第7話 一大事

 菊花の声が頭の中をぐるぐると回り続ける。それが顔にも出ていたようで、アリアからとても心配された。

 何があったのか話せたら楽になれただろう。けれど、アリアにこれ以上心配させまいと、さくらは口をつぐんだ。


 とにかく、アゼツに相談してからみんなに伝えようと決め、無理やり眠った。


 ***


「ごめん、授業サボらせちゃって……」

「ボクはボクの意思でサボったので、いいんです。それよりさくら、ここで話したい事って何ですか?」


 食堂で朝食を済ませ、他のみんなにはあとで説明すると言い、アゼツを願いの木まで連れ出した。

 学園から配布されているタブレット、そして私物の通信機器からでも連絡はできたのだが、動揺しすぎて忘れていた。


 直接話に行けたら良いのだが、性別が違う寮には入れない。これは魔法によるもので、忍び込む事は不可能。誰かいる時間は話せない内容でもあったので、授業中を狙ったのもある。

 なので、同じクラスのリオンとラウルには、さくらは少し疲れが溜まっただけなので遅れて出席すると、伝言を頼んでおいた。


「あのね、驚かないでね?」


 アゼツの人間としての生活も始まったばかり。なので邪魔したくはないが、今は緊急事態。だから自分の次の言葉を待つ彼へ、手短に話す。


「乙女ゲーの、恋のかたちを知りたくてを知ってる子がいた」

「…………どどど、どういう事ですかっ!?」

「しーーっ!!」


 一瞬きょとんしたアゼツだったが、金の目をまん丸にして叫び出す。だからさくらは慌てて彼の口を両手で押さえた。幸い庭師もおらず、誰からの注目も浴びていない。


「……す、すみません」

「驚くなってほうが無理だよね……」


 落ち着いた頃合いでアゼツを解放すれば、しょんぼりした顔をしていた。だから責めているわけではないのが伝わるように、首を振る。


「知っているのは、誰ですか?」

「私のクラスに転入してきた、菊花ちゃん」

「あの人が……。さくらはどうやってその事を知ったのですか?」

「昨日の夜、話があるからって言われて、そこでタイトルを言われたんだ。恋のかたちを知りたくてって知ってる? って。それだけじゃなくて、ゲームのタイトル画面の映像もあったんだよね。どう答えればいいかわかんなかったから、乙女ゲーって多すぎてすぐに思い出せないって誤魔化しちゃったけど……」


 眉間のしわが深くなるアゼツと共に、自分の気持ちが沈んでいく。急だったとはいえ、もっと気の利いた言い訳ができればと後悔する。

 すると、アゼツが口を開いた。


「……ゲームを知っていたからこそ、さくらに声をかけたのでしょう。ゲームの主要キャラと仲がいいので、ヒロインだと気付かれたのでは? けど、クリアした人はいませんから、全部を知っているわけではないはずです。どこまで覚えて……、ん?」

「どうしたの?」


 真剣に話すアゼツの真っ白な髪が風に吹かれれば、彼は首を捻った。


「知っていて、初日にさくらの席に座りたいって言ってきた、って事ですよね?」

「え……」


 菊花が転入してきた日、リオンとラウルが寮で男の子達にその時の話をしたようで、彼女の印象が少しばかり悪くなっている。だからこそ、そんな事を言い出したのだと思えるのだが、さくらの中にも疑問が生まれた。


 アゼツの言う通りだ。

 菊花ちゃんは知ってたんだ。

 あの席は、ヒロイン用の席。

 ……そっか。そういう事だったんだ!


