第4話 噂

「それ、たぶん三組の瀬戸せとさん、だな」


 学食のかつ丼を口に含みながら、櫛目くしめ景太けいたが呟いた。

 すでに午前中の授業を終えた冬二とうじは、いつも通り景太とルナの二人と一緒に食堂へ行き、今朝、自動販売機の前で出会った女子生徒が気になってたずねたのだった。

 聞き覚えのない名前に、冬二は首を傾げる。


「知らないか? 瀬戸せとれい。クールですごい美人、しかも学費免除がくひめんじょ特待生とくたいせい。まさに才色兼備さいしょくけんびの女子がいるって、入学初めはかなり話題になったんだけどな」

「ふーん」

「いや、『ふーん』て。お前から聞いてきたんだろ。あ、もしかして……」

「ん?」


 にやにやと嫌味な笑みを浮かべた景太を、冬二はいぶかしむように睨む。


「……なんだよ?」

「お前、瀬戸さんのこと気になってるのか?」

「は?」

「――――ッ、ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」


 二人の会話を静かに聞いていた〈六華の聖女様〉こと信楽しがらきルナが盛大にむせた。


「大丈夫か?」


 冬二がお茶の入った紙コップを差し出すと、ルナは「ありがとう」と苦しそうに言いながらそれを受け取り、ぐいっ、と呷り一気に流し込む。そんなルナの様子に、景太は苦笑いを浮かべながら続けた。


「で? どうなの?」


 その話題続けるのか、と呆れながらも、冬二は最初に抱いた感想を正直に言う。


「はぁ……。まぁ、綺麗な子だとは思った」


 がたがたがたん、と。今度は机が揺れた。衝撃で汁物が波打ち少しこぼれる。

 冬二が「どうしたんだ」と少し呆れ顔で横を向けば、ルナが感情のはっきりしない複雑な表情を浮かべていた。そして生来の白銀の髪を人差し指で、くるくる、といじりながら呟く。


「やっぱりさ、トージは黒髪の子が、……好き、なのかな?」

「……は? どうしてそういう話になる?」

「だ、だって……っ! 綺麗だって……」

「好きかどうかは別として、綺麗だとは思った。こんなところで嘘ついても仕様しようがないだろ」

「――うぐぅっ」


 ルナは変な声を上げながら、しょんぼりと顔をうつむかせた。だらん、と目の前に垂れる繻子しゅすの髪を見つめ、ため息交じりに「黒染めしようかな」と呟く。そんな幼なじみの様子を見た冬二は、顔を見られまいとそっぽを向きながら静かに言う。


「……そのままでいい」

「ぇ?」

「……白と黒のどちらかだったら、俺は白の方が好きだ」


 冬二はそれだけ言うと、静かに学食を食べ始める。


「……? ぇ……――――っっっっ」


 不器用なりの冬二の言い様を理解したルナは、顔を耳まで真っ赤に染めた。にへらっ、と聖女様らしからぬだらしない表情をしたかと思えば、両の頬を自分の手でたたくように挟む。キリッと締まりのある顔で――しかし口元は緩み切ったまま――椅子を引きながら冬二へ身を寄せると、からかうように言った。


「ねぇねぇ、なんてなんて? 私、しっかり聞こえなかったんだっ」

「…………もう言わねぇ」

「えーーーっ。白と黒のどちらかだったら、どっちが好きなんだっけ?」

「聞こえてるじゃねぇかっ。二度と言わねぇっ!」


「けちっ」とルナは頬を膨らまし、冬二は鬱陶うっとうしそうに顔をしかめる。

 そんな二人のやり取りをはたから黙って見ていた景太は、やれやれと力なく笑うと、いたって真剣な表情で口を開く。


「瀬戸さんが綺麗だって言うのは、俺も同じ意見だ。だけど、冬二。あまり瀬戸さんに入れ込まない方が良い」

「入れ込むつもりはないが……。どういう意味だ?」


 冬二は姿勢を正して景太に向き直る。景太は「こういう話を校内でするもんじゃないんだけどな」とことわりを入れて続けた。


「あの人、あんまり良い噂を聞かなくてな」

「……噂?」

「ああ」


 景太はうなずく。そしてちらりとルナへ視線を向けた。


「信楽さんも聞いたことはあるんじゃない?」

「あー……。うん。一応、ね」


 ルナは苦笑いを浮かべる。


「どんなだ?」

「それは……えっと、その…………」


 口にし辛い噂なのか、ルナは言いよどむ。代わりにと景太が身を乗り出し、きょろきょろと周囲を見渡してから声を潜めて言う。


「夜の繁華街で、瀬戸さんの姿を見かけたって」

「……それのどこに問題が?」

「一人じゃなかったんだ。隣には、いかにも所帯持ちって感じのおっさんがいたんだと。それも腕を組んで」


 なるほど、と冬二は理解した。道理でルナが言いにくいわけだ。


「一回だけなら、それが瀬戸さんの父親かもしれないってなったんだけどな。それが何週も続いたんだってさ。しかも毎回男が変わって」

「援助交際ってやつか」


「それだけじゃない。……瀬戸さんが風俗店に出入りしている所も目撃されてる。それが原因で補導されたり、呼び出しくらってたりしてるんだってさ」

「……確かに、お世辞にも良い噂とは言えねぇな」

「だけどテストは毎回上位で成績が良いから、先生たちもそんなに強く言えないみたいだ」

「たちが悪いな」


 ふと、冬二の目に、居心地が悪そうに身じろぎをするルナの姿が映る。


「まぁ、景太の言う通り関わらない方が良さそうだ」


 女子の前でする話題でもないな、と、冬二は適当に話を切り上げるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る