第38話 Girl's Side

 たった一夜にして世界は表情を変えた。

 さざ波の発生源はもちろん早瀬ユウトだった。


 水谷ショウマの兄だとバレてしまった。

 10代の高校生が無視するには、センセーショナルな話題すぎたのである。


 うっかり口を滑らせたとか、ユウトに落ち度があるわけじゃない。

 水谷ショウマのSNSを介して日本中に広まったのが真相のようである。


 まったく、迷惑なことをしてくれる。

 目の前に水谷ショウマがいたら、横っ面を一発叩きたいくらい。

 実の兄に余計なプレッシャーを与えてどうするのだ、と。


 マミが心配した通り、ユウトの周りはハチの巣を突いたような大騒ぎとなった。

 休み時間だろうがお昼休みだろうが、代わる代わる女子たちがやってきて、好き勝手に質問していく。


「一卵性双生児ってことは、実質水谷ショウマじゃん⁉︎」


 そんな意見はマミの耳にも届いていた。

 ふざけるな、冗談じゃない、である。


 今日という今日までユウトに興味がなかったくせに。

 手のひら返し、び、へつらい、自分本位、太々しい……思いつく限りの雑言を唱えてみたけれども、マミの心臓は冬空みたいに冷えていく。


 このままだとユウトは心のバランスを崩してしまう。

 中学時代の光景がフラッシュバックして、思わず舌打ちした。


 耐えるしかない。

 高校生はすぐに飽きるだろうから、この嵐も3週間くらいしたら静まって、元の日常が戻ってくるはず。


 我慢しよう。

 見守るしかできない自分が、マミとしては歯痒はがゆかった。


「早瀬くんって彼女いないんだってさ〜」

「これを機に狙う女子、絶対出てくるよね〜」


 クラスメイトの会話が聞こえた途端、マミは机を叩いてしまった。

 周りが水を打ったようになり、失礼、と詫びておく。


 動揺してどうする。

 ユウトが誰と付き合おうが、ユウトの自由じゃないか。


 頭では理解しているはずなのに、胸のムカつきは収まりそうにない。


「大丈夫、マミ。顔色が良くないよ」

「平気だから。ちょっと寝不足なだけ」


 この様子だと部室でも水谷ショウマのネタで持ちきりだろう。

 マミは部長だから空気を引き締めることは可能。


 それがいい。

 部活動をやっている最中くらいは、今までと変わらない時間をプレゼントしてあげたい。

 じゃないとユウトが可哀想だ。


 気もそぞろなまま放課後の廊下を歩いている時だった。

 舞原リンネとかいう、いけ好かない女に声をかけられたのは。


「もしもし、朝比奈マミさん、ちょっといいかしら」


 こいつ、知っている。

 たぶん、学園一の美少女だ。


 マミの交友関係はそれほど広い方じゃないけれども、映研の部長とクラスメイトで、彼が『うちの舞原さんはファッションモデルの経験者だから……』と話していた記憶がある。

 なるほど、スタイルに関しては女でも惚れ惚れしそうなくらい完成されている。

 自分が勝っている部分なんて、髪の長さくらい。


 この時、マミの心は乱れきっており、


「何かしら?」


 と返した声がトゲを帯びてしまった。

 するとリンネは形のいい唇を吊り上げる。


「単刀直入に訊くけれども、あなたと早瀬くん、付き合っているの?」


 何をいっているんだ、この女は。

 冗談じゃなさそうな分、かえって性質たちが悪い。


「心外ね。ユウトとは、そんな関係じゃない」

「でも……」


 リンネの言い分はこうだった。

 マミとユウトは互いを下の名前で呼んでいる。

 恋人でもなければ馴れ馴れしい真似はしないだろう、と。


「今でもユウトと呼んでいるのは、弟みたいな存在だから。これなら満足?」


 リンネはジトッとした目つきのまま、指先で髪の毛をクルクルしている。


「じゃあ、私と早瀬くんが付き合っても異存はない?」

「あるわけない。ユウトは私の恋人じゃないから」

「ありがとう。余計な時間を取らせたわね」


 リンネは手で髪をかき上げると、そそくさと去っていった。

 夕日の差し込む廊下には、マミと頭痛だけが残される。


 胸の痛くて苦しいところを、そっと手で押さえた。

 こんな姿、ユウトに見られたら情けなくて泣きたくなる。

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