第6話 取引

 冬二とうじが大堀壮馬を暗殺し一週間が経過した。その間、冬二はごくごく平凡な高校生活を送っていた。変化の乏しい日々の中、唯一、変わったことがあるとするならば、大堀壮馬の死亡があまり報じられなくなってきたということだろう。人の興味は移り変わっていくものだ。やがて、大堀壮馬の死は誰の記憶にも残らなくなる。それは暗殺者である冬二にとって、身をひそめれるありがたいことでもあった。


 しかし平穏というのは、往々おうおうにしてそう長くは続かないのが、この裏社会業界つねだ。


 その日の夜、夕飯を食べ終え片付けも済ませ、あとは寝るだけの冬二のもとに一本の電話が入った。友人からの掛かってくる電話とは違う着信音から、冬二はおおよその予想がついていた。


『冬二、お前に任務だ』


 予想通り、電話の相手は所属組織〈月影〉の代表・コヨウ。


早速さっそく浪江なみえ会〉に動きがあった』

「……早いな。大堀壮馬やつを排除してまだ一週間しか経ってないぞ」


〈浪江会〉とは公安指定暴力団の一つで、数ある暴力団の中でも武闘派。過去には一般市民を巻き込んだこともあり、国や警察が今最も手を焼いている連中だ。


『ああ。近いうち行動するだろうとは思っていたが、まさかこんなにも早いとは予想外だ。最大の資金源を失ったのは、奴らにとって相当痛手だったんだろうよ』


 先週、冬二が暗殺した製薬企業の代表取締役・大堀壮馬は、連中の活動資金の約六割を提供していた一番のスポンサーだった。そんな莫大な資金源が唐突に無くなったことで、連中は彼に代わる資金源を早急に調達しなければいけなくなったのだ。


「だが、動き出したとなれば、法が連中を裁く。法外の〈月影俺たち〉の領分りょうぶんじゃない、っていう話だったはずだが?」

『実際に、だ。事はそう単純じゃない。詳しい話は資料を見ながら説明する。今パソコンを見れるか?』


 冬二は「ああ」と頷くと、机に置いてあるノートパソコンを開く。


「起動した」

『概要ファイルを送った。それを開いてくれ』


 冬二はコヨウに言われた通り送られてきたファイルを開く。最初に目に飛び込んできたのは、ネオン管が光るド派手な建物の画像ファイル。続く二枚目、三枚目は、対象を人物に変え、その建物内へ入っていく様子が捉えられていた。


「これは……」

『とある風俗店なんだが、昨日、この店で資産以上の多額の金の移動があったとの報告を受けた。写真の男が取引に関与していると思われる』


「このタイミングで、か。きな臭いな」

『ああ。さらに男の方を〈月影うち〉で照合した結果、こいつが〈双葉ふたば組〉の組員と判明した』

「〈双葉組〉……?」


 聞いたことのない名前に冬二は首を傾げる。


『表向きはただの建設会社だ。しかしその実、裏では薬物取引や人身売買など、違法取引を請け負う連中だ』


 コヨウが一息ついて続ける。


『さらに〈双葉組〉は〈浪江会〉の傘下組織の疑いがある』


 なるほどな、と冬二は声に出さず頭の中で呟く。

 国は、常に警察にマークされ自由に動けない〈浪江会〉が、傘下の連中に集金を指示し、さらにその金を上納金として〈浪江会〉が徴収したと考えているのだろう。〈浪江会〉は、万が一違法性がバレても〈双葉組〉を切り離すことで、自分たちに被害が出ないようにしている。


『そこで本題だ。冬二、お前にはこの風俗店の監視を頼みたい』

「……は?」


『聞こえなかったか? 監視だよ、監視』

「聞こえてないわけじゃねぇ。……ふざけてんのかコヨウ。俺は〈暗殺者〉だ。監視だなんて、それこそ俺の領分じゃねぇ。嫌疑けんぎがあるなら警察が動けばいいだろ」


『詳しいことは俺にも分からないが、資産以上の金の移動ってだけじゃあ警察が動くには不十分なんだろう。それに、あながちお前に関係ないわけじゃない』

「俺が……?」

『男の手に持ってるものをよく見てみろ』


 冬二は納得しない面持ちで、コヨウに言われた通り写真の男を見る。

 取引の材料を確認しているのか、ジャケットの内ポケットに手を突っ込んでいる。ちらりと先端だけ顔を覗かせているのは、筒状のガラス管。見方を変えれば試験管にも見えるその中は、いかんとも形容しがたい色を放つ流体で満たされていた。


「これは、まさか――⁉」

『人類の進化をうたったオカルト集団――〈教団きょうだん〉が作りだした人体実験の成れの果て。バケモノを生み出す劇薬、通称「アンブロシア」。連中はこれを取引材料に多額の金額を得たと思われる。冬二、魔術師おまえにとって、無視できない代物しろものじゃないのか?』


 冬二の脳裏に過去が蘇り、ズキッと首筋に鋭い痛みがフラッシュバックする。


『冬二、改めてお前に任務を与える。方法は問わない。風俗店と〈双葉組〉の関与を明らかにしろ――』


     ***


 冬二はパソコンに送られてきた概要ファイルをスマホへ送り、写真を眺める。


 どれも場所は六華学園から六駅ほど行った繁華街のさらに奥。キャッチのお兄さんと派手目な女性が行き交う、俗に言う風俗街。時間帯はネオンライトが輝く深夜。


 三枚のうち男を対象に撮られた写真を眺めているうちに、冬二はあることに気が付いた。


「……よりにもよって、この店とはな」


 風俗店の入口。男が周囲を警戒しながら入っていく姿のさらに奥。おそらく盗撮であるため、手振れの影響で不明瞭ふめいりょうだが、そこには六華学園のものと見られる制服を着たが写っていた――……。

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