第5話「行ってきます」

 俺達は普段使っていない物置小屋にお邪魔する事になった。

 床で寝るつもりだったのだが、ガキ共が気を利かせ、俺達全員分のベッドを用意してくれていたようだ。


 ベル達はまだ入浴中のようで、戻ってきていない。

 ベッドに倒れ込み、天井のシミなんかを数えてみる。


「色々と考えさせられる一日だったな」


 ここに残れば命の危険に晒されることはない。だから姉さんは、ささやかだけど幸せになれる。大丈夫だと思っていた。

 でも、生き残っているからこそ辛いものがあるのだろう。


「……そんなのは、分かり切っていた事じゃねぇか」


 前にモルガンに言われたな。お前は冷めているって。


”どうせ自分だけ生き残った事を後ろめたく感じてるだけでしょう”


 その通りだ。俺は後ろめたく感じていた。だから捻くれた人間になった。

 なのに、姉さんは大丈夫だと決めつけてしまっていた。

 次々と兄弟が亡くなった報告を聞いて、平気でいられるわけがない。 


 あの冒険者達にお礼を言いたいがために、がむしゃらになっていた頃ならいざ知らず、ベル達と出会ってからは心に大分余裕があったはずだ。

 周りを見ているようで、俺もまだまだガキだな。

 仕送りだけじゃなくて、たまには手紙でも寄越すようにするか。


 などと人がセンチメンタルになっていると、ドタドタと足音が聞こえて来た。


「ちょっと、クー、待ちなさい!」


「クーちゃん。ダメだってば!」


 バタンとドアを開け広げられた。

 髪をちゃんと乾かしていないから、水滴をボタボタ零している。

 ここの主マザークレアに見つかったら説教ものだぞ。


「アンちゃーん」


 言うが早いか、俺のベッドにクーが飛び込んできた。ヘッドスライディングで。


「ぐふっ」


 受け身を取る間もなく、俺の腹に頭からダイブしてきたクーをモロに受け、思わず変な声が出た。


「アンちゃん。あのね」


「おう、どうした」


 クーがマウントポジションを取ったついでに、髪から水滴をボタボタと俺の腹に零してくる。

 仕方が無いので上半身を勢いよく起こし、バランスを崩したクーの頭を両腕で掴み、ヘッドロックをかける。

 悪い子にはお仕置きが必要だからな。手を上げるのはあまり得意ではないが。


「あああああああ。アンちゃんごめん。ごめんなさい。出ちゃうから、脳ミソ飛び出ちゃうから!」


「反省したか? もうしないと約束するか?」


「する! クーもうしないって約束する」


「よし。もうするなよ」


「うん!」


 解放され、クーは頭を抑えうんうん唸っている。

 約束はしたものの、どうせ数日すれば忘れる。いつものパターンだ。


「それで、何の用だ?」


 やっと追いついたベル達も部屋に入って来た。

 だが、俺が用件を尋ねると、ベルとモルガンは顔を背ける。

 なるほど。ロクでもない事か。


「明日はクーがアンちゃんとお風呂に入る!」


 予想通りロクでもない提案だった。


「ダメだ」


「なんで?」


「大人なので男女一緒にお風呂に入るのはダメだって前に言っただろ」


「でも、アンちゃんはカトリーヌちゃんと一緒に入ってたじゃん!」


 ……ハッ?


「えっ?」


「クー『聞き耳』スキルでちゃんと聞いてたよ!」


 コイツいつの間に『聞き耳』スキル覚えてたんだよ!?

 そういえば、洞窟とかに入る時いつも俺の真似をして壁とかに耳を当てていたな。


「モルガンちゃんがね。声が聞こえるからって言うから、クーが聞いておしゃべりしてる内容教えてあげた!」


「ほう。モルガンがか」


 人の話を盗み聞きするなんて悪い子だな。

 悪い子には、当然お仕置きが必要だ。


「ちょ、ちょっと、アンリ。私は何か聞こえるねって言っただけで、ちょっと痛い痛いってば!」


「それならクーをはたいて止めるべきだったんじゃないかな?」


 追加で力を入れてみる。


「だって、ベルが鼻息荒くして『アンリさん大人になっちゃうんですか』とか言うから、気になるのは仕方ないでしょ!」


 ほうほう。逆ギレな上に仲間を売るとは悪い奴だ。

 ギリギリと力を入れつつ、俺はベルを見た。笑顔で。


「違うんです」


 ベルは涙目になりながら尻尾を内股に挟むが、逃げるそぶりは見せない。

 悪い事をしたという自覚はあるようだ。そこは評価しよう。

 だが、罰は罰だ。悪い子には罰を与えないとな。


 モルガンを解放し、両腕を上げながらベルに近づいていく。


「ヒ、イ、イヤアアアアアアア」


 もう少しという所で、乱暴にドアが開け広げられた。


「何を騒いでいるんじゃこのバカタレ共が!!!!」 


 そこに居たのは背の低い老婆、この教会の主マザークレアだ。

 どうやら少々はしゃぎ過ぎたようで、怒鳴り込んできた。

 

