第2話 元攻略キャラ達

 教室に音もなく闇が生まれ、人の形へと変わっていく。

 それが地面へ足をつければ、制服に身を包む、端正な顔立ちの純血のヴァンパイアが姿を現す。

 このリオン・マクニールは元攻略キャラの1人。


 さらりとした黒髪は首元まであり、長めの前髪からは、不思議な光を宿した切れ長の緋色の瞳が覗く。

 この光は純血の証で、輝きを強めれば人間を無差別に惹き付ける。しかしリオンはその力を使う事なく、血も飲まない。代わりに造血剤を飲み、食事は人間と一緒。

 そんな、心優しきヴァンパイアだ。


 声はどこか色気があるが、穏やかな彼の性格から、落ち着いたものに感じる。

 きっと、今のさくらにとって救世主のような存在だから、そう思えているのもあるだろう。

 そして影を生み出したり、それを使って移動したりと、彼特有の力もある。普通に歩けばいいものを、こうして急いでさくらの元まで来てくれる、過保護な部分もある。


「疲れた時は甘いものですよね。はい、口を開けて下さい」

「や、そこまではいいから」

「どうして? ここは甘えるところ――」

「ちょっと、近すぎますから。離れて下さい」


 リオンと他の元攻略キャラは頑張っているさくらへ差し入れをと、食堂に行ってくれた。そこから持ってきてくれたであろう、板チョコのかけらが乗せられたクッキーを小さなバスケットから取り出し、さくらの口へ運ぶ。

 元攻略キャラだけあって、格好良すぎる。そんなリオンとの距離が近いからか、心臓がドキドキしてきた。

 けれど、さくらはそれを無視しながら、やりすぎだと首を振る。

 だからか、アゼツが自分の意思を汲んだように、彼を睨みつけた。


「お前、先に行くなよ!」

「ラウル?」


 苛立ちを隠す事なく、目付きの鋭い元攻略キャラのラウル・リーベックが、ドスドスと足音を響かせながら教室の中へ入ってきた。


「俺からも差し入れだ。ほら、女用でいちご味で、元気が出るぞ」

「これ……、もしかして、プロテイン?」


 身体能力の高い狼男だからか、身体作りのために食事、主に肉へのこだわりがある人でもあった。

 しかし、『現実の世界にはもっと良いものがあった』と、プロテインも愛用し始めたのだ。そんな事をしなくとも、彼の身体は十分に鍛えられている。

 だからか、他の元攻略キャラも高身長なのに、それよりも更に背が高い。


「ラウル、それはあなたの好みでしょう? もう少し、さくらの事を考えてあげて下さい」

「あぁっ!? 俺らを置いて先に戻った奴にとやかく言われたくねーぞ!!」

「ちょっと! 喧嘩するなら違う場所へ行って下さい!!」


 呆れた眼差しをリオンが向ければ、ラウルが低い声で吼える。けれど、頬まである銀髪は少しだけはね気味で、それと共に垂れ耳が揺れ、勇ましさを打ち消す。前髪の隙間から見える蒼眼はいまだにリオンを睨みつけ、立派な銀の尾が逆立っているように見える。

 そんな2人はサクラの同級生で一緒のクラス。しかし、アゼツが追い出そうと押し始めた。

 

「どっちの差し入れも嬉しいから! ありがとうね!」

「ねーー! 一緒にって言ったじゃん!!」

「さくらとこうして過ごせる時間はかけがえのないものだが、少しは落ち着け」


 事態の収拾を急ぎ、さくらが止めに入れば、大きな声が響く。

 そちらへ目を向ければ、元攻略キャラの下級生の双子、クレス・ハイダウェイが天使の輪を輝かせ、キール・ハイダウェイが冷静に彼を諌めていた。


「あぁ……。もう、これじゃ勉強どころじゃないです……」


 アゼツがぶつぶつと呟けば、こちらに駆けてきたクレスが、その口に何かを放り込んだ。


「わっ! おいひいれす!」

「アゼツも疲れたでしょ? これ美味しいよね!」


 きらきらと目を輝かせ、アゼツが棒付きのアメを頬張る。

 アゼツもクレスもゲーム内では食事を必要としなかった。しかし現実の世界に来てから食べられるようになり、その共通点からか、2人は仲が良い。


 クレスは天使で、頭の上に輪もあり、立派な白い翼もある。しかし少しだけ幼い容姿は、悪魔のように見える。それは彼のとても長い髪が深い藍色で、大きめの瞳がすみれ色をしているせいだろう。


 一方、キールは悪魔で、頭には白い羊の角が生え、立派な黒い翼が存在している。双子だから顔立ちはそっくりだが、彼の髪はプラチナブロンドで、目の色は碧。だからか、こちらが天使のように見える。


 双子なので声も似ているが、クレスは明るく、キールは若干それより落ち着いたものに聞こえる。


「さくら、今日はもう休め」

「うーん。でも、テストに備えておくべきだとも思うし……」

「それならアデレードが配慮すると言っていた」


 キールが元想い人の学園長であるアデレード先生を呼び捨てにする。これはゲームの頃と同じなので、ここにいるみんなはそれについて何も言わない。

 そこへ、穏やかな声が加わる。


「現実の世界でもさくらは頑張るんだね。でもね、また目の前で倒れられたらと思うと、僕らは怖いんだ」


 気怠げに教室の扉をゆっくりとくぐり、心配そうな顔をした上級生のノワール・スピネルがこちらへ近付いてくる。


 彼が言っているのは、プレイ中に現実の世界のさくらが生死を彷徨い、ゲーム内のアバターがまったく無反応になった時の話だ。

 そのせいで、こうして病気が治った今でもみんながそばを離れず、それでいてもの凄く大切にしてくれているのが伝わる。

 若干、行き過ぎな気もしているが、それを伝えるのはみんなの厚意を無碍にするものであるため、さくらもある程度は受け入れている。


「だからね、頑張ったさくらへご褒美をあげる。うんと甘やかしてあげるから、おいで?」

「それはご褒美ではありません」


 両手を広げて微笑むノワールへ、リオンが不機嫌そうに声を低め、対峙した。


「君には関係ないんだけれど?」


 ゲーム内でも何かと対立しがちだったが、ノワールは特に気にする素振りもなく、笑い声をもらしている。


 穏やかな雰囲気に似合う優しげな瞳は琥珀色で、襟足までの長さの髪はゆるい巻毛だ。それを、赤みの強いストロベリーブロンドが染め上げる。


 そんな彼は隠しキャラに位置しており、通常なら1度目では攻略すらできない存在だったのだが、最後だからと攻略可能になった人間でもある。

 そして厄介なのが、女性に好かれるという設定。それを現実の世界でも発揮しており、彼を慕う女生徒が後を絶たない。


「さくらにそういったものは必要ありません。あなたは他の女生徒と戯れていて下さい」

「みんなね、さくらと過す時間を優先していいって言ってくれているんだよ? だからこうしてここにいるのに」

「特別な感情がないのなら、やめていただきたい」

「特別? それがあれば、いいんだね?」

「そういうわけでは……」


 楽しそうに笑うノワールへ、リオンがだんだんと小さくなる声で対応している。

 さくらはそんな彼らを眺めながら、大切な事を思い出していた。

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