第23話

 舞原リンネの転校が発表されたのは突然だった。

 朝にアナウンスがあって、その日のうちに荷物をまとめて去っていく、くらいのスピード感である。


 転校先は東京の学校。

 芸能科のあるところ。


 リンネの姉が社会人として一人暮らししており、同居させてもらう予定らしい。


 だから『早瀬くんと舞原さんが破局した〜!』というニュースでクラスメイトは大騒ぎしていたけれども、『学園一の美少女が転校してしまう!』という特大ニュースがそれをかき消してくれた。


 意外なのが、女子たちもリンネとの別れを惜しんでいたこと。

 男子から絶大な人気を集めている上に、高飛車なキャラクターという一面も持ち合わせているリンネだが、本当に彼女を毛嫌いしている人間は少なかった。


 元カレの特権として、最後に2人きりで言葉を交わした。

 リンネはきものが落ちたように晴れ晴れとしており、


「私を後押ししてくれてありがとう。早瀬くんのお陰で止まっていた時間が動き出した」


 といってくれた。


「君ならできるよ」


 それがユウトから送る最後の言葉となった。


 リンネはもう止まらない。

 振り返らないし、くじけない。


 黒い髪をなびかせながら去っていく背中を見送るとき、一抹いちまつの勇気を分けてもらえた気がした。


 止まっていた時間が動き出した、か。


 それはユウトも一緒だ。

 やっぱり、マミのことが好きだと思う。


 それを強く自覚したのはカフェへいった日。

 本当はマミに声をかけたくて、でもセリフが思いつかなくて、本で顔を隠してしまった。


 好きだから。

 話しかけられない。

 嫌われたくないと願ってしまう。


 正直、マミが何を考えているのか理解できないし、この先も完ぺきに理解するのは不可能だと思う。

 そもそもマミに恋愛願望があるのか、いくら考えてもわからない。


 ただ、好き。

 その気持ちを伝えたい。


 これが単なるエゴだとしても……。

 マミから嫌われることになったとしても……。


 人を好きになるって、自分勝手な感情だ。

 ユウトの中には『マミはこういう少女』みたいな価値観があって、それを相手に押し付けるのだから。


 マミのことを知った気になっているかもしれない。

 本当は50%しか知らないくせに、99%まで理解した気になっていた可能性は否定できない。


 もし50%なら、残り50%の答え合わせをしたい。

 その上でマミの全部を知りたい。


 俺って弟みたいな存在なの?

 単なる幼馴染なの?


 マミの口から正直な気持ちを聞きたい。


 マミを絶対に幸せにするとか、その場で約束するつもりはない。

 だいたい、マミの性格からして、


『私を幸せにする? 思い上がらないで。誰かに幸せにしてもらわなくても、私の幸せは私が決める』


 とかいうだろう。


 そういう女だ。

 朝比奈マミは。


 10年くらい観察してきたユウトだから知っている。

 ユウトのことが好きなら好きっていうし、嫌いなら嫌いっていう。

 恋愛対象じゃないなら、はっきりと告げてくる。


 マミは嘘をつかない女の子だ。

 だから、好きになった。


 ユウトから伝えるのは正直な気持ち。


 マミの恋人になりたい。

 マミと手をつないだり、2人でデートしたり、寒い日にハグしたい。


 それを聞いたマミがどういう顔をするのか、どういう返事をくれるのか、純粋に知りたい。

 だから、自分の気持ちは全部伝えるんだ。

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