第35話 Girl's Side

 けっきょく、マミとユウトは日本文化部に入った。

 一緒に部活を回った友達は、やっぱり男子のいる部活がいい! といって弓道部に決めた。


「ねぇ、マミと早瀬くんも弓道部にしない?」

「う〜ん、弓道は冬が寒そうだから……」

「俺もスポーツは遠慮しておくよ」

「そんな⁉︎」


 弓道はきっと単なる思い出づくりで終わる。

 でも、茶道や華道の知識なら死ぬまで役立つのではないか。

 ちょっとした打算も判断の決め手だった。


 さっそく入部届に名前を書こうとしたマミは、チラリと横を見て、迷いのないユウトの手つきが気になった。


「ユウトは本当に日本文化部でいいの? 来年になったら男子部員はユウトだけになるかもしれないよ」

「いいんだよ。帰宅部よりは楽しそうだし。ここなら俺も続けられそうだし。それに1年後とか2年後に入部を希望する男子がやってきた時、男子の先輩が1人はいないと不安になるだろう」

「へぇ〜。けっこう先のことまで考えるのね」

「なんだよ。俺らしくないってか?」

「いや、別に……」


 当時は3年生の男子部員が2人いた。

 ユウトが加入したことで一時的に男子3人になったわけであるが、顧問の話によると、これは日本文化部の最高記録らしい。

 そのくらい女の園だった。


 ユウトって、女子の中にポツンと1人で紛れていても、緊張しないイメージがある。

 それと逆のパターン、マミが男子のコミュニティーに1人でいると、居心地の悪さを感じるだろう。

 ちょっとした才能かもしれない。


「高校生になってマミと同じ部活になるとは思わなかった」

「私も。生け花のコンクールとかあるそうだから、遊びと思わずに精進しましょう」

「そうだな。遊びじゃないよな」


 ユウトは右手で握り拳をつくると、胸の前まで持ってきた。

 手首のあたりがかすかに震えている。


「バスケットは途中で逃げちゃったけれども、今回は最後まで続けたい。いや、絶対に続ける」

「バスケットを辞めたのは怪我が原因でしょう」

「本当にそれだけだと思っている?」

「…………」


 ユウトが心の弱さを自覚している。

 高校進学を期に乗り越えようとしている。


 こうして人間は大人に近づいていくんだな。

 たくさんの感情が泉のように湧いてきて、マミの心を満たしてくれた。


 あれ?

 ユウトの背ってこんなに大きかったっけ?

 肩幅も一段とたくましくなっている。


 でも、指はスラっとしていて、爪の部分だけ見ると女の子みたい。

 柔らかそうな頬っぺたなんて、女子でも嫉妬しそうなくらい肌理きめが細やかだ。


 記憶のユウトと目の前のユウトがうまく重ならなかった。


 結論からいうと、手先の器用なユウトは日本文化部にマッチしていた。

 書道でも男子とは思えないほど繊細な字を書くから、講師の先生も褒めていた。


「早瀬くんって、昔から習字教室に通っていた?」

「いいや、大の素人だけれども」

「でも、うまい!」

「びっくり!」


 ユウトは他人の動きをマネるのが得意なのだと、幼馴染のマミなら知っている。


 肝心のコミュニケーションもユウトは卒なくこなしていた。

 男子として意識されていない、と表現した方が正確だろうか。


 コンビニの新しいアイスがおいしい、みたいな話題にも自然と加わっていて、あれって西日本と東日本で味が違うみたいですよ、なんて話を盛り上げていた。


「マミと早瀬くんって、実は付き合っていたりするの?」

「そんなわけない」


 これと似たやり取りが月に1回は起こった。


 とはいえ、女の園は女の園。

 女子だけに人気の漫画や音楽の話になるとユウトが蚊帳かやの外なのも事実だった。


「やっぱり、水谷ショウマは歌がうまいよね〜」

「男性だけれども、音域の幅がすごいよね」

「そうそう、鼓膜がビリビリってなる」


 水谷ショウマはマミたちと同じ高校生で、ちょうどスターダムを駆け上がっていた時期だ。


 デビューしたきっかけは音楽活動。

 なのだが、本人は俳優としての活動にも興味があるらしく、さらなる躍進が期待されていた。


「一度でいいからショウマ様に会いた〜い!」

「私たちと同年代っていうのが信じられないよね〜!」


 そりゃ、水谷ショウマは美男子だけれども、胸を焦がすほどかしら。

 小首をかしげてしまうマミは、平均から少しズレていたのかもしれない。

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