第36話 Girl's Side

 大雨警報が発令されるほどドシャ降りだった雨は、お昼を過ぎるころには小雨となり、夕方にはすっかり止んでいた。


 黒く染まったアスファルトの上をマミとユウトは話しながら歩いた。


 一緒に帰ることは時々ある。

 2人とも徒歩通学で家が近いから。


 マミから声をかけることもあれば、ユウトから声をかけることもあり、勉強とか部活の話が大半だった。


「だから俺、水谷ショウマの兄らしいんだよ。俺たち、双子なんだよ」

「はぁ? なにそれ?」


 冗談でしょう、という気持ちが顔に出てしまう。


「昨日は俺の誕生日だっただろう。水谷ショウマも生誕祭をやっていた」

「ああ、たしかに」


 マミが帰ろうとしたら、校門のところでユウトが待っていた。

『大切な話があるのだが……』と前置きされたので、何かと思って聞いてみたら、双子の弟がいることを打ち明けられた。


 でも、大切なのは弟がいることじゃない。

 その弟が水谷ショウマってこと。


 マミの通っている高校で水谷ショウマを知らない人はいないだろう。

 歌も演技もトークも顔もいい水谷ショウマは、10年に1人の逸材というのが世間のコンセンサスなのだ。


 ちょっと待って、つまり、ユウトの母は……。

 いや、この場面でいうことじゃないか。


「今でも信じられないんだよ。俺って水谷ショウマに似ている? それとも似ていない? 俺は歌が下手くそだし、いまいちピンとこなくて……」

「う〜ん」


 ユウトの慌てっぷりがおもしろかったので、マミは苦笑しつつカバンから手鏡を取り出す。

 ユウトの顔がよく映るよう、鼻の高さまで持ち上げてみた。


「どう? 水谷ショウマに似た人が映っていると思う?」

「いや、思わない。まったく思わない。少しも思わない」

「だよね。私もそう思う」


 これはユウトを落ち着かせるための方便だ。

 顔のパーツとか、輪郭とか、そっくりな部分が多い。

 きっと一卵性双生児なのだろう。


 つまり、ユウトも人気アイドルみたいに化粧をしたら……。

 変な妄想をしそうになり、マミはぶんぶんと首を振った。


「でも、ユウトは親から聞いたんだよね。だったら、100%真実でしょう」

「あれ? マミはすんなり信じてくれるんだな?」

「あぁ……まあ……」


 あれ?

 こういう場合って一度は疑うものかな?

 でも、ユウトは嘘をつかない性格だから、あっさり受け入れてしまった。


 今週中にもユウトは水谷ショウマと会うらしい。

 何か具体的なアドバイスをくれ、というのが最終的な用向きだった。


「そういわれてもなぁ……」


 戸惑うユウトの気持ちはわからないでもない。

 マミだって、お前には双子の妹がいるとかいわれて、向こうが人気アイドルだとしたら、


『うわぁ⁉︎ 会いにくい!』


 と心が拒絶反応を起こすだろう。

 こっちは一般人で向こうは芸能人。

 会話のレベルが合うとは思えない。


 まだ小学生なら初対面でも仲良くできるかもしれないが、互いに高校生なわけだから、余所余所よそよそしくするなという方が無理である。


 もう一度ユウトの顔を見た。

 教えてもらった話によれば、水谷ショウマは親戚のところへ養子に出されたらしい。

 17歳になったら打ち明けようと、水谷家では決めていたそうだ。


 このユウトが、ねぇ。

 イケメン王子の水谷ショウマと、ねぇ。

 運命のイタズラさえなければ、この街に水谷ショウマが住んでいたわけだから、やっぱり実感が湧かない。


「緊張しすぎて暴走しないようにね」


 これが1個目のアドバイス。


「主役はあくまで向こう。ユウトは聞き役に回ればいいのでは? 相槌あいづちとか打つの、ユウトは得意でしょう」


 これが2個目のアドバイス。


「水谷ショウマと血縁関係にあることは、卒業式まで内緒にすること。じゃないと、ファンの女子たちが絡んでくるから。サインもらってきて〜、とか言い寄られると迷惑でしょう」


 これが3個目のアドバイス。


「おう、サンキュー。さすがマミ。頼りになるよ。こんなこと相談できるの、マミしかいないから」


 それはどういう意味だろうか。

 姉みたいな存在と解釈すればいいのだろうか。


 信号が青に変わったので、ユウトとの会話は打ち切りとなった。


 よかったね。

 生き別れた弟と再会できて。

 しかも、水谷ショウマ⁉︎

 すごいじゃない!


 その手の安っぽいリアクションを出さなかった自分をマミは褒めてあげたい気分だった。

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