第4話 転入生

 巨大な門をくぐれば、ゴシック様式の建物が目の前に広がった。

 空間魔法で敷地を広げていると言っていたけれど、だからこそ異様な大きさで学園は存在していて。

 でも、とてもよく知っている姿だったから、思わず声を出して笑いそうになった。


 昨日案内してくれた子達は全員、攻略キャラの想い人達だった。

 わたしがヒロインだったら、ここに来たのは攻略キャラ達だったのだろう。


 ヴァンパイアのリオンの想い人で、人間のアリア。

 狼男のラウルの想い人で、狼女のイザベル。

 天使のクレスの想い人で、妖精のフィオナ。

 悪魔のキールの想い人で、魔女のアデレード先生。

 人間のノワールの場合は少し違うけれど、彼に想いを寄せ、特にそばを離れない人間のナタリー、ジェシカ、ダコタだった。


 やっぱりわたしが見ていた夢は、夢じゃなかった。

 そうじゃなかったらこんな偶然、あるはずがない。


 だからとても、心が震えた。

 ここから先を、わたしは全て知っているから。


 それなのに、夢とは違う事があった。


 青く透き通ったガラスのように輝く願いの木は小高い丘にあるはずなのに、門をくぐってすぐの芝生に存在していて。

 そして願いの木に攻略キャラとの永遠の絆を繋ぐために捧げるつぼみの結晶も、もらえなかった。


 あと1番驚いたのが、願いの木が桜の花を咲かせていた事。

 アデレード先生曰く、願いを叶え続けるように年中咲き続けているとの事だった。


 ゲームの設定なら、それはヒロインの願いが叶った証拠。

 どのルートでクリアしたかわからないけれど、アデレード先生がいたからバッドエンドは回避したみたいね。


 それなのに、みんな学年が上がっていない。絶対に1年間は学園生活を送らないと、願いの木に花を咲かせてクリアできないのに。

 ここに、何か秘密がありそう。


 だから、この学園にまだヒロインは絶対にいる。ここは現実。クリアしても続きがある。探し出して、どのエンドでクリアしたのか聞き出さないと。


 もしいなかった場合は、攻略キャラ達に聞けばいい。

 仲も深められるし、次のヒロインになれるはず。


 だってわたしなら、完璧に攻略できるから。


 だから待っててね。

 わたしが助けてあげるから。

 攻略されていないのは誰かな。

 友情エンドでクリアしていたらいいな。

 もし誰かと結ばれていても、逆ハーレムの要素はない。だから、残りの4人の中から選べる。

 でも、わたしが1番助けたいのは――。



「さぁ、入りましょう」


 いつの間にか自分のクラスへ辿り着いており、担任の女性から声をかけられた。

 そして目線を上にずらせば、どくんと心臓が跳ねる。


 2ーA……。

 やっぱり、運命としか思えない。


 夢で見ていたクラスに、思わず身震いする。


「緊張するでしょうが、みんな良い子達ばかりですから大丈夫ですよ」


 勘違いされたようだがそれを訂正するのも面倒で、頷くに留める。

 そして開かれた扉をくぐり、窓側の1番うしろの席を素早く確認する。

 するとヒロインが座るべき所に、髪の短い小柄で可憐な少女が座っていた。


 ***


「わぁ……。すっごい美人だ」


 何故かさくらは転入生と目が合った気がしたが、それは両隣の格好良すぎる男の子の存在のせいだと気付く。

 それぐらい、リオンとラウルを見て、儚げな少女の目が見開かれたからだ。

 そんな彼女は、さくらが乙女ゲームのアバター作成で選んだ長い髪をそのまま写し出したような豊かな黒髪だ。今の自分は短い髪のため、羨ましさが込み上げてくる。


「さくらは可愛いですよ」

「なっ、何言ってるの!?」


 急に右隣のリオンから囁かれ、さくらは顔が赤くなるのを感じながら、小声で反応する。


「わざわざそれを言うは必要ないだろ?」

「そっ、そうだよ!」

「そうだ。そんな当たり前の事を言う必要はない」

「ラウルまで何言ってるの!?」


 左隣のラウルが表情を変えずにそう言い切り、さくらはさすがに慌てた。


 ゲーム内で私がどんな倒れ方したのかわかんないけど、やっぱりみんなちょっとおかしい。


 気遣いが大げさすぎやしないかと、さくらは戸惑う事しかできない。

 しかし、先生が電子黒板に転入生の名前を書き終え、教壇で彼女の挨拶が始まった。だから急いでそちらに集中する。


黄野こうの菊花きっかです。よろしくお願いします」


 静かに、それでも泉の波紋のように、綺麗な声が教室に広がる。


 大和撫子って言葉は、黄野さんのためにあるみたい。


 混じり気のない濡れたような黒髪が、彼女の肌をより白く浮き上がらせる。

 気の弱そうに伏せられていた真っ黒な目が、それでも真っ直ぐに前を向く。その姿は凛としていて、惚れ惚れする。


 すらりとした体を包むのは、さくらと同じ制服。


