第42話 Girl's Side

 思いがけないイベントが2つ連続した。

 1つ目は舞原リンネの転校だった。


 どういう経緯なのか詳しくは知らない。

 転校先は東京にあって、芸能科があることで有名な高校だから、芸能プロダクションの斡旋あっせんがあったことは想像できる。


 しかも、転校が発表されたのは今日。

 リンネが荷物をまとめて去っていく当日なのだ。


 年度の途中で転校しちゃったら留年という扱いにならない?

 単位制だから3年生になって帳尻を合わせるのかな?


 これから消えるライバルの心配をしちゃうくらいには、マミの心も動揺しまくっていた。


「舞原さ〜ん!」


 映研の部長がざめざめと泣いている。

 彼が脚本を書いている上、エース部員を喪失しちゃうわけだから、心中を察するに余りあるというやつだ。


「これでも食って元気を出せよ」


 同情したクラスメイトがアメ玉やチョコレートを机に置くものだから、シュールな光景が完成していく。


 ユウトなら詳しい事情を知っているだろう。


 交際をスタートさせて約1週間。

 遠距離恋愛になるとは考えにくいから、破局ってことかな。


 別れ話を切り出したのはどっちだろう。

 ユウトなのか? リンネなのか?

 芸能人のゴシップネタみたいに盛り上がっていた。


「早瀬くんが捨てられた?」

「いや〜、舞原さんの浮気じゃないかな?」


 外野の意見なんてどうでもいい。

 神様が仕組んだとしか思えないタイミングの良さであり、マミから告白するための条件が整った。


 どうしよう……。

 ユウトがフリーになった当日に告白なんて、軽い女に見られちゃうかな。

 さすがに2、3日開けるべき?


 でもユウトを狙っている女子がマミ以外にいるのも事実。

 同時に複数から告白される、なんて可能性もありそうだから、さっさと立候補しないと手遅れになるかも。


「ねぇねぇ、聞いた? 早瀬くんの件」


 友達に背中を叩かれて肩がびくつく。


「まあ……それとなくは……」

「チャンスだよ! マミからアプローチすれば、きっと恋愛成就だよ!」

「待って、待って。なんで私から告白するのが当たり前みたいな感じになっているの?」

「せっかく舞原さんのスペースが空いたんだよ。大勝利が向こうから転がり込んできたようなものだよ。モタモタしていると手遅れになるって」

「うっ……たしかに……」

「それに早瀬くん、いま落ち込んでいるかもしれないよ。ちょっと相談にのってあげるとか、マミだからこそできる対応もあるでしょう。こんなチャンス、他の女に渡したらダメだって」

「う〜ん……それもそうね」


 ユウトって好きな人いるのかな?

 お試しとはいえリンネと交際したってことは、いないってことだよね?

 いやいや、実際に交際スタートさせてから本当の気持ちに気づくケースもあるだろう。


 中指でズレた眼鏡の位置を直す。


 ダメだ。

 考えてもわからない。

 自分がこんなんだから、地獄の1週間を味わったというのに。


 変わらないと。

 ちゃんとユウトに告白する。

 マミは授業のあいだ、脳内シミュレーションを繰り返した。


『ねぇ、ユウト、ちょっと顔を貸しなさいよ』


 ダメダメ!

 これだと因縁があるみたい。


『ファミレスで軽くお茶でもしない。割引チケットがあるからさ』


 これなら100点。

 ユウトって抹茶まっちゃ系のデザートが好きなのだ。

 そしてファミレスの限定メニューは抹茶シリーズ。


 部活帰りに軽く誘ってみる。

 このシナリオで勝負しよう。


 一度だけ遠くからユウトを観察する機会があった。

 1年生の女子を軽くあしらっており、一皮むけたというか、男らしさが上がったような印象を受けた。


 ユウトは格好いい。

 水谷ショウマの双子だから、とかじゃなくて。

 ユウトしか持ち合わせていない良さを今日のマミなら上手に言語化できる気がした。


 ここまでが思いがけないイベントの1つ目。

 マミの心の準備は2つ目のイベントによって吹っ飛ばされることになる。


 なんとユウトの方から告白してきたのだ。

 しかも部活中、みんなの前という大胆この上ないシチュエーション。


 マミの耳がキーンとなる。

 現実をうまく受け入れられなくて、これはイタズラなのでは? という推理が頭をもたげる。


「え〜と……」


 後輩の1人が小さくガッツポーズしている。

 まだマミが返事する前というのに拍手する子もいる。


 外堀を埋められるとは、このことだ。

 いくらマミが臆病だとしても、ここまでお膳立てされた以上、赤裸々な気持ちを口にしないわけにはいかない。


 ユウトが勇気を出してくれた。

 今度は自分が応える番だろう。


 マミは観念するように首を振ってから、畳に手をついた。


「恋人になるのはいいけれども、私って周りが思っている以上に嫉妬深いわよ。それでもいいのかしら」


 これは精一杯の抵抗。

 嫉妬深いのは本当だから。


 ゆっくりと視線を上げたマミの視界には、想像の100倍くらい眩しいスマイルが飛び込んできた。


「うん、マミなら平気」


 マミとユウトの関係は1つの節目を迎えた。




《作者コメント:2022/02/10》

次回から後日談です。

ユウト視点に戻ります。

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