(ざまぁ)第7話「だって、貴女にちゃんと神罰が下りましたからね」

 俺の剣も折れてしまった事だし、生存者を保護して一度戻る方が賢明だな。

 部屋の奥にいる、生存者の元まで歩いていく。  


 先ほどまで悲鳴を上げていたのは、村娘の方だろう。

 裸体を隠そうともせず、俺の元へ這うようにして必死に歩いてくる。 


「た、助けてください」


「安心しろ。冒険者ギルドの依頼で助けに来た」


 マントを投げて寄越した。

 俺も男だ。こんな状況で発情する気がないが、見慣れぬ女性の裸体を見て、冷静で居られるほど女慣れしているわけじゃない。

 出来る限り見ないようにはするが、それでも見えてしまうと気になってしまうのは男のさがだ。なので早くマントで隠すところは隠して欲しい。


 女性は助かった事で安心したのか、マントを羽織り歩こうとした所で気絶した。

 緊張の糸が切れたのだろう。慌てて受け止める。

 

「ベル。悪いが頼めるか?」


「うん。良いよ」


 村娘からは、ゴブリンのすえた臭いがするが、ベルは嫌な一つ顔せず引き受けてくれた。

 ベルはクーに盾を持ってもらい、村娘を背負った。

 

「ねぇ。あの人はどうするの?」


 ベルが心配そうに見つめる先に、全裸で横たわるミーシャが居た。

 村娘と違い、相当の扱いの受けたのだろう。体中至る所が傷だらけだ。

 胸がわずかに上下している所を見ると、生きてはいるようだ。


「勿論助けるさ」


「そう」


 歯切れの悪い返事が返って来た。

 言いたいことは分かる。自分を殺そうとした相手を救うのかと言いたいのだろう。


 俺は気にしていないが、ベル達は気にしているのだろう。


「確かに色々あったが、そのおかげでお前達と会えたんだ」


「うん」


 いまだ納得していない顔をするベルの頭を撫でた。

 そうやって気にかけて貰えるだけで、俺としては満足だ。


「モルガン、悪いが手を貸してくれるか?」 


 とはいえ、あれだけ傷だらけだと、俺一人の上級回復魔法(エクスヒーリング)でも時間がかかりそうだ。

 モルガンにも手伝ってもらう必要があるな。


「いやです」


 キッパリと断られた。


「これは仕事だ」


「それでも嫌だと言ったら、どうしますか?」


「頼むよ」


 自分で言うのもなんだが、情けない声が出た。

 俺がどれだけ強く言っても、動いてくれない。モルガンからはそんな強い意志を感じたから。


「はぁ。分かりました」


 しぶしぶと言った様子で了承をしてくれた。

 ミーシャに近づくが、俺達に気づく様子が無い。


「あいつら……地獄に落ちろ……殺して……やる」


 ブツブツと、呪いのような言葉を吐き続けている。

 

「おい、大丈夫か」


「ヒッ……アンタは?」


 揺さぶって声をかけると、一瞬だけ小さな悲鳴を上げた。


「冒険者だ。助けに来た」


「な、なぁあいつらは? あいつらはどうなった?」


 アイツらというのは、ドーガ達の事だろう。

 ドーガ達が言うには、彼女が囮役を買って出たと言っていたが。


「あぁ、あんたのおかげで無事脱出できた」


「な、なにが、私のおかげだ。あい、つは、私を、囮にしたんだ」


 やっぱりか。


「あんな、やつら。地獄に落ちれば、いいんだ」


「はい。その通りだと思います」


 モルガンがミーシャの隣に座り、彼女の手を取り、笑顔を向けた。

 治療の光が、ミーシャを包む。


「ハハハ。そうだ。あいつらには神罰が下るんだ! なぁ、そうだろ?」


「ええ、勿論です。だって」


 モルガンはミーシャのお腹を優しく撫でた。


「だって、貴女にちゃんと神罰が下りましたからね」


「えっ……?」


「だってほら、お腹にはゴブリンの子供が居ますよ。動いてるのが分かりますか?」


 人間と違い、ゴブリンは妊娠から出産まで一週間程度しかかからない。

 なので、3日間しか捕まっていない彼女だが、お腹は妊婦のように膨らんでいた。


「イ、イヤァァァァァァ!!! ウソッ! うそよ!」


 つんざくような悲鳴を上げ、ミーシャが青ざめる。

 モルガンはなおも地母神のような笑みで、ミーシャのお腹を優しく撫で続ける。


「この方覚えていますか? 貴女が殺そうとしたアンリですよ」


 ミーシャは俺の顔を見てやっと気づいたようだ。

 あの夜、ナイフを投げた相手だと。


「違う。私はこいつがパーティの資産を盗み、悪行を重ねてるから何とかして欲しいと頼まれたんだ!」


「アンリは、神に誓ってその様な事をする方ではありません」


 よくもまぁ、スラスラと言えるものだ。神を信じてないと言っていたくせに。

 いや、だからこんなことを平気で言えるのかもしれないが。


「騙されたんだ。私はドーガ達に騙されただけなんだ!」


 騙された程度で殺されそうになる、こっちの身にもなってくれ。

 助け舟を出すか悩んだが、もう少し見守る事にしよう。


「あらあら。貴女、無罪だったのですか?」


「そう! 私は無罪だ! 悪いのはドーガ達なんだ!」


「そうですか。それではドーガ達には神罰が下りませんね。だって悪い事をしていない貴女がこのような目に遭うという事は、神様はちゃんと見ていないという事になりますから」


 無茶苦茶な理論のすり替えだ。聞いてて苦笑するレベルの。

 正常な判断が出来る状態なら、モルガンの言葉は鼻で笑われるものだろう。

 だが、ミーシャは正常な判断が出来る状態ではなかった。


「どうしました? 罪を認める気にはなりませんか? それではドーガ達には神罰が下りませんが、よろしいのですね?」


 なおも続けるモルガンの言葉に、ミーシャの心は折れてしまったのだろう。


「わ、悪かった! 私が悪かったよ。謝る。謝るから……」


「汝、自らの罪を悔い改めなさい」


 洞窟から出るまでの間。ミーシャは壊れたように「ごめんなさい」を繰り返していた。

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