第2話 六華学園

 都内某所にある私立しりつ六華りっか学園。


「ふぁぁああ……あふぅ…………」


 朝のHRが終わり、担任の会津あいず先生が教室を後にした直後、青年・古窯こよう冬二とうじが口を大きく開けてあくびをする。

 そんな冬二の姿を見て「くすくす」と微笑するのは、隣の席に座る幼なじみ・信楽しがらきルナ。


 白雪のような肌と、硝子ガラス細工のような美貌。まさに『月光ルナ』と呼ぶに相応しい、繻子しゅすの輝きを放つ白銀の髪と長い睫毛まつげ。それらに負けじと主張するのは、宝石のようにきらめく翠玉色エメラルドグリーンの大きな瞳。ヒノモトとどこか別の国のハーフである彼女は、まるで創作物のお姫様のような風貌ふうぼうから、〈六華の聖女様〉と呼ばれていた。


「おっきなあくびだ、トージ」

「んあ? ああ、ちょっと寝不足でさ」

「またバイト?」


「ああ」とうなずきつつ机に突っ伏す冬二を、ルナは心配そうに見つめる。

 そんな今にも寝てしまいそうな彼の前に、とんっ、と一本のエナジードリンクが置かれた。


「ほれ、餞別せんべつ


 そう言うのは、冬二の前の席に座る男子生徒であり学園に入ってからの友人・櫛目くしめ景太けいただ。


「え? おい、いいのか? これ結構高いだろ」

「いいさ、気にすんな」

 

 冬二は景太に貰ったエナジードリンクの蓋を開け、眠気を飛ばすように、ぐいっとあおる。そんな姿を見つつ、景太は呆れたように呟く。


「深夜バイトなんて、お前よくやるよな。清掃業者、だっけ?」

「ああ。……不要なゴミの始末」

「ふーん。ってか、何で深夜に清掃なんだろうな?」

「まぁ、本当のゴミっていうのは夜によく出るもんなんだよ」


 景太は「そういうもんか」と不思議そうに呟く。


「その調子なら、数学の宿題やってきてないだろ?」

「…………あ。忘れた」

「だと思ったよ。ほれ、俺のうつすか?」

「おー。さんきゅー」


 そう言って景太は自分のカバンから一冊のノートを取り出して、冬二の前へと置く。それをルナが横からすかさずにかっさらう。


「甘やかしちゃダメだよ、櫛目くん。自己管理できてないトージが悪いんだから」


 ルナはマシュマロのように柔らかそうなその頬をぷくっと膨らます。


「トージもすぐに受け取らないのっ」

「相変わらず厳しいな、ルナ」

「バイトも良いけど、学生の本業は勉強だよ」

「……ごもっともで」


 ルナの正論に、冬二は小さくため息をつく。


「忘れてきた宿題は手伝えないけどね……。バイトなら手伝えるよ?」

「……え?」

「トージのバイトって一人でやってるんでしょ? だからそんなに疲れてるんじゃないの? だから私が手伝ったげるよ」


 翠玉色の瞳でトージを見つめる。割と……いや、結構真剣な表情。どうやらルナは冗談ではなく、本当に手伝うと言ってくれている。「甘やかしちゃダメ」なんじゃないのか、と。冬二はバレないように微笑する。


「ありがとう、ルナ。……けど、このバイト、俺にしかできないからさ」


「なんだそれ」と景太が笑いながら呟き、手伝いを断られたルナは、しゅん、とうつむく。そんな二人へ向けて、冬二は指でお金のサインを作り、あくまで冗談半分のように言う。


「結構時給いいからさ。二人には紹介したくねぇの」

「やっぱりかよ」


 しかし、どうやらその冗談が通用したのは、景太だけのようだった。ルナは依然と顔を曇らせる。


「ご馳走様、景太。缶捨ててくるわ」


 そんなルナから、冬二は逃げるようにして席を立った。


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