とか、すぐわかるんじゃないの!?」
思わず手に力を入れて叫べば、クレスとキールが握り返してくる。すると、空中で止まっていた体がふわりと浮上した。
「それはさくらにしかわかんないよ!」
「恋は、どこからが恋なのだろうな」
クレスはけらけらと笑い、キールは微笑しながらも、僅かに首を傾げた。
「じゃ、じゃあさ、相手が誰かは、わかる?」
何故そんな質問をしたのかわからないが、無性に知りたくなってしまった。その答えを聞けた時、さくらの中で何かが変わるかもしれないと、淡い期待を抱いて。
「「教えない」」
即座に2人から返事をされ、面食らう。
「どうして?」
「そんなのさぁ、ぼく達が言わなくてもわかってるでしょー?」
「わかんないんだけど」
「それなら、アリアに相談すればいい。1番心配しているぞ? 同室なのに頼ってもらえないと」
「えっ!?」
アリアの名前を出してきた以上、クレスとキールからは何も話してもらえないだろう。こういう時の、双子の団結力は強い。
だが、新たな事実に動揺する。
「確かに、元気なかったかもしれないけど、でも、毎日の楽しかった事をなるべく話すようにしてたのに……」
「さくらはさぁ、自分が嫌だと思う事、抱え込み過ぎじゃない?」
「抱え込んでるつもりは……。それに、アリアにまで嫌な思いをさせたら――」
「もし、いつも笑顔のアリアが、自分の知らないところで泣いていたのを知ったら、どうする?」
「そんなの、何があったのか無理にでも聞き出す!」
あ……。
そういう気持ちなんだ、アリアも、みんなも。
クレスとキールはきっと自分がこの答えを言うのを知っていたように、表情を変えない。だからこそ、先程のアデレード先生の言葉を思い出す。
『私達がさくらさんを嫌う事は一生、ありませんよ』
私だって、どんな事を言われたって、嫌いになんかならない!
やっと2人の言いたい事がわかり、繋いだ手をぎゅっと握る。
「クレスもキールもありがとう! みんなの気持ち、全然考えられてなかった。だからね、私今すぐ――」
さくらの言葉にとても嬉しそうに双子が微笑んだ。と思ったら、急に前進した。
「ようやく笑ったな」
「アリアのとこに急ごー!」
「えっ、まっ――」
待って!!!
キールもクレスも楽しそうなのはわかる。
行き先が女子寮なのもわかる。
だけど、さくらに確認もせず速度を上げられ、最後は言葉にならなかった。
***
「お前のそういうところが、俺は大嫌いだ」
「何とでも言えばいいです。今の私には何も効きませんから」
最近、どうにもウジウジしている友の部屋をわざわざ訪ねる。しかしラウルの目の前には、懐かしい黒子姿のリオンがいる。
「あ? それは俺に顔が見られてないからって意味か? 入るぞ」
「ちょ、ちょっと、何を勝手に……!」
「無駄な抵抗はよせ。あ・け・ろ!」
どうせ明日には顔を合わせるのに、扉を閉めようと奮闘するリオンの馬鹿さ加減に呆れる。
お互い本気を出したら、こんな扉、瞬時に壊れてしまう。だからこそ、力加減が難しくて苛立つ。
しかしすぐに限界を迎え、ラウルは動いた。
「あーっ!! うざってぇ!!!」
リオンの腹部に蹴りを入れようとすれば、狙い通り影の中に消えた。
「はじめからこうすりゃよかった」
「もう少し、常識ある行動を取れないのですか?」
遠慮なくリオンの部屋へ入れば、奥から嫌味ったらしい声がする。
「それはお互い様な。でだ、まず顔を隠すな。あとな、さくらの事避けんな」
「……あなたには、関係ありません」
「あぁっ!? 大いにあるだろうが!!」
リオンのベッドにどさりと腰掛ければ、素顔に戻った彼が見下ろしてくる。その姿にも無性にイライラしながら、理由を教えてやる。
「クラスの奴だって戸惑ってんだろ!? それにな、あのさくらが赤点なんて考えられるか? 勉強馬鹿だぞ、あいつ。この原因は絶対にお前だ」
冷めきっていたリオンの目が、今度は苦しそうに細くなった。
「……今はどうしていいのか、わからないのです」
「わからないじゃねーよ。さくらを傷付けんな」
「やはり、あなたも……」
言いたい事をまたも飲み込もうとするリオンを、睨みつける。
「何だよ。言いたい事があるならはっきり言え。あいにく、俺は回りくどい言葉は理解できないからな」
こうでも言わなければ、リオンの言い訳が続くのは学習済みだ。それでも余計な事を言うのであれば、外へ引きずり出して殴ってやるつもりでいる。拳を交えたら案外すっきりするのは、自分だけではないはずだ。
「……ラウルも、さくらの事が、好き、ですよね?」
「は? 好き? 友達なんだから当たり前だろ。他に言う事ないのかよ」
「……その、そういう事ではなく、異性として、です」
えらく真剣な顔で問いかけてくる、リオンの言葉の意味を考える。
異性?
