第8話 みんなと相談
結局、さくらの考え以上に納得の行く理由が見つからないまま、1限の終わりを告げる鐘が鳴った。
「覚えていたところで何も影響はないはずです。ゲーム内なら、あったかもしれないですけど。菊花さんの考えはまだよくわかりませんが、どう打ち明けるのがいいか、みんなに相談してから返答しても遅くはないと思いますよ」
「そうだね。今日のお昼か放課後にでも集まろっか」
「では、時間を空けておいてほしいと伝えてきますね。さくらは2年生の皆さんへ声をかけておいて下さい。ボクは今からノワールのところに行ってきます」
「わかった」
さくらの返事に笑顔になったアゼツが、肩にそっと触れてくる。
「その前に、さくらの教室へ!」
体がふわりと浮いた瞬間、自分の机が目の前にあった。
「おまっ、いきなり現れんなって!」
「かなり遅かったですが、何かありましたか?」
ラウルとリオンが両隣から声をかけてくるが、アゼツは「さくらが全て説明しますので。ノワールの所へ!」と声を出して消えた。学園は広いので、瞬間移動で送り届けてくれたのだろう。
クレス・キール・フィオナはアゼツと同じクラスなので、そちらへの伝言も心配ない。
「……びっくりした。さくらちゃん、具合大丈夫?」
「う、うん。大丈夫」
「それならよかった。心配していたの。昨日からずっと」
具合は悪くないとは、言えない……。
遅れて、後方から菊花にも話しかけられるが、ぎこちない返事しかできない。それを菊花は気にしていないようで、心配そうに目を細めていた。
さくらが1限目を欠席した理由が疲れからのものであったため、2限目最中に担任から呼び出された。平謝りしたが逆に無理をしていると疑われ、アデレード先生の部屋まで送り届けられた。
けれどさくらにとっては好都合で、事の次第を説明する。
その際、『なるほど。それならば、昼休みに私の自室で話し合いましょう』と、提案を受けた。
***
アデレード先生の学園長室兼・自室は学園の最上階。移動はとても大変なのだが、魔法使いの先生に頼めばすぐだ。そんな事をしなくともアゼツがいるので瞬間移動できるのだが、今日はアデレード先生自ら迎えにきてくれた。
「さて、この話を聞いて、皆さんはどう思われましたか?」
そうアデレード先生が切り出すが、みんな沈黙したまま。
広い室内には、アデレード先生が仕事をこなすための大きすぎる木製の机があり、その上には電子機器が並ぶ。
それらの後方にあるはずの壁は全面が窓。外を眺めれば絶景だ。
しかし、隣接する自室へ向かう扉はあまり目立たない。何の変哲もない木製のものだが、魔法を掛けてあると言っていたので、その影響かもしれない。
そして濃紺色に染まる天井には星座のように世界地図が描かれており、それが明かりの役目も果たしている。
柔らかい光の中、革張りをボタンで絞る、重圧感のある黒の大きなソファにそれぞれが腰掛けている。
「よくわかんないんだけど、覚えてちゃだめなの?」
昼食を食べる手を再び動かしながら、ナタリーがパステルピンクのツインテールを揺らして、首を傾げた。「それもそうよね……」と言いながらジェシカも頷き、ダコタはアゼツを見つめている。
目の前にあるのは、チェス盤のようなガラスのローテーブル。
その上に広がるのは、ハムやアボカド、えびなどが挟まれたクロックムッシュと、大きくカットされた果物がこぼれ落ちそうなフルーツサンド。色とりどりのピクルスと骨つきチキンなどの料理だ。
コーヒー・紅茶・フレッシュジュースまであるが、これら全て、アデレード先生が事前に準備してくれた代物である。
「覚えていちゃだめというか、覚えていた事が凄いというか……。記憶が複数ある事が混乱を招くので、消すしかないんです。菊花さんは混乱している様子がないように見えますが……。でもきっと、菊花さんが覚えている事を話しても、誰も信じないと思います。ましてや影響力のない普通の女子高生ですから、問題ないかもしれないです」
アゼツがいちごミルクのジュースをすすりながら、ぼやくように答える。しかし、急に姿勢を整えた。
