第9話 嫌な予感

 きっと表情は最悪だ。

 学園長室に訪れた静寂の中、さくらは菊花が攻略キャラとしてみんなを見ているかもしれない事に、微かな苛立ちも感じていた。


 もうみんな、生きてる存在なのに。

 もし、ゲームのキャラとして接したいなら……。


 嫌な考えが止まらない。

 菊花が悪い子ではない事はわかっている。それに、逆の立場なら真実を確かめたくなる気持ちもよくわかる。

 そう無理やり自分を納得させ、必死に顔を元に戻そうとした。

 それに気付いたように、キールが会話に加わる。


「無理に聞かなくとも、自ら伝えてくるかもしれない。さくらに直接話すぐらいだ。待っていてもいいだろう」

「えー!? でもさぁ、理由、早く知りたくない? それにほら、どこまで覚えてるのかも気になるし。ゲームだとぼく達の性格も少し違ってるし、どう思ってるんだろうね。そうだ! さくらはなんて答えるの?」

「えっ?」

「ゲーム、クリアしたって言うの?」


 ゲームを知っているのか答える時、そこまで聞かれるかもしれない事に気付かされる。

 ゲーム内での記憶は宝物であり、現実の世界で生きる人には意味がわからないものでもあるはず。

 だからこそ、菊花にどのように伝えればいいのか、考えねばならなくなった。


「さくらがクリアしたから、ゲームは終了した。これを伝えれば諦めるんじゃねーか?」


 ラウルが骨つきチキンを豪快に頬張りながら、そんな提案をしてくる。


「あのね、ラウル。みんなあなたみたいに単純じゃないのよ」

「じゃあどーすんだ? 全部を話したって混乱するだけだろ?」

「そうだけれど……」


 イザベルが呆れ顔でラウルを見たが、彼の言葉にだんだんと困ったように赤毛の耳が垂れてくる。


 ゲームは終わった。

 これは伝えなきゃいけない。

 でもどうして現実の世界に乙女ゲーの世界が? って聞かれたら……。


 静かになった室内で、さくらも視線を落として考え込む。

 すると、アデレード先生の声がした。


「あまり気分の良いものではないのですが、さくらさんにしか言えない事があります。それでもよければ、私の提案を使って下さい」


 アデレード先生は本当に気乗りしないようで、眼鏡の奥にある黒の瞳が辛そうに細められていた。


 ***


 みんなとの話し合いが終わってから数日後。菊花からは特にゲームの話をされないまま、5月下旬を迎えた。


「無理無理無理……!」


 晴れ渡る青い空。風は適度に火照った体を冷ますように、優しく吹く。

 その中で、さくらは震えていた。


 球技大会楽しみだったけど、やっぱり怖い!


 ここはグラウンド。種目はドッジボール。

 現在さくらは赤いTシャツを着ている。その上から、動きやすく、生地の柔らかな黒い上下の運動着で身を包んでいる。

 しかし、やる気が出そうな色なのに、情熱の火は灯らない。


 アデレード先生が、『ゲーム内と同じ催し事の方が懐かしさもあり楽しめると思ったので』と配慮してくれたので、実現した。しかし、もっと安全なものへ変更してもらえばよかったと後悔する。

 それぐらい、いろいろな種族が混ざったドッジボールは、弾丸のような速さのボールが飛び交っていた。


「大丈夫だ。絶対に守ってやるから俺のそばにいろ」

「ほんとに? また投げたりしない!?」


 立派な銀の尾を揺らし、ラウルが背に庇うように立ってくれる。それでも、さくらは不安だった。

 理由は、ゲーム内の選択肢で『自身がボールになる』と選んでしまった時、彼に思い切り投げられた事があるからだ。


「投げるか、馬鹿」

「わぅっ! し、信じるからね!」


 大きすぎる硬い手が、さくらの頭をぽんぽん叩いてくる。力は加減してくれているのだろうが、それでも重たくて変な声が出た。


「任せろ。絶対に勝つぞ!」

「うん!」


 ニヤリと犬歯を見せて笑うラウルに、さくらも大きな声で応える。


 ゲーム内では、ラウルがずっと負け続けたイベント。現実の世界で勝ちたいと思う気持ちはよくわかる。

 しかし対戦相手は同じクラスメイト。1クラスの人数が多いので2チームに分けられるのだが、運悪く初戦からぶつかった。

 そして相手チームには、リオンがいる。ここまではゲーム同様。

 けれど今回、菊花と共にいる。リオンの近くにいるのは彼が強い事を知っての事だろう。


「リオン! お前に勝つ!!」

「そうですか。ですが、私が勝たせていただきます」


 リオン、楽しそう。


 ラウルの宣言に、こちらチームが沸く。

 しかしリオンは、余裕の笑みを浮かべて応じた。

 ゲーム内では自分の特殊な目を隠すため、顔や素肌を影で覆う黒子姿だった。そのせいで表情なんてわからなかったが、きっと、あの時勝った彼は今と同じ顔をしていたに違いない。


「じゃあな、正々堂々、受け止めてみせろ!!」


 ボールを取ったラウルが、大きく振りかぶる。

 相手チームが青ざめながらリオンから距離を取っているが、菊花だけが近付いていく。


 え?

 菊花ちゃん?


「危な――!」


 ラウルのボールが万が一にもおかしな方向へ行ったら、当たってしまう。しかも彼のボールは、複数人を難なく吹き飛ばす程の威力だ。

 だから思わず声を出せば、予想外の事が起きた。


「――っ!」

「何をしているのですか!」


 リオンの前に、目をぎゅっと閉じた菊花が躍り出る。それにすぐさま反応し、彼はもの凄いスピードのボールを影を使い弾く。

 同時に、菊花をうしろから抱き締めるように庇っていた。

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