第3話 夜が明けて

『こっちでも大堀壮馬の死亡を確認した』


 冬二が大堀壮馬を暗殺した夜。深夜二時過ぎ、自宅アパートへ帰宅したタイミングを見計らったかのようにスマホへ通話をかけてきたのは、冬二が所属している国の秘匿組織〈月影げつえい〉の代表・コヨウだ。


『後処理は俺の方でしておく。朝には悲運な事故死としてマスコミに報道されているだろうさ』

「頼んだ」


 冬二は靴を脱ぎ捨て、重々しい装備を取り外しながら、少々ぶっきらぼうに言った。


『さて、一番の金づるを失った〈浪江なみえ会〉はどうするのか』

「金が命よりも重いって考えている連中だ。今頃、大慌てだろうな」


『ああ。……傘下の連中をあおるのか、それとも強行手段に出るのか。なんにせよ、近いうちに奴らは何かしらの行動を起こすだろう。

 これまで明確な罪状がなく、捕まえるに捕まえられなかった警察は、奴らを一網打尽にする機会が得られたわけだ』


「……うえは初めからそのつもりだったのか?」

『どうだろうな。どこまで先を見ているのか、俺にも見当はつかない。ただ、確実に言えることは、お国さんは大堀壮馬を相当排除したがっていたってことだ』


 コヨウと通話を繋げながら、冬二は冷蔵庫をあさる。晩御飯をまだ食べていないため腹が減って倒れそうだ。材料があれば何かしら適当な料理を作ろうと思ったのだが、残念ながら冷蔵庫の中には何も残っていなかったので断念した。

 代わりに、台所に置いてあるカップ麺の蓋を開け、お湯を沸かす。


『だがまぁ、これ以上は〈月影おれたち〉の領分りょうぶんじゃない。後は警察の仕事だ』

「ああ」


 コヨウの話を適当に聞き流しながら、冬二は沸いたお湯をカップ麺に注ぐ。蒸気がたちまち上がり、ふわっ、と香ばしい匂いが部屋に充満した。


『……なんだ冬二。お前、これから飯か?』

「そうだ。誰かさんが俺に深夜の仕事を押し付けるから、まだ食ってないんだ」

『あー……。毎度すまないな』

「別にいいさ。俺に仕事が回ってきたってことは、どうせ他の連中が出払っているか、俺にしかできないことなんだろ」

『よく分かってるじゃねーか』


 けらけらと笑うコヨウを余所よそに、冬二は出来上がったラーメンをすする。


『この時間からラーメンか? 不健康になるぞ?』

「……不健康でも、何か食べないと怒るお節介な幼なじみがいるからな」

『はっはっはっ。そうかそうかっ。相変わらず仲良くやってるようで何よりだ』


 その言葉に、冬二は返事をしない。


『何はともあれ、これでお前の任務は終わりだ。ご苦労さん。ゆっくりしてくれ』

「ああ」


 冬二は短く返事をすると、通話を断った。


     ***


 景太に貰ったエナジードリンクの空き缶を捨てに、渡り廊下にある自動販売機まで歩きながら、先生に見つからないようにスマホを操作する。


 コヨウの言っていた通り、今朝のニュース番組では株式会社OHORIの代表取締役である大堀壮馬の死亡が報じられた。『殺害』や『不審死』などの他殺をほのめかす内容はなく、どれもが『不慮の事故死』として報道されていた。大手製薬企業の社長だったため、今頃、そちらの業界関係者の間では衝撃が走っているだろう。


 今ではネットニュースもその話題で持ち切りだ。しかし、六華学園ではその話を全く耳にすることはない。誰もが、最新のドラマの話だったり、有名俳優や女優のゴシップ、ソーシャルゲームに課金した話や、おすすめのコスメの話に夢中だ。


 流石さすが思春期ししゅんき只中ただなかの高校生と言ったところだろうか。


「――ぇ」

「…………」

「――ねぇ」

「………………」

「――ねぇってばっ!」

「うぉっ、と」


 不意に聞こえた苛立ちの含む声に、冬二は、びくっ、と肩を飛び上がらせスマホを落としそうになる。

 なんとか空中でキャッチし、ホッと安堵のため息をつきながら向き直ると、そこには一人の女子生徒が冬二を睨みつけていた。


 不機嫌そうな仏頂面ぶっちょうづらはともかく、綺麗な子だと、冬二は思った。


 つやめく濡羽ぬれば色の長髪と整った顔立ち。きりっとした大きなつり目。ネクタイの色が同じことから同学年のはずだが、一歳も二歳も年上に見える、どこか達観たっかんしているような大人びた雰囲気をかもし出していた。まさに大和撫子やまとなでしこを体現した綺麗な少女。しかし、そんな印象とは裏腹に、両の耳たぶにはキラキラと光るピアス、学園指定のネクタイを緩め、ワイシャツの第二ボタンを外した格好は、まるで問題児のそれだ。


「……えっと、なんか用?」

「どいて。邪魔」

「は?」

「キミの後ろ。あたしも使いたいんだけど」


 そう言って女子生徒は、冬二の後ろへ視線を送る。そこには一台の自動販売機。空き缶を捨てるついでに考え事をしていたら、邪魔になっていたようだった。

 冬二は慌てて横へずれ、「悪い」と謝る。


 そんな冬二を女子生徒は一瞥し、自動販売機で景太に貰ったものと同じエナジードリンクを買うと、身を翻してさっさと教室へ向かっていった。

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