 

 ☆ ☆ ☆



「いい年して恥ずかしくないんか!」


 顔を真っ赤にしたマザークレアに怒鳴られ、その場で全員が正座をさせられた。

 開け広げられたドアの隙間から、ガキ共がこちらを覗いてクスクスと笑ってみている。


「そんだけ元気が有り余ってるなら、明日はさぞかし農作業を頑張ってくれるんだろうね」


「……はい」


 その後、しばし説教をしてからマザークレアが軽くため息を吐いた。


「それと、叱っておいてなんだけど、そこのお嬢ちゃんに頼みがあるわ」


「私、ですか?」


 指名されたモルガンは、ちょっと困った顔をしている。

 聖堂の掃除を倍にでもされるのだろうか。


「あんたが目の見えない子を治してくれたって聞いてね」


 目を治したのか、それは初耳だ。多分『完全回復』を使ったのだろう。


「都合の良い話なんだけど、他の子達も治してもらえないかね」


 マザークレアが申し訳なさそうな顔をして、モルガンに頭を下げた。

 ここには俺が居た10年前と変わらずガキが多い。


 かつてはモンスター災害で親を失った孤児ばかりだったが、今は何らかの障害をかかえた子供が多い。

 労働力にもならず、人買いに売る事も出来ないガキが次々と捨てられていくからだ。


 そんなガキ共が大人になった所で、働き口が見つかるわけが無い。

 マザークレアはそんなガキ共の将来を心配して、すがる思いで来たのかもしれない。

 だったら、騒いでいる事を大目に見てくれても良いんじゃないかと思わなくはないが。


「良いですが、条件が2つあります」


「なんだい? 言っとくけど、うちは貧乏だよ」


「お代は良いです。まずは治療ですが『完全回復』は1日に1回しか使えませんので、1日1人ずつになります」


「あぁ、それは構わないよ。もう一つの条件はなんだい?」


「……試験の合格をください」


「おい」


 その条件の出し方は流石にどうかと思う。

 思わずモルガンの肩を掴むが、パシっと手を叩かれた。


「アンリは黙ってて、私はマザークレアと話しているの」


「あぁ、そんな事かい。構わないよ」


「良いのか?」


「試験内容と合否については、全て任せると言われてるからね」


「分かりました。それでは明日から治療します」


 その後、モルガンはちゃっかり聖堂の掃除免除を貰っていた。

 本人曰く。疲れると魔力の回復が遅くなるから、だそうだ。  



 ☆ ☆ ☆



 数日が経った。

 モルガンで治せるガキは全て終わり、無事試験は合格になった。

 姉さんやガキ共、それとマザークレアがわざわざ見送りに来ている。


「あっくん。次の試験会場だけど」


「分かってるよ。どうせベルかクーやモルガンの家なんだろ?」


「凄い。良く分かったね!」


「まぁな」


 試験の目的は、多分家族からの了承を取ってこいという事なのだろう。

 危険な土地だから、今一度大切な人と話をして、それでも行く覚悟があるか。

 多分そんな目的なんだろうな。


「あっくん。忘れ物はない?」


「あぁ、そうだ。行く前に忘れてた事があった」


 そっと、姉さんを抱きしめる。


「俺、絶対にまた戻ってくるから」


「うん。ちゃんと戻ってこないとお姉ちゃん怒るからね」


「あぁ」


 頭を少しだけ撫でる。ガキ共の冷やかしについては、今度来た時にお仕置きしてやろう。

 

「それじゃあ、行ってきます」


「行ってらっしゃい。気を付けるのよ」


 次の目的地は、ベルの家か。

 俺達はベルの集落へ向かって歩き始めた。



 ☆ ☆ ☆



-カトリーヌ視点-



「行っちゃったな」


 マザークレアが子供たちの手を引いて教会に戻る。

 私はあっくんが見えなくなるまで見送った。

 

「姉ちゃん!」


「あら、マー君。どうしたの?」


 皆戻ったと思ったのに、マー君はまだ居たんだ。

 お姉ちゃん気づかなかった。


「あの冒険者さんたち、また来るかな?」


「そうね。でもすぐには来ないと思うよ」


 そういうと、ちょっとだけ胸がチクリと痛んだ。


「そっか。じゃあ俺大きくなったら冒険者になって、目を治してくれてありがとうって、お礼を言いに行くよ!」


”大きくなったら冒険者達にお礼を言いに行きたい”


 昔のあっくんを思い出して、少しだけ笑ってしまう。


「じゃあ、頑張らないとね」


「うん」

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