第43話

 マミのかわいさが急上昇した。

 たとえば外食中。


「あら、やだ、ユウトったら。お口の周りが汚れているわよ」


 ニコニコ笑いながらいてくれるのだ。

 声だって大きいし、周りに人がたくさんいるから、頭がイタタのカップルみたいになっている。


 ずっと昔。

 まだ小学校に通っていたころ、これと似たやり取りがあったが、あの時は恥ずかしいとも何とも思わなかった。

 素直に『サンキュー、マミ』といえた気がする。

 それができない。


「ちょっとマミ、恥ずかしいって。周りに見られている」

「別にいいじゃない。だって恋人でしょう、私たち」


 ありがとう。

 そう伝えるユウトの声はが鳴くレベルで小さい。


 いや、もちろん嬉しい。

 顔の火照ほてりが何よりの証拠。

 きっと、以前までのマミなら、紙ナプキンを押しつけてきて、


『口の周りが汚れているわよ。みっともないから拭きなさい。さあ、早く、10秒以内に』


 といったクールな反応を見せただろう。

 12歳の子どもを世話するお母さんみたいに。

 それが5歳児レベルに低下しちゃった、と感じるのはユウトの思い過ごしだろうか。


「ほら、きれいになった」

「おう……助かる」


 にっこり笑うマミを見ていると心が和む。

 やっぱり彼女が優しいと、無条件で嬉しいものだ。


 でもなぁ……。

 別人とはいわないけれども、付き合う前のマミと明らかに違うんだよなぁ……。


「2人で食べるご飯はおいしいね」

「そうだな」


 マミが幸せそうだから良しとするか、と納得したユウトは、ハンバーグの残りをパクついた。


 しかし、マミの攻勢はファミレスの一件にとどまらなかった。


『ユウトと手をつなぎたいな〜』

『来週のデートの予定、私の方で立てておいたわよ!』

『次の祝日、うちの両親がいないから。腕によりをかけた料理を食べさせてあげる!』


 時には甘えん坊の妹みたいに、時には頼りがいのある姉みたいに、あの手この手でユウトを喜ばせにくるのだ。


 ここまでサービス精神が旺盛おうせいだと、マミらしくない。

 いや、愛されていると実感できるのは嬉しいが、背伸びしていないか心配になる。


 これじゃ毎日がクリスマスかバレンタインのような記念日。

 一方的に尽くされるとアンフェアだし、マミに無理させている原因が自分にあるのだとしたら、さっさと解明したいところ。


「でも、マミって、俺が質問しても教えてくれないだろうし……」


 独り言をつぶやきながら廊下を歩いていたユウトの目に、ショートカットの女の子が映る。

 いつもマミと一緒にいる子だ。

 しかし、現在は1人。


 これはチャンスなのでは?

 そう思ったユウトは女の子の肩をちゃんちょんして空き教室へ連れ込んだ。


「ごめん! マミのことで相談なのだけれども!」

「えっ⁉︎ 私に⁉︎」


 マミの様子がおかしい。

 最近は別人みたいに優しいんだ。

 ユウトは率直な感想を伝えたあと、変化に心当たりはないか質問してみた。


「う〜ん……それはきっとアレだ!」


 女の子はポンと手を鳴らす。


「知っているのか?」

「ほら、マミって勉強熱心でしょう。そして早瀬くんが最初の彼氏でしょう。だから、失敗しないように陰でコソコソ勉強しているんだよ」

「はぁ……勉強?」


 腹落ちしないユウトのために、女の子はWEBサイトを見せてくれた。

『彼氏の心をわしづかみにする17のテクニック』とか『モテる女が普段から心がけていること』というサイトには、手をつなぐ男女の画像と一緒に、小技のような恋愛マニュアルが連綿とつづられている。


『ボディタッチは多めに』

『時にはか弱いアピールも』

『露出度の高い服装はほどほどに』

 といった書き込みにユウトは目を丸くする。


「マミがここの情報を鵜呑うのみにしたり、丸パクリしているとは考えられないけどね。話を聞いている限りだと、参考にはしているんじゃないかな」

「いやいや、俺とマミは幼馴染なんだし、そこまでする必要はないっていうか、かえって違和感ばかり目立たないだろうか。というか、実際に目立っている。明らかに不自然なんだよ」


 ユウトは自分を弁護するようにいう。


「幼馴染だからこそだよ!」

「はぁ……」


 ピシッと指を突きつけられた。


「最初から仲良いわけでしょ。でも、交際するからには何か変えたいでしょ。もう十分仲良しです、だと付き合う必要なくね? て結論に転んじゃうでしょ。マミは生真面目な子だから、そういうことを考えちゃうんだよ。自分たちが恋人になる意義みたいなやつ」

「なるほど」


 さすが友達。

 ユウトだと気づけないヒントが胸に突き刺さる。


「早瀬くんは現在のままで十分と思っているでしょ。もしくは、少しずつ変化していきたいと」

「それは否定しない。俺たちは最初からある程度まで理解し合えている。ヤマアラシのジレンマじゃないけれども、これ以上近づこうとしたら無理が生じるというか、傷つく場面も出てくると思うんだ。俺はそれが、ちょっと心配」

「ふ〜ん、早瀬くんの主張は一理あるんじゃないかな。むしろ、ド正論かもしれない。でも、それで納得しないのが朝比奈マミという女の子じゃないかな」

「そういうわけか……」


 一条の光が見えたような、いまいち理解できないような、宙ぶらりんの気持ちになっているとチャイムが鳴った。


「次の授業があるから。じゃあね〜」

「うん、ありがとう」


 2人はバイバイと手を振って別れる。


 ふと廊下を見た。

 ここは共学だから何組かのカップルが視界に入る。


 追いかけっこしあう男女。

 仲むつまじく談笑している男女。

 倦怠期けんたいきに片足を突っ込んじゃっているような男女。


 十人十色だから、どれが正しくてどれが間違いという話じゃない。


「俺たちのカップルの色って何だろうな」


 新しい疑問が浮上してきた。

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