第10話 恋のお手伝い開始

 ラウルが投げたボールが当たらずほっとしたが、菊花の行動の意味がわからず、さくらはすぐに動き出せなかった。


「あ、ありがとう……」


 真っ赤になった菊花は震える声を出し、ずるりと滑り落ちそうになっていた。それを、リオンが抱き締める腕に力を入れ、支えている。


「大丈夫かっ!?」


 ラウルが声をかけながら、走り出す。予想していなかった展開に、彼も慌てたに違いない。

 それを合図に、ようやくさくらの足も動いた。

 だが、気付いてしまった。


 もしかして、イベントってわかってて……?


 今いるのは、現実の世界。ゲーム内のイベントが影響するはずがない。

 しかし、攻略キャラの好感度に関わるものであった事が引っかかり、足を止める。


「立てますか?」

「ちょっと、無理そう……」

「何でお前がボールを受けようとしてんだよ!」

「だ、だって、ラウルくんのあのボールで、リオンくんが怪我したらどうしようって、心配で……」


 未だ、リオンの腕の中で頬を染める菊花に、もやっとしたものを感じる。しかしラウルに対して、涙を浮かべて話す彼女の姿を見て、自分の考えを無くすように頭を振る。


 知っていたとしても、あそこまでするのは、リオンの事が大切だから、じゃない?


 ゆっくりと浮かび上がってきた言葉に、胸が痛くなる。

 しかし同時に、とてもお似合いな2人を見て、応援しなければとも思えた。


 たぶん、大切な友達を取られちゃうような気がして、菊花ちゃんにやきもち焼いたんだ。

 私がする事は、みんなの恋をお手伝いする事。

 元攻略キャラのみんなも、元想い人のみんなも。

 そして、できたらアゼツにも、素敵な恋をしてほしい。


 気合を入れるようにぐっと手に力を入れ、菊花へ駆け寄る。


 だったら今の出来事って、恋愛ものによくある恋の始まりになるはず!

 みんなが知りたがっていた恋のかたち、見つけるきっかけになるはずなんだ!

 それに菊花ちゃんがそんなにあの乙女ゲーが好きなら、みんなの事も大切に想ってくれる子だと思うから!


 菊花へ辿り着くまでに、自分の考えを心に刻む。呼吸が苦しいのは、急に走ったから。そう自身に言い聞かせて、彼女の前に立つ。


「菊花ちゃん、怪我してないみたいだけど、一応医務室に行って? リオン、連れて行ってあげてね」

「何故、私が?」

「だって今支えてるの、リオンでしょ? 落ち着くまでそばにいてあげて?」


 菊花・リオン・ラウルが、驚き顔でさくらを見てくる。そんなにわかりやすく恋のお手伝いをしてしまったのだろうかと、さくらはたじろぎそうになる。

 でもその前に、菊花が申し訳なさそうに声を出した。


「お願いできるかな、リオンくん。ちょっとね、今は足に力が入らなくて……」

「……わかりました」


 リオンの眉間のしわが深くなっていく。けれど菊花をすぐ横抱きにし、彼女の顔はさらに赤くなった。


「ありがとう、さくらちゃん」


 リオンの胸に頬を擦り寄せ、さくらに向かって菊花が微笑む。


 美男美女で、絵になるな……。

 やっぱり、お似合い。


 リオンは照れると不機嫌になるので、もしかしたらもう、菊花の事を好きになり始めているかもしれない。そう思い、胸の苦しさを無視して、無理やり手を振って見送った。

 そこでようやく、周りのクラスメイトの騒めきも耳に届いた。


「本当によかったのか?」

「何が?」

「いや、なんかこう、ムカムカしないか?」

「何言って……」


 も、もしかしてラウルも菊花ちゃんの事!?


 まさかの三角関係へと発展してしまい、さくらはリオンとラウル、どちらを応援するのか迷った。


「その、ムカムカするって気持ち、大切だと思うんだけど、うーん……。きょ、今日はリオンに譲って……、いや、そういう問題じゃ……」

「あ? リオンに譲るって何だ? 陣地に戻るぞ」

「リアルに私のために争わないで! なんて少女漫画みたいな事――、うわぁっ!!」


 考えにふけり過ぎて、急に体が浮き上がった事に悲鳴を上げる。


「人の話をちゃんと聞け。試合が再開するから戻るぞ」

「たっ、高っ!!」

「ラウルー。さくらは荷物じゃないよー」


 ラウルの肩に担がれ、見慣れぬ目線に血の気が引く。するとそこに、クレスの声が響いた。


「女性のエスコートの仕方をわかっていないのは、減点だよ? イザベルに伝えておこうか」

「リオンとラウル、どちらが勝つのか見に来てみれば、面白い事になったな」

「んー! んーーっ!!」


 気付くのが遅れたが、どうやらノワール・キール・アゼツもこっそり観戦していたようだ。しかしアゼツは何故か、笑顔の双子に口を塞がれている。


「イザベルに何言う気だ――」

「大丈夫。ちゃんと見ていたから」


 ノワールに対して呆れ声を出したラウルの動きが止まる。人混みの中からはっきりと響くのは、イザベルの声だった。よく見れば、彼女の隣には困り顔のアリアもいる。


「私はいつも言っているわよね? さくらを守れって」

「ま、待てよ! 俺は何も――」


 この展開、まさか……。


 ゲーム内のイベント後にもあったイザベルからのお仕置きに、さくらも混乱する。

 次の瞬間、イザベルが跳躍し、目の前に降り立った。


「いだだだだっ!!」

「さくらの長年の手術痕は時間をかけて治さないといけないの、知っているわよね? なのにそこに圧がかかるような事をするなんて」


 イザベルが瞬時にさくらを奪うように、でも優しく下ろしたあと、ラウルの垂れ耳を思い切り引っ張った。そこへ囁くように、彼女が怒った理由を話し続ける。


「治癒の魔法だって強すぎるものは身体に負担がかかると、アデレード先生が言っていたでしょう? だからちゃんと治るまで、無茶させないで」

「わかった! 俺が悪かった! だから耳を離せ!!」

「イザベル、気持ちは嬉しいけど、やりすぎだから! 私は全然痛くないから大丈夫!」


 さくらの言葉に「そう?」と言いながらイザベルがぱっと手を離す。ようやく解放された耳をさするラウルは涙目に見えた。



 リオンが抜けた事ですぐに勝敗がつき、さくら達のチームが勝った。けれどリオンに勝ったわけではないので、ラウルは不服そうだった。

 だから彼は集中できなかったのかもしれないが、上級生のヴァンパイアがいるチームに当たり、敗退。

 その間、リオンと菊花が戻ってくる事はなく、さくらの気持ちはずっと落ち着かなかった。


 ***


 あまりにも2人が遅いので、何かあったのかと心配になり、医務室まで来てしまった。


 お昼だし、お腹空いたよね?


 さくらはとりあえず、『もう大丈夫? 一緒にご飯食べよう!』と、菊花とリオンを誘いに来ていた。何度も頭の中で練習したので、きっと間違えずに言えるだろう。他のみんなを誘ってもよかったが、なんだか今の自分を見られたくなくて、1人で行動している。


 よし。いくぞ!


 白く無機質な扉の前で気合を入れ、勢いよく開く。


「もうだいじょ――、あれ?」


 中も同様の白さの医務室からは、薬品の独特の匂いがする。

 けれどそこにいたのは、ベッドの上で上半身を起こし、窓の外を見ていた菊花だけだった。

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