そりゃ当たり前だろ。さくらは女だ。
それにちっこくて、小動物みたいに脆い。
無意味に天井を眺めるも、そんな答えしか浮かばない。
だからそのままを伝える。
「さくらが女でも男でも、好きだぞ?」
目線を戻せば、リオンにため息をつかれた。その態度が
「あ? なんか文句あんのか?」
「私が言いたいのは、あなた達種族の、
何故か顔を赤らめているリオンは放っておいて、しばし考える。
あー……、番?
番になる相手は、強い奴が理想だ。
さくらは違うな。
ん?
他種族を番にするなら、強くなくてもいいのか?
自分の種族を基準に考えると、答えがわからない。だから今度はラウルが質問した。
「俺達の種族はな、強い相手を選ぶ。でも相手が別の種族なら、違くてもいいのか?」
「それは私に聞かれても……。他に番の条件はないのですか?」
「他? あー……、よく大人達が、『身も心も食らい尽くしたくなる女がいい』なんて言ってたな。俺はさくらを食べたいとは思わないから、ちげーだろ」
「……それは、食べる違いでは?」
「は? 食べる違いってなんだ? いくら俺が狼男だからって、友達まで食わねーよ」
困り顔だったリオンの赤い目が、だんだんと半分になっていく。そしてまた、ため息をつかれたと思ったら、身を屈めてきた。
「その言葉はですね、抱く、という意味合いですよ、きっと」
「抱く? あー……、あぁ! 繁殖こう――」
「しっ! 誰に聞かれているかわかりませんからね」
はぁ?
誰に聞かれても問題ねーだろ。
教えてきたのはリオンなのに、慌てて口を塞がれた。彼の行動がよくわからないままに、邪魔な手を払い除ける。
「よくわかんねーけど、さくらをそんな風に見てねーよ。なんかこう、すぐに倒れそうで守らなきゃなんねぇなとは思うけどな」
「そういう好きも、ありますよ。それにその耳、さくらの言葉がきっかけですよね?」
何が何でもさくらを好きと認めさせたいようなリオンに疑問を抱く。しかし、立ち耳が基本の種族の中で、自分の垂れ耳を気にしていたゲーム内での事を問われ、さらに不思議に思ったが、とりあえず返事をする。
「さくらの言葉で、自分の姿を受け入れられたからな」
『でもね、これだけは覚えておいて。ラウルはラウルだから。私もみんなも、どんな見た目でも、ラウルが好きな事に変わりないから』
ついこの間なはずだが、懐かしいな。
ゲーム内でのさくらとのやり取りを思い出せば、勝手に口角が上がる。すると、リオンが一瞬目を見開き、苦笑した。
「ほら。やはりその顔は恋していますよ」
「これが恋? そうなのか? よくわかんねーけど、これが恋だって教えて、何になる? それこそ、リオンの方がさくらに恋してるだろ? お前、あいつしか見てねーだろ? なのにライバル増やしてどーすんだ?」
急に恋と言われても、すぐには納得できない。ただ、さくらといる時間は心地良い。しかし、リオンと話している時のさくらも気にはなる。特別、良い顔をしている時が多いから。
しかし、先程からの疑問を次々と問いかければ、リオンが久々に笑った。
「私は、ラウルと対等になりたいだけです」
「対等?」
「さくらを想う相手だからこそ、ですね。私だけが知っていて、ラウル本人が気付かないのはフェアじゃないなと」
「……わっかんねー。じゃあノワールは?」
「彼はさくらへの好意を隠しもしないので、羨ましいなとも思います。でも、なんか嫌です」
「嫌って、お前……」
自分に対して穏やかな眼差しを向けていたはずなのに、ノワールの事を聞いた途端、リオンが顔をしかめた。しかしその気持ちは理解できるので、ラウルは吹き出す。
「でも、わからなくもない」
「でしょう? ノワールは触れすぎなのですよ」
「だよな! あいつ、さくらには特にベタベタ触るよな!」
ノワールについて、同じ気持ちを抱いていた事に仲間意識が芽生える。
けれど、ラウルの目的は達成されたので立ち上がる。
「どうしました?」
「いや、もう大丈夫だろ?」
「何がですか?」
「リオンはさくらが好きなんだろ? だったら、今まで通りでいい。変に悩むな」
「……しかし、さくらは菊花さんと私をくっつけようとしています」
「そりゃ、あれだ。さくらがリオンの気持ちに気付いてないからだろ?」
今度は自分がリオンを見下ろしながら、当たり前の事を言う。すると、彼は目を見開いた。
「そうかもしれませんが、それに気が付かせてしまったら、さくらにとって迷惑になるのでは?」
「お前なぁ……。今の方が迷惑だ。それにな、俺はさくらの笑顔が好きだ」
さくらが元気ならそれでいい。
俺じゃきっと、俺が好きな笑顔にはさせらんねーんだろうしな。
恋と気付いた途端、想いが行き場を無くした。でも相手がリオンならいいと、同時に思えた。
だから自分の気持ちに気付くきっかけをくれた彼の背中を、押してやる。
「さくらをよく見てみろ。あいつ、わかりやすいからな。だから心配すんな」
「何を言って――」
「気持ち、早く伝えろよ」
あとはリオン次第。
またウジウジし出したら本気で殴ろう。そう思いながら、少しだけ痛む胸と共に、ラウルはリオンの顔を見ず部屋を後にした。
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