第40話 Girl's Side
いよいよ病気だなと自覚したマミは、ユウトとの距離を開けることに決めた。
自分からユウトにメッセージを送らない、登下校中に話しかけられても会話を盛り上げない、1人の時間にユウトのことを考えない、といった具合だ。
悔しいが認めよう。
自分はユウトに少し気がある。
異性として意識しちゃっている。
ユウトが彼女持ちになった以上、馴れ馴れしく接するのは避けた方がベターという判断だった。
万が一、ユウトと2人でいる場面をリンネに見つかって、嫌味の1つでも食らおうものなら、平静さをキープできる自信はない。
高校に入ってから1年半以上、クールな朝比奈マミとしての仮面を守ってきたのに……。
壊れるときなんて本当に一瞬だ。
朝から食欲がなかったせいで、お母さんに『あんた、熱でもあるの?』と心配された瞬間は特に
ユウトのことが好きかもしれない……。
ユウトに彼女ができてから気づいちゃったよ……。
もう手遅れかな、お母さん……。
なんて白状できるか⁉︎ バカか⁉︎
呼吸するのが苦しくて苦しくて、登校したくない気持ちが先行しそうだったから、ブサイクな顔したタヌキのぬいぐるみに顔面パンチを10発くらい叩き込んでおいた。
アホ! アホ! アホ! クソ! クソ! と。
これじゃ、小学生。
メンヘラに片足を突っ込んじゃった女だ。
まさかクラスメイトも、教師から信頼されている自分たちの委員長が『頭のヤベェやつ』とは思わないだろう。
『ユウトの居場所になってあげたい!』とかお花畑なことを考えていたくせに。
ユウトの隣にいるのはリンネで、お昼休みなんか映研の部室で2人きりのランチデートをやっているらしい。
そのシーンを想像して、ブサイクなタヌキの顔にトドメの蹴りを叩き込んでおいた。
女の嫉妬は怖い。
マミは女だから断言できる。
つまり、自分で自分が怖い。
「ふふっ……ふ……ふふ」
17歳になって厨二病らしきものを発症させたマミは、あろうことかコンディション最悪の日に限って、交差点でユウトに追いつかれるという災難に見舞われてしまった。
「おはよう、マミ」
「おはよう」
おい! 信号!
早く変われ! なんて願いを天が聞き入れるはずもなく……。
「マミ、こっち向いて」
「ん?」
ばんっ、と。
ユウトは手を拳銃の形にしてマミに発砲してきたのである。
知っている。
水谷ショウマの物真似だ。
クラスメイトを笑わせるためにネタの1つとして仕込んできたのだろう。
もしマミに平常心のひと欠片でも残っていれば、
『さすが双子ね。ちょっと似ているかも』
くらいの反応は見せただろう。
あるいは、リンネくらい外面のいい子なら、
『うわっ〜! すご〜い! ショウマくんと瓜二つ!』
と盛大に拍手するだろう。
ユウトに悪意はない。
単にマミの興味を引きたかったに違いない。
ごめん、無理。
いまは水谷ショウマの顔を思い出すだけで胃がムカムカする。
あの男のせいでユウトは慣れない人気者を演じているのに、肝心のユウトが水谷ショウマのカラーに染まっていく。
一番あってほしくない現象だった。
どうしてユウトは理解しないのだろうか。
水谷ショウマはまったくの別物。
歩んできた人生に天地の開きがある。
自然体のユウトでいいのに。
周りの期待なんか無視すればいいのに。
付け加えておくと、そんなに彼女がほしいなら、マミに一言相談してほしかった。
『恋愛したいって? 仕方ないわね。私がユウトの恋人になってあげるわよ。私以上にあなたのことを理解できる女性なんて地球上にいないでしょう』
リンネみたいに指先で髪の毛をクルクルしながら、さりげなくアプローチできたはず。
ユウトだってキスくらい経験したい年頃だろうから、
『え、いいの? マミのこと……その……これまでと違った目で見ちゃうかも』
みたいな返事をするだろう。
というか、色目を向けてこい。
2人ともバカだ!
相性ばっちりの男女なのに!
張り裂けそうな気持ちをトータルした結果、
「水谷ショウマの兄だからって調子に乗らないでよね」
という拒絶MAXの言葉が生まれてしまった。
もちろん、ユウトが
傷つけてしまった。
学校に着くなり駆け込んだトイレの鏡には、かわいさの欠片もない、性格最悪のいじわる女が映っている。
こんなんじゃ、リンネの足元にも及ばない。
敗北の2文字が頭をよぎり手が震えた。
朝っぱらからボコボコに凹んだマミのメンタルは、部活の時間になって回復するどころか、追い討ちをかけるように急降下してしまう。
「朝比奈先輩はいいのですか? 早瀬先輩が舞原先輩と付き合っても?」
「いいもなにも……ユウトが誰と付き合おうが干渉するつもりはない」
「そうじゃなくて、朝比奈先輩は早瀬先輩のこと、好きじゃないのですか?」
「そういう目では見られない。私たちは単なる幼馴染だから。好きとか嫌いとかじゃなくて。ベストな距離がある。そういう関係なの」
マミがばっさり切り捨てると、後輩たちは露骨に残念そうな顔を浮かべる。
やめて、その表情は。
期待に沿うとかムリだから。
心臓のあたりが腐った果物みたいにジュクジュクする。
せめて部員の前くらいでは気丈な自分を演じたくて、ぷいっと顔をそむけたとき、左手のスマホが揺れた。
『急にお腹が痛くなってきた。食当たりかも……。申し訳ないけど、今日の部活は休む! 次回はちゃんと参加するから!』
メッセージの送り主はユウトだった。
誰かが廊下を走り去っていく、そんな幻聴が聞こえた。
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