第4話「振り返ったらダメだからね」

 夕暮れ時になり、やっと作業が一段落付いた。

 荒れた地面を耕しながら、邪魔な岩を退かしたり、時には粉砕したりして、農作物を植えるには十分な土地を確保出来たと思う。


「疲れた……」


「ボクもです……」


 普段から冒険者をやっているのだから、体力には自信があった。

 だというのに、終わってみればこのザマだ。

 普段使っていない筋肉を使ったからだろう。疲れが体に重くのしかかる。


 その場で座り込む俺の隣で、ベルも同じように腰を下ろた。こっちはガキ共の面倒を見ていた気疲れだろう。

 引っ込み思案な性格なせいで、完全にガキ共のおもちゃにされていた。


「クー姉ちゃん、遊ぼう!」


「うん、良いよ。何して遊ぶ?」


 そんな俺達とは対照的に、クーはまだまだ元気いっぱいのようだ。

 ガキ共と一緒に走り回って遊んでいる。

 

「若いって良いなぁ」


 クーを眺めながらそう呟くと、後ろから声をかけられた。


「あなたよりクーのが年上よ」


「……そうだったな」


 声の主はモルガンだ。

 ツッコミに覇気がないな。いつもならここで俺の頭をはたきながら言うのだが。


 見るとモルガンは肩を落とし、全身で疲れましたアピールをしている。

 服が所々汚れ、髪が乱れている。

 聖堂自体はそこまで広いわけじゃないが、中に飾ってある像を磨けばそれなりの重労働になる。

 加えて天然会話を繰り広げる姉さんの相手をしながらだ。心身ともにさぞ疲れただろう。


「そろそろ夕食だから、子供たちを呼んでくるようって言われたわ」


「そうか、ガキ共の世話はベルの仕事だったな。任せた」


「うぅ……」


 恨めしそうな呻き声を上げながら、ベルは立ち上がりクー達の元へ歩いていく。

 全く、手伝ってと言えば良いものを。

 呼びに行ったベルだが、早速ガキ共のおもちゃにされている。

 スカートをめくられ……ふむ、白か。


「アンリ?」


「違うぞ。俺は見ようとしたわけじゃないぞ」 


 偶然だ。たまたま目に入っただけだからな。

 ベルは顔を真っ赤にしながら叱るが、ガキ共は手を叩いて喜ぶだけだ。


「やーいやーい。パンツー丸見え」


「……なぁ、俺の『鑑定』してる時って、周りからはアレをしてるように見えるのか?」


「ええ、そうね」


 安物でも良いから、メガネを買おう。

 俺は心に決めた。



 ☆ ☆ ☆



 賑やかな夕食も済ませ、今日の疲れを取るために湯あみをしている時だった。

 唐突に部屋のドアが開く音がした。


 振り返ると、一糸まとわぬ姉さんが立っていた。

 別に驚く事は無い。姉さんの事だ、どうせ俺が入っている事に気付かず入って来たに違いない。


「悪いがまだ俺が入ってるぞ」


「うん。あっくんの背中を流しに来たから大丈夫だよ」


「そうか。出てってくれ」


「こうやってあっくんの背中を流すのは、いつぶりだろうね」


 俺の言葉を無視して、姉さんは桶に入ると俺の背中を布でゴシゴシと洗い始めた。

 ったく。


「それで、何か言いたいことがあるんだろ?」


「あれ~、分かっちゃった?」


「分かるさ」


 血は繋がっていなくとも、姉弟なのだから。

 どれだけ会話が噛み合っていなくても、こちらが本気で拒絶をすれば姉さんはちゃんと引いてくれる。

 それでも引かずに強引に来るときは、真剣に話を聞いて欲しい時だ。


「りっくん、たーちゃん、セツ兄の事、あっくんは覚えてる?」


「あぁ、覚えてるさ。兄さんには、イタズラをしたら死ぬほど殴られたから特にな」


 兄さんの好きな女の子の前でズボンを下げたら、パンツごと下がってしまい烈火のごとくキレられたんだよな。

 そんな他愛もない昔話に、姉さんがクスっと笑う。


「皆ね、死んじゃったんだ」


「そうか」


 初耳だが、驚く事ではない。

 ここ孤児院にはいつまでも残れない。だけど出たところで職にありつける奴はそうそう居ない。

 だから、大抵が冒険者や娼婦になる。そんな職に就いていれば、命の危険は一つや二つでは済まない。


 姉さんの場合は僧侶系の適性があったから、シスターとして雇われる形で残っているだけだ。


「お姉ちゃん、あっくんには死んでほしくないの。ううん、もちろん誰にも死んでほしくはないよ」


「分かってるさ」


「だから、あっくんはもう冒険者なんてやめて、お姉ちゃんとここで住まない?」


「……」


「姉弟と言っても血は繋がってないんだから、あっくんはお姉ちゃんと結婚して、ここで幸せに過ごすの」


 背中に柔らかい感触を覚えた。

 俺の首に腕を絡ませ、後ろから姉さんが俺を抱きしめた。

 

「それともあっくんは、お姉ちゃんとは、嫌?」


 息を吐きながら、艶めかしい声色で問いかけて来る。

 このまま振り返り押し倒せば、姉さんは悦んで俺に体をゆだねてくれるだろう。

 

「姉さん、ごめん。俺はどうしてもあの冒険者達にお礼を言いたいんだ」


「あっくんの仕送りが無いとね、ここの子供たちが飢えちゃうかもしれないんだよ。それでも?」


 ずるい言い方だ。

 俺が理不尽な目に遭うガキを見るのが苦手だと知っているくせに。


「大丈夫だ。死ぬつもりなんて無いから仕送りが無くなる事は無い」


「そっか。それなら仕方ないね」


 姉さんの身体が、俺から離れた。


「あっくん。背中洗ってあげるからじっとしててね」


「あぁ」


「振り返ったらダメだからね」


「あぁ」


 小刻みに震える姉さんが落ち着くまで、俺はじっとしていた。

 背中に時折落ちて来る水滴はきっと、湯気が滴となって落ちてきたものだろう。

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