第22話

 恋と信頼は陶磁器とうじきに似ている、という話を聞いたことがある。


 どちらも砕ける時は一瞬。

 バラバラになったら元に戻らない、という意味だった。


 信頼は一度きり。

 それは恋も同じ。

 けれどもユウトには、水谷ショウマと舞原リンネの恋が、バラバラの陶磁器には思えなかった。


「舞原さんが恋していたのは、俺じゃなくて、俺の中にあるショウマの幻影じゃないか? 俺に出会ったことで、昔の恋の続きを演じているんじゃないか?」

「そんなことないわ」

「すぐに決めつけないで、じっくり考えてくれ。自分の胸に手を当ててさ」

「ありえない! それだけは絶対にない! 私がそんなこと、やるはずない!」


 強すぎる否定の言葉は、図星を突かれた証拠という、リンネらしからぬ凡ミスが飛び出した。


「もしかしたら、舞原さん自身も気づいていないのかもしれない。だって、そんなの、認めたくないだろう。その上で本当のことを教えてほしい。君はショウマから告白された時、純粋に嬉しくて、でも家庭の事情があったから断らざるをえなかった」

「それは……違う……」

「だったら、訊き方を変えるけれども」


 ユウトは、ごめん、ショウマ、と内心で謝ってから、兄弟だけの秘密を口にする。


「ショウマにあげたバレンタインチョコ、あれ、ショウマ1人にしか渡さなかったんじゃないのか。本当はたくさんの男子から請われていたけれども、ショウマ以外には渡したくなかった……」


 バチン! とリンネが机を叩いた。


「知ったような口を利かないで。私が未練タラタラといいたいわけ? いくら早瀬くんが相手でも聞き捨てならない」


 美人ほど怒ると怖いとはよくいったものだ。

 しかし、本気で怒ったマミの方が何倍も怖いと知っているユウトは、徹底的に嫌われても構わないというメンタルで、リンネの心のもろい部分に斬り込む。


「ショウマは君を待っている。君と同じステージに立てる日を待っている。これだけは本当。俺のことは嫌いになってもいいけれども、ショウマの言葉だけは信じてやってほしい。これが俺からの最後のお願い。兄の俺がいうのも何だけれども、あいつ、バカが付くくらい真っ直ぐな男なんだよ」

「嘘よ……嘘だわ……ショウマくんが私のことを覚えているなんて……」

「そんなに自虐しないで。ショウマは君のことが好きなんだ。ショウマがこの世で唯一好きになった女性なのだから」


 それからのリンネを直視するのは無理だった。

 涙腺るいせんが壊れたみたいに泣き出して、悲痛の声が廊下まで響き渡った。


 ユウトも痛い。

 リンネはもっと痛い。


 でも、これと似た痛みをショウマも抱いている。

 何年も、何年も、忘れずに抱いている。


 そう思うと、不思議と悪い感じはしなかった。


「だって……私は……だって……私は……こんなに落ちぶれたのに……もう一度輝きを目指すなんて……そんな資格、ないのに……」


 1つの恋が砕け散った。

 自分まで涙がこぼれないよう上を向き、真新しいハンカチをリンネの前に置いてあげた。

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