第6話「実はボク、冒険者になってから夢が出来たんだ」

「それで、お前の家族はそいつらで全員か?」


「お父さんが、居る」


「そうか、じゃあそいつも連れて来い」


「お父さんは動かないから、無理」


 動かない? 動けないじゃなくてか?

 老衰だろうか? それとも……


「一応確認しておきたい。案内してくれ」


「う、うん」


 ラルを先頭に、俺達は案内されるまま奥へと進んでいった。

 辺り一面木ばかりで同じような景色にしか見えないが、ラルとブラックゴールドウルフ達はスイスイと進んでいく。

 迷ったりしていないか、少し不安だ。


「ベル。お前はこの辺りの道は分かるか?」


「ん? 分からないよ?」


 大丈夫か一気に不安になった。


「あっ、でもボクは獣人だから、匂いである程度道は分かるから大丈夫だよ」


 どうやら匂いで道は何となくわかるらしい。

 それなら安心だ。


「ついた」


 歩いたのは1時間くらいだろうか。

 先を歩くラルがピタッと足を止めた。

 

「あれが、お前のお父さんか」


「うん」


 そこに居たのは、いや、あったのは風化し骨となったウルフ系の亡骸だった。

 何となく予想はついていたから驚かない。


 出ていくのをごねたのは、新しい場所を探すのが大変だからではなく、ここに父親が眠っているからなのだろう。

 俺は亡骸の前にしゃがみ込むと、そっと手を合わせた。ベル達も隣に来て、同じように手を合わせている。


「ラル。ここには集落の人間が入り込まないように話をつけてやる。だから人間を襲うのは辞めろ。良いな?」


「はい」


「お前らもだぞ?」


「アォン!」



 ★ ★ ★



「というわけなんで、雑木林の問題も解決しました」


「は、はぁ」


 ラルとブラックゴールドウルフを連れて集落に戻って来た。

 長をはじめ、集落の人達の反応は冷ややかだ。

 ラル達のせいでひもじい思いをして、ケガをした人までいる位だ。当然か。


「ラル、ケガをした人も居るんだ。ちゃんと集落の人達に謝れ」


「ご、ごめんなさい」


「きゅ~ん」


 頭を下げるラル。

 その後ろで、仰向けになって腹を見せるブラックゴールドウルフ達。

 多分、反省の気持ちを見せているつもりなんだろう。


 そんな彼女たちを一瞥して、長は俺に話しかける。

 

「そのお嬢さんは、ここら辺の子ではないのかね?」


「見たところ、顔に奴隷紋のようなものがある。他の国の出身だろうな」


 この国では、奴隷は基本禁止されている。なので他の国だろう。

 本人にどこから来たか聞いても「あっち」と方角を指さすだけで、生まれた地名をどこか聞いても分からない様子だった。

 なので他の国出身程度しか分からない。


「コイツが可哀そうだから、許してくれとは言わない。せめて雑木林に住むことは許してやって欲しい。頼む」


 なおも頭を下げ続けるラルの隣で、俺も頭を下げた。


「アンリ君。頭を上げてくれ」


 そう言ったのは、ベルの父親だった。


「ですが……」


「もしこの子が雑木林に居座らなくても、水が無ければ、いずれここは干上がっていたんだ。居座ったおかげで集落は何とか持ち直せるようになったんだ」


「それは結果論だ」


 それに、アンタはそのせいで娘(ベル)を家から出て行かせる事になった。

 こうやって頭を下げておいてなんだが、アンタは許せるのか?


「結果論だが、俺達は助けられたんだ。娘だって無事だった。俺はそれでチャラで良いと思っている」 


 ベルの父親がそう言って周りを見ると、他の人も頷いて返す。

 不満そうな顔をして納得しては居ないのだろうが、そうする他無いといった様子だ。


「ベル。お前はそれで良いのか?」


「ボク? 別に構わないよ?」


「そうか」


 本人たちがそれで良いと言うのなら、これ以上俺が言う事は何もない。

 まだ集落の人とラルの間に遺恨は残るが、どうなるかは今後のラル次第だ。



 ★ ★ ★



 ベルの家に泊めてもらった。翌朝。

 旅に戻る俺達を、集落の出口までラルとベルの両親が見送りに来てくれた。


「リーダー、ここを出ていくの?」


「あぁ。俺が居ないからと言って悪さをするなよ。もし何かあれば」


「しない! リーダーがいない間は、ラル達が守る!」


 そうは言うが、やはり心配だ。

 一応俺が居なくなっても、暴れたら他の人間が来ると脅しておいたが、どうなるやら。

 争う理由はもう無いから、大丈夫だとは思うが。

 

「それと、ベル」


「ん?」


「お前はここに残れ」


「えっ?」


 ベルの表情が固まった。


「集落はこれから豊かになっていくはずだ。それなら、お前が冒険者をする必要もないだろ」


 彼女は食い扶持に困り、家を追い出されたのだ。

 決して愛情が無かったわけではない。むしろ獣人族は家族間の繋がりを特に大事にする種族だ。

 だから彼女を追い出さざる得なかった父親も母親も、本当は身が裂ける思いだったはず。


 食い物の問題が解決したのだから、彼女が家に戻っても問題はない。

 むしろ、戻る方が自然な流れだと思う。


「アンリさん。実はボク、冒険者になってから夢が出来たんだ」


「夢?」


「うん。娼婦になるくらいしかない弱虫なボクを、とある冒険者さんは教官になって、ボクが冒険者になる手助けをしてくれたんだ」


「おい、それって」


 もしかしなくても、俺の事だ。


「その、とある冒険者がね。子供の頃、冒険者に助けられたんだって。その人は助けてくれた冒険者にお礼を言いたいけど、その冒険者が居る場所に行くのは難しいんだって」


「……」


「だから、ボクはその冒険者のお手伝いをしてあげたいんだ。それが今のボクの夢なんだ」


「しかし」


 気持ちはありがたいが、俺としてはベルには家族と幸せに暮らして欲しいと思っている。

 そもそも、組んでくれる相手が居なかったのだから教官をやっただけで、助けられたのはお互い様だ。

 ベルが俺に恩があるというのなら、俺だってベルに恩がある。

 

「アンリ君。不甲斐ない父親の私が言うのも何だが、娘をお願いできませんか?」


「アンリ。ここまで言われて貴方断るつもりじゃないでしょうね?」


「ベルちゃんが一緒の方が楽しい!」


 ため息が出た。

 これでは俺がワガママを言っているみたいだ。


「分かった。その代わり後で泣き言を言っても知らないからな」


「うん!」


 ベルが嬉しそうに頷くと、それに合わせておさげが揺れた。

 全く。


「ありがとな」


 ボソッと、小声で呟いた。


「うん? 何か言った?」


「なんでもない。ほら、行くぞ」


 歩き出した俺の後ろを、ベル達が追いかけるように付いてくる。

 次の街へ向かって、俺達は歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る