 白シャツに、ワインレッドベースの白とピンクのストライプのネクタイを締め、カーキ色のニットを着ている。

 スカートはグレーの無地で、そこから覗く足を黒タイツが包む。

 そして内側がワインレッドの黒のローブを羽織り、前を留める葉や幹まで真っ青な願いの木のブローチが胸元に輝く。


 同じ制服を着てるはずなのにぴしっとして見えるのは、きっと姿勢もいいからだ。


 さくらが見惚れていれば、担任の先生が話し出す。


「ご両親がメリフォルトへ長期滞在するとの事で、関係のあるこの学園にどうしても預けたいと転入してきたのですよ。皆さん、交流を深めて下さいね。それでは席ですが――」


 現実世界と乙女ゲーの世界が融合した時に現れた国の名前だ……。

 

 ゲーム内でラビリント学園は、メリフォルト国に存在していた。現在は太平洋に位置している。

 異文化を誰もが学べ、交流できるように、ラビリント学園が日本へ場所を移したのだ。

 そして、魔法や異種族に憧れる人は後を絶たない。だからこそ、メリフォルト国に移住する条件は厳しい。旅行ですら、順番待ち状態だそうだ。

 自分もいつか行ってみたいと考えるさくらの耳に、気になる言葉が届いた。


「あの、わたし、あの席がいいです」


 先生の声を遮り、転入生がおずおずと口を開く。

 けれど彼女が指差したのは、さくらの席だった。


「どうして、でしょうか?」

「あの、こんなにたくさんのクラスメイトの視線を感じるのが、恥ずかしくてっ! うしろなら、いいかなって……」


 眉を下げ頬を染めて懇願する姿は、先程とは打って変わって、とても可愛い。

 確かにこの学園は、様々な種族が共に生活する場でもあり、クラスの人数は100人近い。

 それに、学園内やメリフォルトでしか他種族の本当の姿は見れない。通常、外にいる時は他の国の人々を驚かせないよう、人間に変身している。

 だから圧倒されているんだなと、さくらは考えた。


「あの席は落合さんの席ですから、それなら……、さらにうしろに席を作りましょうか?」

「本当ですか!? ありがとうございますっ!」


 一生懸命に頭を下げる姿が微笑ましく、思わず声がもれる。


「可愛いね、黄野さん」

「……そうか?」

「最初から、しかもさくらの席を指定してくるのはどうかと……」


 さくらの言葉に、ラウルとリオンが低い声で答える。

 その間に先生が魔法を唱え、さくら達のうしろへ席を出現させた。


「わからない事があれば、前の子達に聞いて下さいね」

「はいっ!」


 嬉しそうに微笑み頷くと、彼女はこちらに急ぎ足で移動する。そしてリオンの横を通り過ぎようとした時、倒れそうになった。


「きゃっ!」

「……大丈夫、ですか?」

「あっ、ありがとうございます!」


 間近にいるのに自身の手を使わず、わざわざ影を出してリオンが彼女を助ける。

 それに驚いた様子もなく、彼女は頬を染め、お礼を言い続けていた。


「大丈夫ですか? 特に怪我が無いようでしたら、席について下さい」


 見た目と違って、可愛すぎる!


 先生の声を聞きながら、綺麗なのに可愛い行動ばかりする彼女に内心で悶える。

 そしてうしろに座った彼女が、こそっと話しかけてきた。


「これからよろしくね。えっと……」

「よろしくね! 私は落合さくら。さくらはひらがなだよ。好きに呼んでね!」

「……そうなんだ。さくらちゃん、ね。私も名前で呼んでほしいな」

「いいの? それじゃ菊花ちゃんって呼ぶね!」

「嬉しいな。まだ知らない事がたくさんあるから、一緒に過ごしてもいい?」

「もちろん!」


 にっこりと微笑む菊花と言葉を交わし、さくらも笑みを返す。

 新たな出会いに心を弾ませたさくらだったが、先生に注意され前を向く。


 すっごく良い子!

 また友達が増えたのも、嬉しい!


 にこにこしたままのさくらへ、リオンが顔を寄せ囁く。


「さくらはまだ病み上がりですから、なるべく私達だけと一緒に過ごして下さいね」

「えっ? でもさ、菊花ちゃんも――」

「歴史でボロが出たらまずいだろ。それにな、さっき転んだのはわざとだ」

「はぁっ!?」


 わざと転ぶ人なんているわけないでしょ!?


 リオンの言葉に賛同したラウルが意味のわからない事を告げてきて、さくらは怒りから大声を出してしまった。


「落合さん、先程から騒ぎすぎですよ!」

「す、すみません……」


 先生に注意されうなだれれば、後方から菊花のくすりと笑う声が聞こえた。


 初日から恥ずかしいところ見られちゃった……。


 ラウルの言葉を急いで頭から追いやる。

 そして友達になったばかりの菊花に良いところを見せるべく、さくらは気持ちを切り替えた。

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