「でもですね、ヒロインになりたいと言われたら、皆さんどうしますか?」
アゼツはみんなを見回しているが、さくらの心臓に嫌な痛みが走る。
まただ。
また、胸が苦しい……。
ヒロインになりたいって事は、みんなと恋したいって事、だよね。
乙女ゲームの醍醐味はやはり攻略。菊花の目的はまだ聞いていないのに、彼女が誰を選ぶのか不安になる。
だからつい、リオンを見てしまったのだと思う。他の男の子でもいいはずなのだが、自分の目が勝手に彼を探していた。
すると、リオンもこちらを見ており、さくらを安心させるように微笑んでくれた。
「ここは現実の世界で、ゲームではありません。なので、ヒロインになりたいと言われても、私はさくらのそばを離れる気はありません」
アゼツからの質問のはずなのに、さくらだけを見つめる緋色の瞳から目を逸らせない。
同時に湧き起こる知らない何かが全身を巡るのがわかり、顔に熱を感じた。
「君はさ、今の状況を考えた方がいいよ」
ナタリーの横に座るノワールが口元に手を当て、僅かに口角を上げながらリオンへ声をかける。
しかしすぐにさくらへ顔を向け、口を隠していた手をあごに移動させた。
「出遅れたけれど、リオンの意見には同意だね。ヒロインを夢見る事は可愛らしいけれど、もう僕達には自分の意思がある。だからね、さくらは何を言われようとも、気にする事はないんだ」
「……うん」
ノワールの優しい声色に包まれ、気持ちが落ち着いていく。
すると、さくらの隣に座るアリアが、体をこちらへ向けてきた。
「あのね、ずっと気になっていた事があって。でも、さくらちゃんは新しい友達ができたって楽しそうに話してくれるから、いつ言おうか迷ってたんだけど……」
手を胸の前で握り締めながら、アリアはおずおずと話し続ける。
「菊花ちゃんを案内した日、願いの木についていろいろ聞かれたの。『そちらの国の木なのに、桜を咲かせるのですね』とか、『他にもこの木は存在するのですか?』とか。『まだ他にもあるなら場所を教えて下さい』とも言っていたの」
菊花はかなり積極的な性格なのだなと、さくらが感想を抱けば、アリアの顔が曇った。
「最後にね、『わたしの願いも叶えてくれたらいいのに』って、言ってたんだ。その言葉がずっと頭に残っていて……。あとね、もしかしたら記憶があるのかもって、私達も思っていたの」
「どうして?」
確かにアデレード先生に話した時、驚いた様子がなかった。今だって、ナタリーだけがびっくりしている。彼女が気付かなかっただけで、他の女の子がそう予想する何かがあったのだろう。
だからさくらは、先を促した。
「普通、私達のような異種族の姿を見たら驚くのよ。その耳は本物ですか!? とか、種族は何ですか!? とかね。けれどそんな質問はされなかったし、『狼女さんはやっぱり美しいですね』とだけ言われたわ。しかも感極まったように、私達を見て泣きそうになりながら」
イザベルが自身の赤毛の尾を触りながら教えてくれた、その様子を思い浮かべる。すると、胸がずきずきと痛み出した。
そんな風になるほど、菊花ちゃんは恋のかたちを知りたくてが、好きなんだ。
もし自分が逆の立場だったら? と考えてしまい、さくらは何だか悪者になった気分を味わう。
「学園内にも初めて足を踏み入れたはずなのに、表情は懐かしそうに見えたのもあるんですよ。勘違いかな? って思ったんですけど、正解でしたねぇ」
続けてフィオナが透き通る青い羽をゆっくりと動かしながら、ティーカップをテーブルへ置いた。
「だったらさ、直接聞けばいいよ! 菊花は何がしたいの? って!」
すると、クレスがフルーツサンドを平らげ、ぽんと手を叩いて笑った。
「それしか、ないよね」
まずは彼女の目的を知る事。それが済まなければ、動きようもないのはわかる。
けれど、さくらは聞きたくないとも思ってしまい、言い淀んだ。
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