第5話 通い幼なじみ

 六華学園から自宅アパートへ帰宅し、その日の宿題を終わらせる。その後、晩御飯の準備をする。これが冬二の放課後の決まりきった日課だ。とはいえ、任務のある日は、事前準備があるせいで宿題も晩御飯も用意できないことが多いのだが。


「…………忘れてた」


 今日も帰宅後、小一時間ほど机に向かい宿題を早めに終わらせ、晩御飯を作ろうと台所へ向かった冬二だったが、中身が空っぽの冷蔵庫を見て食材を切らしていたことを思い出した。


 これから食材を買いに行く面倒さに、冬二はついついストックしてあるカップ麺に甘えそうになる。が、邪念を振り払うが如く、首を振った。食生活を心配して、ぷりぷりと怒る幼なじみの姿が脳裏に浮かんだのだ。


「……行くか」


 ため息交じりに呟く。

 無造作に置いてあった財布と自宅の鍵を拾い上げ、玄関へ向かう。ドアノブを回し、扉を開けた時だった。


「きゃっ」

「うぉっ」


 鉢合わせをした二人は、お互いに両肩を飛び上がらせた。扉の前にいたのは、制服姿の〈六華の聖女様〉こと白銀の髪と翠玉色の瞳を持つ少女・信楽しがらきルナだった。

「どうした?」と首を傾げる冬二を、ルナはつま先から頭のてっぺんまで見回した後、ふふんっ、と得意気に胸を張りながら言う。


「我ながらベストタイミングみたいだっ」


 ルナは、その華奢きゃしゃな両腕にげた、パンパンに詰まったレジ袋を揺らした。

 いまだ理解していない冬二に、ルナはむっとした表情を浮かべる。


「相変わらず、トージは察しが悪いなぁ。夕飯っ。作りに来てあげたんだよっ」

「……まじか」

「うんっ。ほら、この前さ。一緒に買い物行ったでしょ? それがちょうどなくなる頃合いかなって」


 胸を張るルナに、冬二は素直に関心する。


「……すげぇな。流石、幼なじみ」

「へへへっ。伊達に付き合いが長いわけじゃないからねっ」


 ルナはそう言うと、「お邪魔します」と家主である冬二を押しのけ、慣れた様子で部屋に入る。そして冬二を振り返り、ぱぁっと満開の笑顔を咲かせた。


「ささっ。早くおいでよ、トージっ」

「……ったく、家主は俺なんだが」


 冬二は苦笑いを浮かべながら、部屋へ戻るのだった。


     ***


「何作るんだ?」

「んーとね、色々迷ったけど、ここはやっぱりトージの好きな物かなって」


 ルナはレジ袋を置いてガサガサと中を漁りつつ、背中越しに冬二へ問いかける。


「トージは何だと思う?」

「そうだな……。無難ぶなんにカレーとか」

「ぶぶーっ、残念。正解は――」


 じゃんっ、と。ルナは口で効果音を表現しつつ、レジ袋から合挽き肉を取り出した。


「ハンバーグだよっ。トージは舌がお子ちゃまだからね」

「子供大人関係なくハンバーグは誰でも好きだろ」

「まぁそうだけどねっ」


 ルナはけらけらと楽しそうに笑いながら、レジ袋の中身をどんどんと台所へ移し積み上げていく。


「何か手伝うか?」

「んー……」


 ルナは制服が汚れないようにエプロンをしつつ、少し考えて言う。


「ご飯は炊いてあるの?」

「一応、今朝の残りがあるな」

「トージはそれで足りるの?」

「ああ。もとから夕飯はあまり食べないからな」

「おっけー。じゃあそうだな――」


 冬二はルナの指示に従いながら、二人で夕飯を準備していく。

 冬二が野菜を切り終えたら、ルナがボウルを用意する。ルナが合挽き肉をこねれば、冬二はフライパンを熱し、余った時間でデミグラスソースを作る。


 他愛のない話で盛り上がりながらも、お互いに何をしようかと手を止めることはない。まさに阿吽の呼吸というものなんだろう。お互いにお互いが、次に何をやって何を求めているのかが、手に取るように分かっていた。


 あっという間に夕飯を作り終えた二人は、お皿に盛りつけリビングのダイニングテーブルへ運ぶ。

 冬二が椅子に座ると、ルナもエプロンを外して向かいに座った。そして二人して両手を合わせて「いただきます」と挨拶。


 冬二がハンバーグを口に運ぶのを、ルナはハラハラした様子で見つめる。


「ど、どうかな……?」

「ん? …………(もぐもぐ)」


 ごくっと飲み込み、素直に感想を告げる。


「相変わらず美味うまい。俺の好きな味だ」

「――――っ」


 ルナは満面の笑みを浮かべ、「やたっ!」と拳を小さく握る。

 しかし、わざわざ学園帰りに寄り道して食材を買ってきて、それも夕飯まで作ってくれたのに、感想がこんな淡泊なものでいいのだろうか。冬二は、ふと、先日見たバラエティ番組を思い出した。


「ンンンッ。あー……」


 わざとらしく咳払い。


「アレだ。肉汁が……口の中で広がって……? その……アレが…………あれして」


 無理だった。

 すらすらと食レポできるのってすげぇんだな、と冬二は改めて実感した。

 そんな冬二を見て、ルナは――


「…………ブフッ」


 たまらずと言った様子で噴き出した。


「あははははっ! なにそれっ。アレがあれしてって、意味わかんないっ」

「――くそっ。こ、こんななら下手な事考えなければよかった」


 ルナはお腹を抱えながら笑い泣きする。そんな様子に、冬二は顔を真っ赤に染めながらハンバーグを食べすすめる。


 一通り笑い終えたルナは、目じりに浮かぶ涙を人差し指で拭いながら、冬二へ向き直って言う。


「はー……。面白かった」

「…………面白がってもらって何よりだ」

「ごめんごめん。でも、トージの気持ちは伝わってきたよ」


 ルナは頬杖しながら、優しく微笑む。


「ありがとう、トージ」


 ルナの顔を直視できず顔をうつむかせたまま、冬二は「ああ」と呟いた。

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