第5話 元想い人達
菊花が転入してきてから、1週間程が過ぎた。
さくらは少しずつ、新たな歴史を覚え始めている。
他の教科は今までと変わりなく、それだけは救いだ。魔法についての授業もあるが、さくらに適性はなく断念せざるを得なかった。
そして何より、ゲーム内で寮の自室は1人部屋だったが、現実の世界ではアリアと同室。
さくらに異変があった場合すぐに対応できるようにと、アデレード先生の計らいから特別に部屋を準備してもらえていた。
さくらは夕食を済ませたあと、女子寮の談話室で、元攻略キャラの元想い人の女の子達と雑談を続けていた。
とても広いドーム状の部屋の壁は赤いバラのように染められ、大昔の貴族が座りそうなアンティーク調のソファも同様の色合い。
そのソファに囲まれた長方形の木製のテーブルは磨き上げられ、光沢を放つ。そこには赤いチューリップが飾られていた。
そして他の女生徒もまばらにいる中、さくらは小さな声に切り替えた。
「前はさ、白うさぎ姿のアゼツと一緒だったから寂しくなかったけど、今度はアリアと一緒の部屋になれるなんて、いまだに嬉しすぎる!」
「ふふっ。さくらちゃん、何回もそう言ってくれありがとう」
「いっそ、私の部屋もくっつけてくれたらよかったのに」
隣に座るアリアは、肩につく長さのバターブロンドの髪をハーフアップにしている。先端は緩く巻かれ、それをふわりと揺らしながら微笑んでいる。
そして、薄緑色の大きな瞳が同じように笑うさくらを映し出す。
そこへ、前方に座るイザベルが不服そうな声を挟む。それを態度に表すように、燃えるような赤毛の長い髪から伸びる大きな耳をぴくりと動かし、立派な尾をぱさりとソファに打ち付けた。
さらに、山吹色の瞳が半分まぶたに隠されている。
「それはさすがにやりすぎですからねぇ。でもイザベル先輩は同学年だからそういう希望を出せますけど、わたしだってさくら先輩と同室がいいですよ!」
「まぁまぁ。皆さんの気持ちはわかりますが、人間同士の方がわかる事もあります。なので、諦めて下さいね」
春の空を連想させる淡い水色のポニーテールを揺らし、同色の大きな瞳をさらに見開き、イザベルの隣に座るフィオナが怒ったような声を出す。いつものおっとりとした話し方が崩れ、背中の透き通る青いアゲハ蝶のような羽を動かし続けている。
すると、さくらの身体に手を当て、魔法を使い診察していたアデレード先生がはっきりと言い切った。
「今のところ、変化はありません。痛みや怠さを少しでも感じたら、私へ連絡を。何度も言いますが、前と同じように魔法は施し済みですからね」
「はい。ありがとうございます」
さくらの背に立つアデレード先生を見上げれば、紫銀の長い髪を耳へ掛け、眼鏡の奥にある黒い瞳を細めて微笑まれる。
年齢は200歳を超えているそうだが、見た目は20代だ。
服装は魔女らしい黒のロングワンピースを着ているが、同じ長さの同色のローブで隠されている。
そして彼女が言う前とは、ゲームでの事。
さくらとアデレード先生は、マントを留める青い木のブローチを使い通信していた。アデレード先生と仲良くなると解禁される設定なのだが、現実の世界でもそれを使えるようにしてくれている。
それだけ、アデレード先生含む女の子達もさくらを心配してくれているのは、わかっているつもりだ。
「部屋にはアリアもいるし、あたし達もそばにいるし、何かあっても大丈夫!」
「何かなんてないのが1番だけれどね」
「みんなで願ったんだもの。さくらはもうずっと大丈夫」
左側のソファに座る上級生達も、励ましの言葉をいつもくれる。
ナタリーは、耳の横で結ばれたパステルピンクのツインテールが揺れる程、胸を叩く。瞳は髪色よりも濃く、透き通ったいちごのアメ玉のようだ。
微笑みが少しばかり曇ったジェシカが、肩下までのシルバーグレーの髪をうしろへ払い、呟く。髪色よりも薄い瞳はいつも青みががって見える。それが微かに揺れていた。
そんな2人へ、ダコタが自身の濃い茶色のお下げを触りながらも、力強く言い切った。
彼女の瞳は髪と同色だが、きらきらと輝いて見えた。
この3人は上級生だが、敬語はいらないと言ってくれる。1年生のフィオナだけは敬語の方が話しやすいようなので、さくら・アリア・イザベルのみ普通に話しかけている。
「心配してくれてありがとう、みんな。でもダコタが言ったように、みんなが私を助けてくれたんだから、絶対に大丈夫!」
みんなにだけ聞こえるようにさくらが声を出せば、イザベルの耳がぴくぴくと動いた。
「さくらを探している子がいるみたいだけれど……」
「えっ?」
イザベルは狼女なので、とても耳が良い。この談話室内の会話なら、本当に小さな声でない限り、全て拾う事ができる。
その彼女が指差す先へ顔を向ければ、菊花の姿が目に入った。
「菊花ちゃーん!」
「あっ! さくらちゃんようやく見付けた!」
さくらは立ち上がり、アデレード先生の向こう側を覗き込むように大きく手を振る。
すると他の人と話していた菊花が弾かれたように顔を上げ、すぐに駆けてきた。
「何かあった?」
「部屋に行ったらいなくて、いろんな所探しちゃった」
まだこの広い学園に慣れてないはずなのに、急用かな?
そこまで必死に探させてしまった事を申し訳なく思いながらも、口を開いた菊花の言葉を待つ。
「あのね、さくらちゃんが良ければ、その、2人だけで話したいんだけれど……」
よほど言いにくい事なのだろう。みんなの顔色をちらちらと窺う菊花に苦笑しながら、さくらは助け舟を出した。
「そうだ! 私もね、菊花ちゃんと話したい事があったんだ!」
「えっ!? そうなの?」
驚いた顔をされたが、菊花はすぐに笑顔になってさくらの横へ移動した。
「じゃあ――」
「……さくらちゃん!」
菊花がさくらの手を引き、アリアの前を通り過ぎる。その瞬間、彼女に名前を呼ばれた。
「あ……のね、あんまり、遅くならないでね? なるべく早く、戻ってきてね」
「うん! みんなに心配かけちゃうし、終わったらすぐ戻るね!」
みんなの意見も聞けばよかった。
困惑していそうな顔をしたアリアが、つっかえながらも言い切った。急にこの場を離れる事になって驚かせてしまったようだ。ナタリー以外のみんなが、どこかぎこちない表情でじっとこちらを見つめてくる。
だからさくらは安心させるように、必要以上に元気に答え、手を振る。
「さくらちゃんの事は任せて下さいね」
菊花も何かを察したのか、柔らかな笑みでみんなに言葉を残した。
そしてさくらにも微笑み、手を握り直して歩き出した。
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