「わかった!!」

「さすがはさくらですね! 何がわかったんですか?」


 自分のひらめきに思わず口角が上がる。

 そして、対面に立つアゼツの目も期待で輝いている。

 だからこそ、迷いなく言葉にする。


「菊花ちゃん、ヒロインになりたいんだよ!」

「なるほど! それならさくらは譲りますか?」

「へ?」

「ヒロインになりたいという理由があるのなら、現ヒロインのさくらと交代したいのではないですか?」

「交代……」


 さも当たり前のようにアゼツが言い放つので、さくらは呆気に取られた。

 けれど僅かに遅れて、胸がずきりと痛んだ。


「あ、でもここは現実ですから、無理な話ですけどね」

「そう、だよね……。ってか、交代も何も、私はヒロインじゃないし」

「そうですね。さくらはさくらです! だからきっぱり言ってしまえば……って、あー……」


 さくらにいつも通り笑いかけていたアゼツが、急に困り顔になった。


「どうしたの?」

「えーっとですね、さくらにも説明していましたよね? 世界が融合した時、神様が記憶を消したはずだって。元々、さくらがどのルートでクリアしても、消す事は決定していたんですけどね。それなのに覚えているのは、強い想いがある人、なんでしょうけれど……。想いの力が奇跡を起こすのは、ボク達で実証済みです。その影響を受けない程の強さだと考えると、厄介な相手、ですよね……」


 強い想い……。

 菊花ちゃん、よっぽど思い入れがあるって事だよね?

 でもあの乙女ゲーって、10年以上前に発売されて人気も無かったのに、どこで知ったんだろう?


 アゼツが考え込むように、あごに手を当てている。それに釣られてさくらも同じ格好になれば、カチチッと葉音がした。

 太陽の光を浴びて、願いの木全体がさらに青く輝いている。硬い葉の隙間を埋める桜が、ひらりと舞う。


「製作者さんだったら、わかるんだけど……」


 ゲームのキャラクターだった彼らに魂が宿ったのは、製作者の強い想いと未練がきっかけ。けれど、菊花はさくらと同じ高校2年生。製作者でない事は明白。

 しかし、花びらに頬を撫でられ、ある事が頭をよぎった。


「あのさ、製作者さんの名前って知ってる?」

「えっ? 知らないですよ」

「じゃあさ、家族構成とかは?」

「わからないです。それが何か?」

「もしかして菊花ちゃん、製作者さんの子供だったりして、なんて」


 製作者の家族なら知っているかもしれないが、だとしても強い想いを抱く理由がわからない。

 それでもなんとか無い知恵を振り絞れば、アゼツが青ざめた。


「ボクは、ボクは何故それを調べなかったのでしょうか! 他の事を必死で勉強していて、ゲームの事を詳しく知ろうとしませんでした! ごめんなさい!!」

「アゼツは悪くないから! それにほら、人間界の事でしょ、勉強してたのって。だからこうしてすぐに今の生活に馴染めたんだし」


 勢いよく頭を下げたアゼツの肩を無理やり押し上げ、さくらは目を合わせて励ます。


「確かにそうですけど……」

「神竜だったアゼツが普通に人間の生活ができるなんて凄いんだよ! どんな風に勉強してたの?」

「あ、それはですね、映像からなんですよ。やっぱり見聞きするのって大切ですよね……、はっ!」

「今度はどうしたの!?」


 さくらの言葉にはにかんでいたアゼツが、得意げな顔で説明し出す。しかしすぐにまた青ざめた。


「お、思い出しちゃって……」

「何を?」

「人間が好きなものを知りたかっただけなんです。それなのに……」


 いったい何を見ちゃったんだろう……。


 小刻みに震え始めたアゼツの肩を撫でつつも、彼の言葉の続きを待つ。


「どうして人間は怖いものも好きなんですかね!? さくらも好きですか? 好きじゃないって言って下さい!!」

「ちょっ、ちょっと落ち着いて!」


 金の瞳に涙を浮かべ、アゼツが迫ってくる。彼は混乱するとこうして暴走するのは、ゲーム内でもあった。それは怖い事が起きていた時だったと、さくらは思い出した。


「おばけなんて、大っ嫌いです!!!」


 両手を組み、天を仰いでアゼツが叫ぶ。きっと神様に訴えているに違いない。

 曲がりなりにも神様見習いだった者の発言とは思えず、力が抜けそうになる。


 いつかまた神様になりたいのかなって思ってたけど、無理そうだね……。


 迷える魂を導く役目は今の彼には出来ないだろうと、内心苦笑する。

 そんなさくらの心に合わせて、願いの木がカチチッと葉音を立て、笑ったように思えた。

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