第8話「私ね、貴方を見ていると、凄くムカツクの」

 洞窟から出ると、馬車が用意されていた。

 村娘とミーシャを乗せると、そのままパッパカ走っていった。

 2人の状態をある程度予想されていたのだろう。産気づいた時のための護衛の冒険者と御者ぎょしゃは女性だ。

 

 これから教会に向かい、腹の中のゴブリンの処置がされるのだろう。

 処置の方法は残酷だ。ゴブリンを自然分娩させその場で殺す。たまに精神が壊れ、ゴブリンを自分の子供と思い込み暴れる者も居ると聞く。

 ゴブリンの子を産んだという心の傷を、一生背負いながら生きていかなければならないのだ。


 ちなみに孕まされるのは何も女だけではない。男も孕まされることがある。

 男が孕まされた場合は厄介だ。なんせ子供を産む機能が男には無い。なので腹を食い破られるのを待つか、一か八かで本人ごと串刺しにして中のゴブリンを殺すしか方法が無い。

 そもそも、なんで男相手でも孕ませられるんだよと思うが。


 多分洞窟にあった冒険者の死体は、孕まされて腹を食い破られて死んだ後に、ゴブリン共の餌にされたのだろう。

  


 ★ ★ ★



 街に戻ると既に深夜だ。冒険者ギルドはもう閉まっているだろう。

 報告は明日の朝でも構わないはず。今日は色々と疲れた。


 体からはゴブリンの臭いがする。俺は気にしないが、ベル達は気になっていると思う。

 ベル達はお互いの臭いを気にして、出来るだけ近づかないようにしているようだ。


 もう一度街の外に出て、川で水浴びをするのは、流石に疲れているし厳しいな。

 川辺にもモンスターが出る事だってあるし、水中では俺の『気配感知』スキルでも気が付かない場合がある。

 この時間に空いてる所となると割高になるが、宿を取るか。


 顔をしかめた店主に少し多めに宿代を払うと、「ちゃんと体を洗ってからベッドに入ってくださいよ」と釘を刺された。

 返事をして、俺は自分の部屋で体を洗った。


 湯あみを終え、着替えてもう寝ようとした時だった。

 トントンと戸の叩かれる音がした。


「開いてるぞ」


「不用心ですよ」


 入ってきたのはモルガンだった。ラフな格好をしているのを見ると、湯あみを終えた後なのだろう。髪がしっとりと濡れ、頬がほんのり赤らんでいる。

 こんな時間に何の用だろうか?


「今、良いかしら?」


「別に構わないぞ。2人は?」


「仲良く体を洗ったら、すぐに寝ちゃったわ」


「そうか。今日は大変だったからな」


 立ち話もなんだから、まぁ座れとベッドに促す。


「変なことしないでよ」


「するかよ」


「洞窟では女の人の裸に釘付けだったじゃない?」


「ゴブリンに孕まされた腹を見たんだ。場合によっては移動中に生まれるかもしれないからな」


「そういう事にしておいてあげるわ」


 俺の隣に座り、寄り添うようにくっついてくるモルガン。

 くっついた肌からは、女性特有の体の柔らかさを感じる。

 ラフな格好なせいで、プルプルと震える胸に、自然と目が行く。


 いかん、仲間をそんな目で見るのは最低だ。

 下手に手を出せば、パーティ決壊を招く可能性だってあるんだ。


「あのね。私、アンリに言いたかったことがあるの」


「お、おう」


 だというのに、俺の胸のドキドキは、最高潮に達している。 


「私ね、貴方を見ていると、凄くムカツクの」


「へっ?」


「不幸を受け入れる冷めた態度が、気にくわないわ」


 睨まれた。

 今までの笑顔はなんだったというくらいに。


「過去が何であれ、諦めたような顔で、不幸なのは仕方がないみたいな態度。やめてもらえる?」


「悪いな。性分なんだ」


「違うわ。どうせ自分だけ生き残った事を後ろめたく感じてるだけでしょう。不幸な事があっても、それは帳尻合わせだなんて思って」


「……」


 何も言い返す気になれなかった。

 多分、彼女の言う通りだ。

 

「何か言い返しなさいよ!」


「何も言い返せないからな」


「そうやって、ドーガ達の事を許すつもり!?」


「あぁ」


「それじゃあ、もし私達がミーシャみたいな目にあっても仕方がないで済ますのね!」


「いや、それはない。俺の不幸は許せても、お前たちを不幸にするなら話は別だ」


 自分に対してならいくらでも許してやる。

 だけど、彼女たちに危害を加えるなら話は別だ。

 

「もしもの時は、命に代えてでも守ってやるから安心しろ」


「そう……それなら良いわ。でも私は、アンリをそんな目に合わせた連中を許さない」


「仲間想いなんだな」


 頭をポンポンと叩く。


「……ッ!」


 むっ、褒めたつもりだが凄く顔をしかめられた。

 今の言い方は悪かったのか?


「ええと」


 謝ろうとした時だった。

 モルガンの唇が、俺の唇に触れた。


「えっ、おい!」


「フンッ!」


 俺の頭をはたき、そのまま肩を怒らせてモルガンは部屋を出て行った。 

 俺はしばらく、ドアを眺めていた。


 自分の唇に触れる。

 今のは、キス、したんだよな?


 ムカツクと言ったり怒ったと思ったらキスをされて、わけが分からない。

 悶々としたまま、寝付けずに朝が来た。


「はぁ……今日はギルドに報告に行ったら、オフにするか」

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