第24話

 ユウトが部室に顔を出した瞬間、室内の空気がぴ〜んと張り詰めた。

 目を合わせた同級生が1人、露骨に視線を逸らしてしまう。


 れ物に触るような……とは少し違う。

 さっきまでユウトに関する会話をしていて、やばっ⁉︎ 聞かれたかも⁉︎ と焦ったのだろう。


 クラスメイトも朝から同じような話題で盛り上がっていた。


『2人は喧嘩別れした』とか。

『本当は舞原さんが早瀬くんを振った』とか。

『いやいや、早瀬くんが舞原さんの身勝手についていけなかった』とか。


 何を噂しようが本人たちの自由だし、邪推したくなるだけの材料がそろっているのは認めるが、リンネのことを悪くいう意見には少しイラっとした。


 いや、自由だけれども……。

 楽しいのは知っているけれども……。

 嫌なものは嫌なのだ。


 後輩の3人組が顔を見合わせている。


「あんたが訊きなよ!」

「いやいや、言い出したの、そっちでしょ!」

「えっ〜、私は無理だよ〜」


 と押しつけ合った末に、けっきょく、気の弱い1人が不憫ふびんな役目を負わされるハメになった。


「早瀬先輩! あの噂って本当ですか⁉︎」

「どの噂のことかな? 今日だけで噂は10個くらい耳にしたよ」

「早瀬先輩は、本当は朝比奈先輩のことが好きで、だから舞原先輩と別れたんじゃないかって! もしくは朝比奈先輩を好いていると、舞原先輩に見抜かれたんじゃないかって!」


 ユウトはびっくりして室内を見渡した。

 マミに聞かれたら逆鱗げきりんに触れるところだった。


「誰が考えたか知らないけれども、おもしろい推理だね」

「否定しないってことは、まさか真実ですか⁉︎ もしかして、予想的中ですか⁉︎」

「そのうちわかるよ。あと、マミに聞かれたら怒られるから、その話は封印ね。あいつ、本気で怒ったら怖いから」


 ユウトは人差し指でシーッのジェスチャーを返しておく。

 すると、もう1人が手を上げる。


「早瀬先輩の髪型って、やっぱり水谷ショウマに似せたのですか⁉︎」

「マジで……そのことまで噂になっている?」

「いえ、私たちが勝手に推測しました」

「そっか。ストレートに指摘されると複雑だな」


 図星のユウトとしては苦笑いするより他にない。

 双子の弟がトップアイドルで、その人気にあやかりたくて髪型を真似したなんて、5年後くらいに思い出したら恥ずかしくて消えたくなるだろう。


「大丈夫ですよ、早瀬先輩!」


 最後の1人が自信満々にいう。


「もし朝比奈先輩に振られたら、私たちと一緒にリベンジの作戦を考えましょう。恋はスリーアウトで試合終了ですから」

「いや……基本ワンアウト制だと思うけどな……」

「いえ、朝比奈先輩は奥手なタイプですから。1回2回3回と重ねることで、心が揺れちゃうんですよ」

「おいおい、それ、本人に向かっていうなよ」


 後輩の冗談のお陰でリラックスできたとき、部室の障子戸が開いて、いつものように澄ました表情のマミが入ってきた。


「お疲れさまです! 部長!」

「はい、お疲れさま」


 後輩3人が急にソワソワし出すから、ユウトは気が気じゃなかった。

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