第1話 変貌した世界

 私、落合おちあいさくら!

 乙女ゲーが大好きな高校2年生の17歳。この前無事にね、誕生日を迎えられたんだ!


 子供の頃からずっと入院してて、小さくて痩せ気味で髪も短い。だから男の子みたいに見えるかもだけど、ちゃんと女の子です!

 あっ! 日本人だから黒目黒髪だよ。


 今はね、私の病気がようやく治って、学園生活を始められるようになったの。しかもね、寮生活なんだ!

 これまでは全部、病室からWEB上で授業を受けてて――。



「さくら!! 今、絶対に違う事を考えていましたよね!?」

「ほら、私って乙女ゲーの元ヒロインだったでしょ? だからヒロインっぽい挨拶ってこんな感じかなぁって――」

「い・ま・は、新しい歴史に集中して下さい!!」

「覚えなきゃいけないのはわかってるよ? でもさ、これを一気には無理でしょ……」


 他の人がいない自分の教室で膨大な量の歴史を目の前にし、現実逃避をしていた。

 そんなさくらへ、アゼツの喝が飛んでくる。


 さくらが在籍しているラビリント学園は、元々現実の世界に存在していなかった。その理由はこの学園が、『恋のかたちを知りたくて』という乙女ゲームの舞台だから。


 もう10年以上前に発売されていたのだが、17歳のさくらは未プレイ。詳細を知ったのは手術する数日前。

 現在の日本では生きる気力を起こさせるために、術中、ゲームの世界へ飛び込める。

 それを選んでいる時、担当看護師の美咲みさきが情報を教えてくれた。

 

 驚くべき事に、肝心の攻略キャラ全員に想い人がいる設定。その結果、人気がなく、最後までクリアした人がいなかった。


『何のために作られたかわからない乙女ゲーム』


 と言われていた事も知り、さくらは何のために生まれてきたかわからない自分と重ね、この乙女ゲームを選んだ。


 そしてクリアされなかった事により、攻略キャラに魂が宿ってしまった事を、さくらは術中に知る。


 ゲームの世界じゃ翼の生えた可愛い白うさぎだったのに、現実の世界じゃ口うるさい弟になってしまったなんて……。


 さくらはひとりっ子だったので、急に姉の心持ちにはなれず、見た目だけは可愛らしいアゼツを眺める。


 魂が宿っていたのは攻略キャラだけではなく、物語の進行をサポートするナビもだった。しかしアゼツは神様となる試練のために、さくらと攻略キャラに生きる希望を与え、願いを叶える奇跡の後押しをする存在だった。


 そして最後にさくらが願った事。

 それが『この世界で生きている大好きなみんなと、これからもずっと一緒に生きていきたい』というもの。だからこそ、さくらが最後のヒロインとなり、現実の世界と乙女ゲームの世界が融合した。


 その結果、この乙女ゲームの存在は人々の記憶から消えたはずだと、アゼツが教えてくれた。

 もし仮に記憶のある人がいるのなら、それだけ強い想いを抱いていた人だろうとも言われている。


 しかし、さくらは融合前の歴史しか覚えておらず、融合後の歴史をこうしてアゼツに叩き込まれている。不思議な事に元ゲームのキャラはどちらの歴史の記憶もあり、それだけはさくらにとって不服だった。


 そして、ナビのアゼツは白うさぎから、さくらとは血の繋がらない弟になった。彼の両親は亡くなっており、さくらの父の大切な友人でもあった。だからこそ落合家へ託された子として、今に至る。


「大丈夫。さくらが覚えるまで、ずっと付き合いますから!」


 夕日の中で真っ白な髪を暖かな色で染め、アゼツが微笑む。


 さくらは高校2年生だが、アゼツは1年生。だからか、男の子にしては背が低く、顔も中性的で幼い。大きな瞳は金色で、髪型はナビの時の名残か、両サイドだけうさぎの耳が垂れたように長い。

 そんな可愛らしい姿に似合う高めの声だが、さくらの目には今だけ鬼として映っている。


「あのさ、無理だから。今日中に変わっちゃった歴史を全部覚えるのは無理。私は人間だもん」

「ボクも今は人間です!」

「そうだけどさ、誰かの居場所がわかったり、瞬間移動ができたりって、ずるくない?」

「ずるいって……。さくら、違う方向に話を持っていっちゃだめです! さぁ、さっきの続きを覚えますよ!!」


 アゼツは人間になったはずなのに、特殊な力がある。それはナビの時の機能を引き継いでいるようだったが、さくらは普通の人間のままだ。乙女ゲームのヒロインの設定も特に何もない人だったので、それは当然の結果で。

 そして現実の世界でも不思議な力がある人達も認められている世界と変わり、この日本以外の全ての国でも、超能力や魔法が認識されている。


「うっ……。とりあえず、できるとこまでで、お願いします」

「任せて下さい! それじゃ――」

「さくらはまだ病み上がりですから、そろそろ休憩した方がいいですよ?」

「リオン!」


 絶望の中、それでも覚えなければ今後に関わる。だからさくらはやる気を無理やり奮い立たせ、アゼツへ返事をした。

 その瞬間、救いを差し伸べてくれる人物が教室に戻ってきてくれた事により、思わず弾んだ声でその名を呼んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る